第7話 魔物の子 後編


これは今から12年前の話になる。





神社の境内にある大樹の木の枝。

そこに私は腰掛けていた。


そこからなら、広い範囲を見渡すことができた。

神社の境内は勿論、広がる海も、街の様子も、ここからなら眺めることができる。


神社の裏階段を、子供達が笑いながら駆け降りていくのが目に入った。


それは先程、私のことをかくれんぼの“鬼”にしたクラスメイトだ。


…つまんないな。


私は木の枝から垂らした足をぶらぶらとさせた。


毎度毎度同じ様なことだ。

毎回私が鬼になって、毎回置いて帰られる。


そんなことをして何が面白いものなのかな?


よく飽きないものだ。


「ふぁあぁ…」


私は欠伸をすると、視線を下に落とした。


木の幹に身を預ける様に、ひとりの少年が立っているのが見える。


年は7、8才くらいだろう。


つまり私より少し下ってわけだ。


その少年は、その小柄さに見合わない分厚い本をパラパラとめくっている。


ただ黙々と、一言も発せずにその本に目を通しては、ページを繰ることを繰り返していた。



彼がこの神社に現れたのは最近のことだ。


毎日、小学校が終わる頃になるとこの神社にやってきて、本を読んで、日が沈む頃になると帰っていく。


彼の行動は、小学生とは思えない様なものだった。


だから、つい魔が差した。


つまり、彼を驚かせて反応を見てやろうと思ったのだ。


私は木の枝の上に立ち上がり、口を開いた。


「ねえ!

そこの君、ひとりなの?」


彼が本から顔を上げた。


辺りを軽く見回したが、まさか木の上にいるとは思わなかった様だ。


私はくすくすと笑った。


「ひとりなら___」


そして、私は木の枝から飛び立った。


昔から、男の子に混じって散々やんちゃしてきた。


そんな私にとって木の上から飛び降りることは造作ないことだ。


「___私とお揃いだね」


両足で軽く着地する。


少年は、少女が頭上から現れたことに口を開けていたが、やがて状況を理解したのか、不機嫌そうな表情になった。


「誰か知らないけど、なんか用?

本読んでるのがじゃまだったらどくけど」


予想外の反応。


私は笑みをこぼした。


よっぽど本が好きなんだろう。


彼は目つきが少し悪いものの、可愛らしい顔立ちをしている。


そんな顔でこう言うことを言ってくるからよけい面白い。


「えへへ、おどろいた?

急に話しかけてごめんね。

最近ずっとここに来てるからお話ししたいなぁって思ってたんだ。

私は、鬼ヶ崎紅っていうの。君は?」


「これ読んでるから、話しかけんな。

…オレは、仁科凪」


そっけない反応だが、律儀に名前を教えてくれる。


「ふぅん…凪くんね。

なら君は“なーくん”だ!」


「なんで勝手にあだな付けるんだよ。

しかもなんだよ“なーくん”て」


突っ込まれたが、意に介さないでおこう。


「なーくん、それ何の本なの?

けっこう分厚いね」


「むしかよ…。

これは“論文”だ。

桜庭町につたわる伝承のな」


論文、と言う言葉を聞いたのはこれが初めてだった。


「へえ、ロンブンねぇ。

じゃ、“魔物”のことものってるのかなぁ」


「きょうみあるのか?」


心なしか彼の目が輝く。

よっぽどその論文を気に入ってるのだろう。


「だって、私だから。

その魔物」


「…は?」


「私ね、どこで生まれたか分からないんだって。

だから魔物なの」


…嘘だった。


本当は自分が赤子の時に捨てられたことくらい分かっていた。


だけど、こんなにそっけない彼が、“魔物”に話しかけられたという事実を理解した時に示す反応を、見てみたくなったのだ。


嫌われたって構わない。


だって、興味はあっても、“友だち”になんてなれる希望はなかったから。


絶望するくらいなら、希望は持たない。


しかし、彼は大きくため息をついた。


「ばかだな」


「…なんて?」


「ばかって言ったんだ。

そもそも“魔物”だなんてそんざいしない、空想のさんぶつなんだよ。

伝承上の魔物は最初のほうの“夢術者”だ。

魔法みたいな力を使うから、魔物あつかいされてはくがいされたんだろうな。

もしも、“魔物”がいたとしても、それが人形をしてオレたちと同じように生活してるんだなんてあまりに都合が良すぎる」


彼は、これだけのことをほとんど一気に言い切った。


「どういうこと?」


言っていることが難しいすぎて、何を伝えたいのか分からなかった。


正直、半分も理解できていない。


すると、彼はパタン、と本を閉じた。


吐き捨てるように言う。


「お前は魔物じゃない」


それから、彼は顔を上げ…目を丸くして慌て出した。


「ちょ…っ、な、泣くなっ!

