第2章 香を知る華

第12話 みんなで一緒に 前編

第12話


僕が入隊してから、おおよそ一週間が経過した。


凪さんにも無事に認められ、なんとかこの隊にも慣れてきた頃だ。


そんなある土曜日。


「あ、あの…!

皆さんで、お買い物とか、行きませんか…?」


そんな彼女の一言によって、僕と玲衣さん、そしてシオンと優希は街に買い物に来た。


「他の人と買い物なんてしたことなかったな…」


玲衣さんに連れられて入った洋服屋(すごいお洒落)にて、僕は呟いた。


「切ないこと言うんじゃないっすよ。

今みんなでしてるんだからいいじゃないっすか」


シオンが頭の後ろで手を組んで僕に返した。


当の玲衣さんはというと、キラキラした目で洋服を選んでいる。


ハンガーにかかった白いワンピースを見て、彼女はうっとりと呟いた。


「これ可愛いです!

…でも、ちょっとあざとすぎじゃないですかね…」


その彼女の横から手が伸び、黒いワンピースを手に取った。


「玲衣さんなら白でも似合うと思うけど。

でも、黒の方が似合うかもしれねえな」


彼女の横にいるのは、優希だ。


彼はそのワンピースを彼女に見せる。


玲衣さんの顔がぱあぁっと輝いた。


「わぁ、いいですね…!

あんまりこの色の服持ってないので、着てみたいです」


…なんかカップルの会話みたいだな…。


僕に服のセンスなんてものはない。

正直着れればなんでもいいし。


だから、目をどこに向けて良いものか分からず、遠目から二人のことを眺めることしかできなかった。


でも、二人があまりに和気藹々としすぎて、何故だかこっちがモヤモヤするんだけど。


そんな様子を見ていたのか、シオンが僕の肩に手を置いた。

彼は首を横に振る。


「いやぁ、もうあれはしゃあないっすよ…」


その言葉に宿るのは、諦めの様な、揶揄からかいの様な。


僕は頬を膨らませ、そっぽを向いた。


…別に、嫉妬だなんてしてないし??




結局のところ、服屋には小一時間滞在した。


その間中、玲衣さんと優希は服についてあれこれ話しており、僕とシオンはぼおっと突っ立っていた。


玲衣さんは後悔するかのような口振りで、


「いっぱい買っちゃいました…」


なんて言っているが、ご機嫌そうだ。


服の入った紙袋を大事そうに両手に抱えている。


「風磨とシオンもなんか買えば良かったのに」


優希は自分の買った袋を持ち直した。


「風磨、あんまり服持ってねえじゃんか。

眼帯も取ったことだし、新しい服買って気分変えてみれば?」


彼は僕の眼を覗き込む様にして言った。


彼の目が、僕の右眼の赫を反射する。


「いいよ、僕にはこれで充分だから」


僕はそう答え、自分のシャツをつまんで見せる。


みんなの前で眼帯を取ったあの日、僕はそのまま眼帯をゴミ箱に放り込んだ。


笑えなかった自分と決別するために。


そして、僕の眼を認めてくれた彼らの思いが正しいんだと証明する為に。


街に出てすぐは人の目が気になっていたものの、段々眼帯なしの状態にも慣れてきた。


…そもそも、道行く人の眼の色を気にする人なんてほとんどいないし。


前をゆく玲衣さんがおもむろに振り返った。


「えっと、もう一箇所寄ってもいいですか…?

買いたいものがあるので」


「いいっすよ〜、また苺っすか?」


「はい!」


彼女の足取りが一段と軽くなる。


なんだかんだ、一番買い物を楽しんでいるのは彼女のようだ。


…でも、玲衣さんが楽しんでるのを見てると、なんだかこっちまで楽しくなる。


彼女の言った“寄りたい場所”は、複雑な路地裏を抜けた先にあった。


店の佇まいを見て、僕は思わず息をついた。


「おぉ…」


看板には“甘味 甘露屋かんろや”の字。


おそらく和菓子屋なのだろう。


…古き良き、といった感じの店だ。


なんだか田舎町の商店街にありそうな、どこか懐かしい雰囲気を放っている。


“苺”と聞いていたので、どこかの洋菓子店に行くと思っていたのだが…。


「甘露屋のおばあちゃん!

いつもの大福ください!」


「はいよ、玲衣ちゃんは苺大福が好きだねぇ」


70歳くらいのおばあさんが、ニコニコしながら玲衣さんに袋を渡した。


沢山の苺大福が入っているのが透けて見える。


玲衣さんは、苺大福を見るなり幸せそうになった。

頬を緩ませて、満面の笑みを浮かべる。


…不意打ちはズルいって。


真っ赤になりそうな顔を隠すように、僕は店から出た。


「ここ、大福が最高なんですよ〜。

甘さと酸味のバランスもいいし、小豆も粒立ちがいいし、なにより苺がすごく大きいんですよ!」


玲衣さんは、無邪気に苺大福の良さを語りながら店から出てきた。


…後半は苺への愛を語っている感じだったが、楽しそうで何より。


無事に苺大福を手に入れ、大通りに歩き出した時______。


「…っ」


僕は弾かれたように顔を上げた。



…だって、それは______

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