第8話 生きて戦え 後編



「なぁ、紅。

もし俺が夢喰い狩りを続けるって言ったら笑うか?」


潮さんの葬式の時、凪は静かにそう言った。


瀬川潮せがわうしお、という名の少年の葬式は静かに執り行われた。


身内が弟一人しかいなかったのもあるだろうが、葬式に来た人間も少なかった。


彼が幼い時に入っていた孤児院の人間くらいしかいないのだろうか。


私は、彼に笑いかけた。


「んーいいんじゃない?

潮さんも喜ぶんじゃないかな」


彼は少し安堵するように笑う。


「…そうだな。

一人になっちまったが、あいつの作った見廻隊を守っていく。

それがあいつの遺志だからな」


私はぷっと吹き出した。


彼はムッとし、不満げに言う。


「何かおかしいか?」


「だって、1人で“隊”だなんて、無理がありすぎるって」


「だが…」


彼は少し不機嫌そうだ。


流石に一人きりで“隊”だと言い張るには無理がある。

それは彼自身も分かっていたのだろう。


私は笑って続けた。


「だから、私もやる。

これでも夢喰い狩りですから」


彼は目を丸くした。


「…え?」


「私じゃ不満?」


「いや…そういうわけじゃない。

そういうわけじゃないんだが…俺の我儘にお前を付き合わせることになるのが…」


「はぁ、何言ってんだか」


私はやれやれ、と肩をすくめた。


「凪の我儘はちょっくらスケールが大きいっていうか。

ここまで来たらもうとことん付き合うしかないでしょう」


彼は口をぽかん、と開ける。


どうやら、びっくりした時に口を開けるという昔からの癖は治っていないらしい。


私はにやりと笑って見せた。


「よろしくお願いしますよ、隊長さん?」


私は夢術者の身だ。


いつか…いつか、私は彼の前から姿を消すこともあるかも知れない。


だけどそれまでは。


彼の隣にいたい。

だって、彼が私の存在する意味をくれたから。

今度は私が彼のいる意味をあげたい。


少なくとも、その一端でいたい。


だからきっとこれは私の我儘でもあるんだ。


凪は、少し笑った。


「よろしくな、紅」


* * *


「…自分を傷つけるって、どういうことですか」


僕は紅さんの言葉の意味を尋ねた。


思わず眉根がよる。


別に僕は普通に戦っているつもりだ。

むしろちゃんと攻撃回避は気にしているはず。


彼女は苦笑した。


「そのままの意味なんだけどね。

君の戦い方…勿論それは凪の昔の戦い方でもあるんだけど…とにかく、自衛をしていない。

というか、自衛の概念がない」


「自衛していますよ。

ちゃんと攻撃は避けていますし、防いでます」


僕はムッとして言い返した。

彼女は首を振る。


「攻撃を避けるのは当たり前でしょ。

私が言いたいのは、そういうことじゃないの。

君、いつでも攻撃を防御できる体勢を取ってないでしょ?」


「…いつでも?」


いつでも防御する体勢でいては、攻撃すべき時に全力を注げない。


しかし、彼女はそのまま話を続けた。


「君は相手の間合いに潜り込むことが多いね。

それは君の“小柄”さを生かしていてすごくいいと思うよ。

…だけど、相手の間合いに入るってことは、即ち相手の攻撃を受ける範囲に入るってことなんだよ。

だからいつでも攻撃を防げる体勢を保たなくちゃいけないの。

攻撃力は幾分か落ちるだろうけど…そこは訓練でどうとでもなる。

まずは、なによりも自分の身を守ることを最優先して」


「…」


「凪も、よく相手に突っ込んでいくタイプの戦い方してたから。

分かるでしょ?

