第7話 魔物の子 前編

七話


地面を蹴り込んだ僕は、斜め前に跳躍した。


紅さんとの距離を一気に詰め、木刀を突き出す。

彼女の胸の辺りに、鋭く、速く。


「おっ、速いじゃん」


彼女は、僕の右方向に軽く足をひくと、何事もないように突きを避けた。


無論、この一発だけで当たるだろうとは、僕も思っていない。


着地すると同時に、右足で深く踏み込む。

姿勢を低くすると、そのまま僕は彼女の間合いに潜り込んだ。

踏み込んだ足を軸に回る。


その勢いを利用して、僕は木刀を振った。

彼女はあくまでも避けの姿勢を崩さないようだ。

今度は後ろに軽く跳び退く。

僕は今度は上に刃を突き上げる。


「このままおいで!」


彼女が僕を軽く煽動する。


僕は今度は振り上げた刀を下ろし、彼女の木刀を弾き飛ばそうとした。


すると、それを読んだのか、彼女は木刀の先を軽く上に跳ね上げた。


…衝撃。


刀に勢いをつけるため、握りを弱くしていた僕の刀が逆に弾き飛ばされそうになる。


なんとかそれをこらえるが、後ろによろめいてしまった。


彼女は、それを見逃すような人ではない。


「うーん…まずまずかなぁ」


と言いながら、苦笑する。

そのまま、木刀を軽く横に薙いだ。


ギリギリ刀の鍔で防げたものの、余計体勢を崩される。


僕は足を退くと、両手を刀に添えた。

振りかぶり、彼女に斬りかかる。


今度は彼女は退かない。


躊躇なく一歩踏み込むと、地面を蹴って跳び上がった。


空中で回転し、僕の刀の柄を足で弾き飛ばす。

木刀が弧を描いて宙を飛んだ。


紅さんが僕の鼻先に舞い降りて、そして_____


「っ…!」


脇腹に強い衝撃。


反射的にその場に崩れ落ち、咳き込んでしまう。


「ゴホッ、ゴホ…ッ」


紅さんから正拳突きを喰らったのだ。


木刀を持っているのにも関わらず、素手で。


彼女は何事もなかったかの様に立ち上がった。

跳躍の際に乱れた髪を直すと、弾き飛ばした僕の刀を拾う。


「…うん。なるほどね」


彼女は呟く様に言った。

それは、低く冷たい呟きだった。


…未熟だ。


そう言った凪さんの言葉が脳裏をよぎる。


僕は地面に手をつく。

痛む脇腹を抑え、身を起こした。


「ぅ…ま、まだ戦えます…。

だから、続きを…」


僕は“未熟”じゃない。


今まで戦ってきた苦労は無駄じゃない。


そのことを証明するためにも、彼女に一発だけでも…。


「いいよ、もう」


紅さんはふっと表情を緩めた。


「風磨くんが頑張ったのは十分伝わってるから」


「…“頑張った”じゃ、ダメなんです」


頑張るだけじゃ何も出来ない。


結局は、結果がどうだったか、だ。


だからこそ、今まで積み重ねてきたことを否定されるのが、たまらなく嫌だった。


今まで苦しかったことも辛かったことも…全て無駄だと言われるのが怖かった。


しかし、紅さんは僕の頭に手をポン、と置く。


そして、僕の目を覗き込む様にして尋ねた。


「もしかして、凪に言われたこと、気にしてる?」


「…」


あまりに図星すぎて返答に困り、目を伏せる。


そんな僕の頭を彼女は優しく撫でた。


「風磨くんは未熟じゃないんだよ。

凪だって、風磨くんの事を本当は認めてる」


「え…?」


あの凪さんが…?


僕は彼女を見た。


紅さんは、そのまま話を続ける。


「だって、本当に風磨くんが未熟だったら、あんな重症負わせるまで本気出さないから。

相手が結構強くて取り乱しちゃったんだと思うよ、あれ」


そう言いながら、彼女は少し微笑んでいる。


「なら、何で…」


何で彼は僕に“未熟”と言ったのか。


「ここからは憶測なんだけどね__」


彼女はふうっと息を吐いた。


「___多分、凪は君のこと受け入れられないんじゃないかな…本能的に。

頭では君のこと受け入れなくちゃいけないこと分かってるんだけど、どうしても無理なんだと思う」


元々不器用だし、と彼女は付け加える。


「凪自身も理解してるかは分からないけど…君の戦い方は昔の凪に似てるんだよ。

3年前くらいの凪に。

だから…同族嫌悪って言えばいいのかな…昔の自分を受け入れられない様に、君のことも受け入れられないんだと思う」


3年前。


凪さんががその頃の彼自身を受け入れられない理由が、僕にもなんとなく分かった。


だってそれは。


うしおさんが、凪さんの目の前で死んだ年だったから。


「僕と凪さん…似てるんですか?」


「似てるよ、自分では気づいてないだけで。だって君たち二人とも_____」


彼女は泣き出しそうに顔を歪めた。


「_____自分を傷つける戦い方をしてるもん」




* * *




「魔物の子だ」



この言葉を、人生で幾度聞いたのだろう?


物心ついた頃から、私は周りにそう言われてきた。



私は、きっと…誰からも要らない子だった。






私が拾われたのは、魔物を鎮めたという伝説を持つ鬼神を祀った神社だった。


災いをもたらすその魔物を沖合の島に閉じ込めて町に平穏をもたらしたという、神話の中の英雄。


まだ幼児だった私は、そこの神主さんに拾われ、養子縁組を組んでもらえた。


与えられた名前は“鬼ヶ崎紅”。


私は、捨て子としてはものすごく恵まれた方だったと思う。


神主さんや、その家族は決して私のことを虐めたりしなかった。

むしろ、優しすぎてこっちが気後れするほど。




しかし、世間はそれほど甘くはない。


勝ち気な性格も災いしたのだろう。

そもそもが、“魔物”に関する神社で拾われた、得体の知れない捨て子だ。


“魔物の子”だと呼ばれるのにそう無理はなかった。


「お母さんに紅ちゃんと遊んじゃいけないって言われたから、もう遊べないや」


と、何度仲良くなった友だちと引き離されたか。


「紅ちゃんは“鬼”ね」


と、何度かくれんぼの鬼にされ、何度置いて帰られたか。


「気持ち悪い。

なんで学校に来てるんだろうね」


と、何度陰から冷たい視線を向けられたことか。


それはいつしか私の日常になっていた。


私の日常に、私は求められていなかった。




そんな折だった。

私が彼と…仁科凪という少年と出会ったのは。

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