第12話 みんなで一緒に 後編
「ん?どうしたんすか?」
唐突に立ち止まった僕を気にして、シオンが振り返った。
「…」
彼の言葉を流し、精神を集中させる。
_____夢喰いの気配。
肌がピリつく感じ、この不安感、間違いない。
…嘘だろ、こんなところに?
僕は瞼を上げ、辺りを見渡した。
路地に隠れている感じではない。
「風磨、上だ!」
優希の叫び声が響く。
僕は慌てて顔を上に向けた。
彼の言葉通り、廃ビルの屋上や階段に、影が並んでいる。
「なんでこんな街中にいるんすか!?」
シオンの叫び声を口切りにしたように、夢喰いが地面に飛び降りてくる。
十数体の夢喰いが、僕らの周りを取り囲む。
それらは黒いローブを纏い、狐面をつけていた。なんだか気味が悪い。
僕は迷わず夢術を発動させた。
夢術:
一振りの刀が虚空に出現する。
僕はそれを掴み、正面に構えた。
腰を落とし、臨戦体制をとる。
「ったく、念の為に持ってきといて正解だったな」
僕の後ろで、優希がカバンから何かを取り出す。
「…それ銃刀法的に大丈夫なんすか、ユーキ」
シオンが、取り出されたそれを見て苦笑する。
「うっせえな、非常事態なんだからしゃあねぇだろ」
優希が取り出したのは、鎖に繋がれた“くない”だった。
彼は鎖の中程を持ち、くないをぶんぶんと回す。
真っ直ぐ前を睨みながら、彼は言った。
「俺がこいつらを引きつけておくから。
風磨、お前が血路を開いて逃げてくれ。
流石に大通りまで出たらこいつらも追ってこれねえだろうし。
…後で合流な」
言い終わるが早いが、彼はくないを放つ。
僕は彼に頷くと、手近な夢喰いに踊りかかった。
斬撃。
刀筋は夢喰いにギリギリかわされたが、その隙を縫ってシオンと玲衣さんが走り出す。
それを追いかけようとした夢喰いに、鎖が絡まる。
「お前の敵はこっちだっつうの!」
優希の怒号が響き、夢喰いが消滅した。
シオン達と夢喰いの距離は確保できたみたいだ。
「優希…よろしく!」
僕は彼らの後を追いかけて走り出した。
僕らがいた場所から大通りまで、距離的にはそこまで離れてはいない。
だけど、兎にも角にも、路地裏は入り組みすぎているのだ。
大通りに出るまで、かなりの長さを走らなければならなかった。
寂れたビルの角を曲がろうとしたその瞬間。
先に角を曲がった玲衣さんの鼻先に夢喰いがいたのが目に入った。
「危ない…っ」
間一髪、手が届かない。
夢喰いは彼女に刃を振り下ろした。
鮮血が飛び散る。
「っあぁぁあ!」
玲衣さんはその場に崩れ落ちた。
その隙に、夢喰いに刀を振り下ろす。
それは一瞬で灰となって消え去った。
「玲衣さん、大丈夫っすか!?」
シオンが彼女の体を揺さぶるが、彼女は眼を固く閉じたまま動かない。
彼は白い指を彼女の切り傷に添えて、覗き込んだ。
すっと彼の目が細まる。
「シオン…玲衣さんは…」
心配そうな声の僕に、彼は微笑して見せた。
「怪我は浅いっすよ。
気を失ってるだけみたいから安心してほしいっす」
僕は思わず安堵の息を吐く。
「よ、良かった…でも、このまま玲衣さんを背負って逃げるのは目立ちすぎるよな。
とりあえず身を隠そう」
幸い、隠れるのにぴったりなビルは周りにある。
僕はそのうちの一つに転がり込んだ。
…誰もいない、静かなビルだ。
敵はいない。
シオンも玲衣さんを背負って、僕を追ってきた。
「大体、何者なんすかね、あの夢喰いの群れ。
突然ぼくらを襲ってきたっすよ?
なんか待ち伏せしてたっぽかったし」
「…多分、狙いは玲衣さんだろうな」
ビルの入り口の方から、声がした。
思わず刀を構えて振り返るが、そこにいたのは優希だった。
足を交差させて、ビルの壁面に寄りかかっている。
「優希、夢喰いは…」
「逃げたよ、お前らがいなくなってすぐに。
だから、あんまし数減らせなかった」
彼は不服そうに言うと、こちらにやってきて腰を下ろした。
僕はそっと口を開いた。
「どうしよう…玲衣さんは動けないし…。
あの数じゃ、下手に動くのも危険だよな。
…ん、シオン?」
ふとシオンの方を見ると、彼は胡座をかいて俯いていた。
ぶつぶつと、何かを呟いている。
しかし、徐に顔を上げた。
その目には、いつものふざけた様子は見て取れなかった。
彼は、いつもより数トーン低い声で僕に尋ねる。
「…風磨の夢術、武器を出現させる夢術で解釈合ってるっすよね?」
「え、あ、うん。
そうだけど…」
脈絡のない問いに、戸惑いつつも返答する。
すると、彼は胡座を解き、身を乗り出した。
「二人とも、聞いて欲しいっす」
「…作戦か?」
シオンのそんな表情を見慣れているのか、優希が眉ひとつ動かさずに返す。
「うん。
…全員の夢術を使えば、この状況を打破する策は出来たっす。
あとは“
でも、全員の夢術を使うってことは…その分誰かの失敗が全員の命に関わることになるっす」
彼の真剣そのものの様子に、僕は頷いた。
「大丈夫。
そんなこと気にしてたら、今頃夢喰い狩りになんてなってないし」
シオンは、少しホッとしたように息をついた。
「その言葉を聞けて安心したっすよ。
…まず、風磨。
とりあえず、武器をもらっていいっすか?
ぼく、今丸腰っすから。
それから、ぼくが“予知”して一番適切なコースを探すから、風磨は玲衣さんを背負って逃げてほしいっす。
重労働にはなるんすけど、今一番戦闘に有利なのは風磨っすから」
「分かった…けど、それだと目立つんじゃ…」
いくらシオンの未来予知の夢術を使用しても、あの数の夢喰いの目を全て避けて通るのは難しい。
しかし、シオンはそれも織り込み済みのようだった。
「もちろんそうっすよ。
だから、ユーキに“夢喰い達の道筋”を変えて欲しいんすよ。
できるだけ風磨達の方に夢喰いが行かないように。
…まぁ、端的に言うとオトリっすけど」
優希の夢術…?
そういえば、彼の夢術を見たことないな。
そんな僕をよそに、彼は頷いた。
「あぁ。
お前が言うならしゃあねえな」
そう言って彼は夢術を発動させる。
彼の体を光が包んだ。
13話に続く
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