第11話 貴方の笑顔が見たいから 後編


「お前は、潮と…」


凪さんはその後を言わなかった。


言葉に詰まってしまったと言った方が正しいだろうか。


玲衣さんが、僕と凪さんの顔を見比べてオロオロしている。


「そうです」


僕は短く言った。

僕は、潮さんの幼馴染だ。


凪さんは、おそらく潮さんの死の責任を感じているのだろう。


だけど僕は、潮さんが死んだのは、凪さんのせいだなんて思っちゃいない。


結局のところ、僕も潮さんも…たどる道は同じだから。


それよりかは、僕が「目的」を、彼と同じ目的を果たすことが潮さんへの弔いになる。


こんな考えは、独りよがりかもしれない。


だけど、澪を救う為にはそうするしかなかったから。


「いままで、色々隠し事してきてすみませんでした」


僕はそっと頭を下げる。


一瞬、その場に静寂が満ちた。


「…別にそれに関しては良い。

怒っちゃいない」


凪さんが静かに言う。


「だけどな、はっきり言って…お前がこの隊に残ることは難しい」


僕は唇を噛んだ。


「…もしかして、この“眼”のせいですか?」


彼は小さく頷いた。


…まただ。


______“気持ち悪いんだよ、眼の色違うじゃんか”

“カラコンでも入れてんの?なんで右だけ?”

“夢喰いみたい、怪物かよ”“近づくのやめよ。やばいじゃん、あいつの眼”_________


昔、クラスメイトから投げつけられた言葉の数々がフラッシュバックする。


いつまでたっても、僕はこの眼に呪われている。


この赫い、忌々しい夢喰いと同じ色の眼に。


「でもさ、結構俺は好きだよ、その眼。

オッドアイってカッコいいじゃんか」


ぽつりと優希が言った。


音を立てて、シオンが立ち上がる。


「そうっすよ!

こないだも戦闘に役立ってたし。僕は良いと思うっすよ!」


僕は目を見開く。


そんな言葉、誰からもかけられたことがなかった。


こんな眼のことを肯定されるだなんて、ないと思っていた。


しかし、凪さんはゆるゆると首を振る。


「風磨の眼自体が悪いわけじゃないんだ。

眼が赫いってだけで隊から外したりはしない。

ただ…その眼はあまりにも目立ちすぎるんだよ。

警察から目をつけられてる可能性を否定できるのか?

最近の警察の夢術者への取り締まりは厳しくなってる。

そもそも、この“桜庭見廻隊”だって非政府組織だ。

あまりおおっぴらに出来る様なものじゃないんだよ。

…分かるよな。隊のためなんだ」


その言葉は残酷で…しかし、至極合理的であった。


…だから、反論だなんて出来るわけがない。


しかし、その言葉を吐いている凪さん自身が一番苦しそうに見えた。


「そ…そんなの、おかしいです!」


ガタン、と椅子が動く音がした。


思わず顔を上げると、玲衣さんが立ち上がっていた。

精一杯、凪さんを睨んでいる。


凪さんは、玲衣さんの突然の行動に驚いた様で、その場から動かない。


彼女は、怒った様に続けた。


「確かに、隊長の言う通りですよ。

風磨さんは警察から目をつけられてるかもしれない。

ええ、その通りです。

でも…っ、でもそれはみんな同じじゃないですか!?

私だって目をつけられてるかもしれないじゃないですか…!?

誰かが危険ならば、守れば良い。

逃げれば良い。

桜庭見廻隊ここは、そういうところじゃないんですか!?

もし、それでも隊長が風磨さんを辞めさせると言うなら…」


彼女は一度大きく息を吸った。


「…私も脱隊します!」


「「…え!?」」


声が重なる。


その場にいた全員が硬直した。


玲衣さんは顔を真っ赤にして、息を荒ぶらせている。

胸に手を当てていて、苦しそうに見えた。


…それが、冗談のようには見えなかった。


「れ、玲衣さん…」


僕が彼女を止めようとしたが、後ろから肩をつかまれた。


振り返ると、紅さんが首を横に振っている。


その表情は存外に穏やかだった。


…大丈夫。


彼女は口パクでそう僕に伝える。


凪さんは、玲衣さんの宣言にかなり驚いた様だった。

しばらくその場で口を半開きにしていたが、やがておもむろに立ち上がる。


玲衣さんに歩み寄った。


二人の視線が近距離で交わる。


彼女は少し震えながらも、彼の目を見つめ返した。


凪さんが口を開く。


「言ったからには、その責任は取ってもらうぞ」


「…分かってます。

それだけの覚悟はありますから」


強気に応える彼女の声は、微かな震えを帯びている。


自分の服を握っている彼女の手が、汗ばんでいた。


凪さんは、その返答を聞くと、彼女から視線を逸らす。

それから、大きなため息をついた。


「…だとさ、風磨」


「え…と」


突然話を振られ、僕は背筋を伸ばした。


凪さんは玲衣さんの頭に優しく手を置く。


「玲衣が何かをねだるなんて中々ないからな。

それを無下になんて流石にできない。

…しょうがない。風磨にはこの隊に残ってもらう」


「え…?い、いいんですか…!?」


僕は思わず聞き返す。


「不満がないなら、話はこれで終わりだ」


凪さんはさも興味がないかの様に、僕らの元から離れていった。


しかし、その横顔に微かに笑みが浮かんでいたのがわかった。


「んあー、緊張したっすよー!」


シオンが叫びながら、机に身を投げ出す。


それを発端とした様に、あたりには安堵の空気が広がりだす。


僕は、玲衣さんのそばに寄った。


「あ、あの、玲衣さん…!

本当に、ありがとうございました。

…昨日、“私は優しくない”って言ってましたけど、そんなことないです。

…玲衣さんは、すごく優しいですよ」


彼女は目を見開くと、それから大きな笑顔を咲かせた。


「笑った…風磨さんの笑った顔、初めて見れました…!」


「え…っ」


慌てて自分の頬に手を当てた。

あまりにもそれは自然で、言われるまで気づかなかった。

…僕は今、ちゃんと笑ったのだ。

笑えた、のだ。


「私、好きですよ。風磨さんの笑顔!」


彼女は喜びを顔の前面に出した。


その笑顔を見た途端、僕の顔の温度がものすごい速さで上昇する。


「あっ…えっ、ありがとうございます…」


あまりの温度上昇に、自分でも驚いてしまう。


流石に、“玲衣さんの笑顔も好き”だなんて返答は、恥ずかしすぎてできなかった。



* * *


「…これはこれは。相当拗れてしまいましたねぇ」


少年は、木の上で愉しそうに言った。


彼はそこからターゲットの二人をじっと観察している。


彼はシルクハットに燕尾服という、かなり目立つ格好をしているが、彼の姿に気づくものはいない。


「“赫目あかめ”と“幽霊ゆーれー”でしたっけ。

…中々面白い組み合わせじゃないですか。

これは是非とも“教祖サマ”にご報告上がらなければ」


世界の歯車は既に廻り出している。


わたくしは、それを見届けるだけですから。



…この狂いに狂った素晴らしき世界で。



彼は歪んだ笑みを浮かべると、指をパチンと鳴らした。




第1章____________完


12話に続く。

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