いやだったか!?」


気づけば、私の目から涙がとめどなく流れていた。

私は服で涙を拭く。


「ううん…ちがう。

私のこと“魔物”じゃないって言ってくれたの…家族以外で初めてだったから」


ただ単純に嬉しかった。


私が“魔物”であると言っても、彼は私を拒絶しなかった。

むしろ、魔物であることを否定してくれた る。


凪は困ったような顔をした。


「変なやつ…」


しかし、彼は少しだけ笑っていた。





それから、毎日彼はこの神社にやってきた。


あの日読んでいた論文が読み終わっても、手ぶらで彼は来てくれた。


特に何かをして遊ぶってわけでもない。


どうでもいい話をして、凪のする難しい話に首を傾げたり。

意味もなく海岸まで歩いて行ったり。


唯一友だちっぽいことをしたといえば、神主さんに写真を撮ってもらったことくらいだろうか?


そんな不可解な彼との関係は、2年ほど続いた。




“あの日”までは。





その日、町は火を噴いていた。


その光景が現実だと、どうしても思えなかった。


いつかの絵本で見たような、「地獄」そのもの。


…夢だよね、凪?


そんな淡い期待は消え去った。


その日のうちに消え去った幾つもの命。

それは紛れもない真実だったのだ。


夢喰いが大規模な襲撃をおこない、人々が虐殺された日。

それはのちに、“大災害”と呼ばれる日だった。




その日以降、凪が神社に来ることはなかった。


大災害からしばらく経った時、彼の両親が夢喰いに殺され、彼は姉に連れられてこの町を去ったことを知った。


…やっぱり、私はこの世界に愛されることはない。



私は嫌でもその事実を分からされた。

この世界の残酷さに、私は呑まれる。


そう分かっていたが…いや、分かっていたからこそ。私はこの世界を壊そうと思った。


この世界の最低な仕組みを、夢喰いを、全部消し去ろうと。


私が夢喰い狩りという道を選んだのは、そういう理由だ。


そして、私の居場所を作ってくれた人が、幸せに生きていけるように。




時はすぎ、今から3年前。


その頃には、ある程度夢喰い狩りという仕事に慣れつつあった。


私は桜庭町から少し離れた町で宿を取っていた。


「…雨、降ってきちゃったな。

はやく帰らないと…うん?」


雨の中、宿へと足を進めていると、やけにあたりが騒がしくなった。


警官が慌てふためく人々を誘導している。


…何かあったのかな?


私は、彼の元に走り寄った。


「すみません、何かあったんですか?」


彼に問いかけると、彼は眉を顰めた。

苦々しいことを言うように教えてくれる。


「隣町で、夢喰いが出たんだ。

いつこっちに来るか分からないから、君もはやく逃げなさい」


彼は隣町の方を指差す。


「町中に夢喰いが…被害の様子って分かります?」


「結構酷いらしいな…怪我人もかなり出てるみたいだ。

ほら、君もこっちに…」


「そうですか、ありがとうございます」


私は彼に早口で感謝すると、彼を押し退けた。そのまま隣町の方に走り出す。


「ちょっと君!?

危ないから戻ってきなさい!」


警官の叫び声が遠く聞こえる。

私は走りながら答えた。


「大丈夫です!

私、これでも夢喰い狩りなんで!」


向こうから数体の夢喰いがやってくるのが目に入った。


町の喧騒が一層高まる。


既にパニックを起こした人がいるようだ。


私はポケットに隠し持っていた2本の鉄扇を取り出す。


そして、両手に持つと…


_____夢術:ほむら


「…陽炎ようえん!」


私は扇を振り翳した。


炎が翅のように広がる。

灼熱の炎は夢喰いの炎を焼き尽くした。


私は振り返らずに、隣町へ急ぐ。


雨は一層強さを増していた。




八話に続く

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