これから風磨くんは仲間で戦っていくの。

一人の無茶が全員を危険に晒す。

実際、それで凪は仲間を亡くした。

…凪は、君にそんな思いをしてほしくないんだよ。

だから、あんなに辛く当たっちゃう」


僕は顔を上げた。


彼が亡くした“仲間”の在りし日の姿が思い浮かび、胸が締め付けられた。


僕は、紅さんに尋ねる。


「…もし、僕がこのままの戦いをしてたら…誰かを失いますか?」


すると、彼女はフッと笑った。


「それは勿論、君次第だよ。

だけど、その確率は決して低いものではないからね」


彼女は遠い方に目を向けた。


「それにね。

風磨くんに大切な人が出来た時、その人は風磨くんにいなくなってほしくないって思うだろうから。

…君の命は、君だけのものじゃないから」


僕は思わず息を呑んだ。


いつか、僕の目標が達成できた時。


その時に僕がこの世にいなかったら、“あの子”はどう思うだろうか。


あの子は……澪は笑顔でいられるのだろうか。


「…紅さん」


名前を呼ばれた彼女は小首をかしげた。


「なに?」


僕は服の裾を握る。


そして、彼女に頭を下げた。


「僕に戦い方を教えてください。

できれば、一から」


それは、もう二度と大切なものを失うことがないように。


…“澪を救う”という、僕の目的を果たす為に。


すると、紅さんは満足げに頷いた。


「よく言った。

その心意気だよ、風磨くん。

私の教えられること、全部教えてあげるから」






「た…だ、いま…」


僕は玄関のドアを開いた。


「おかえりなさい。

お疲れですね…」


玲衣さんが僕をいたわってくれる。


紅さんの“遊び”が終わったのは、結局日が暮れてからだった。


それまで何時間もひたすら打ち込みをしていた。


打ち込むたびに、「そこ曲がってる」とか「打ち込んだ後の抜きが弱い」と言われ、癖を治された。


一から教えて欲しいと言ったのは僕だし、むしろ嬉しいことなのだが…。


いかんせん疲れた。

明日には全身筋肉痛だろう。


「頑張ってたよー、風磨くん」


紅さんが褒めてくれたが、それに答える元気も出ない。


彼女も何時間も打ち込みに付き合い続けたはずだが、一向に疲れた様子はない。


その底なしの体力に感服する。


僕は手近にあったソファーに倒れ込んだ。


ぼふっ、と言う音と共に全身の疲労が溶け出す。


…このまま沈めそうだ…。


疲れが限界に達し、もはや何も感じない領域だ。


すると、もう一つのソファーに座ってパソコンを操作していた凪さんが苦笑した。


「紅の特訓を受けたんだな…。

疲れただろ?」


僕は溜息と魂と共に答えを吐き出す。


「はぃ……すごく…」


玲衣さんがどこからか薄いブランケットを持ってきて、僕に掛けてくれた。


「ゆっくり休んでください」


「玲衣さん、ありがとうございます…」


「流石に初日から飛ばし過ぎちゃったかなぁ、あははっ」


全く悪びれもせずに紅さんが笑った。


凪さんはキーボードを叩きながら言う。


「毎回毎回飛ばしすぎなんだよ、お前は…」


紅さんはぺろっと舌を出した。


僕は頭を上げて尋ねる。


「凪さんも、紅さんの特訓を受けたことあるんですか…?」


「…基本的に、全員受けてる。

これでも最近は丸くなった方だぞ。

…あの時は本当に血反吐が出るかと思ったからな」


彼はその厳しさを思い出したのか、顔が若干青ざめている。


その横で、玲衣さんが首を激しく縦に振っていた。


紅さんはやれやれ、と首を振る。


「もぉ…凪は大袈裟なんだから。

実戦訓練をちょっとやっただけじゃない?」


「一日三十回はちょっとって言わないからな…」


彼は苦々しそうに言った。


僕は何も言わず、もう一度頭をソファーに預ける。


「紅さん、情け容赦なさすぎません…?」


僕の呟きは、クッションにくぐもって消えた。




九話に続く

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