第5話 赫い夢を予る 後編



「風磨ってなんで見廻隊に入りたいって思ってるんすか?」


前を歩いていたシオンが突然振り返って訊いてきた。


僕、風磨は口籠る。


「えっと…」


夢喰い狩りになろうとした理由。

それがまさしく凪さんに接触した理由なのだが…。


「シオン、誰もそんなの言いたがる訳ないだろうが」


優希が僕の気持ちを汲んだように言い、シオンを軽く睨んだ。


彼は悪びれもせずに口を尖らせる。


「えぇ〜、だって気になるじゃないっすかぁ。

ほんの好奇心っすよ好奇心」


「風磨、言いたくなかったら言わなくていいからな。

こいつが勝手にグダグダ言ってるだけだし」


「…ごめん、やっぱり、言いたくない」


答えて、僕は足を止めた。

思わず俯く。


少し前を歩いていた二人が歩みを止めて、振り返った。


「…可哀想だ、って思われたくないから」


自分で言ってびっくりするくらい、冷たく言い放ってしまった。


僕の人生は、“普通”の人から見たらかなり不幸なのだろう。

今まで何度も“可哀想”と言われてきた。

言った当人からしたら、それは慰めのつもりなのだろう。


だけど、そんなの言われたって嬉しくない。


“自分と違う不幸な子”認定されるのが、反吐が出るくらい嫌だった。


「…まぁ、可哀想って酷い言葉だよな」


優希が静かに言った声が頭上から聞こえた。


僕は恐る恐る顔を上げる。


「悪いっす、ぼくも無神経なこと訊ねちゃったっすね…。

ぼくだって、可哀想って言われるの嫌なのに」


彼が首の後ろに手をやりながら謝る。


優希が笑いながら言った。


「それに、相当な理由がないと夢喰い狩りの道なんて普通選らばねぇだろ」


「そうっすね。

見廻隊のみんなも結構な理由があって入隊してるっすからね…例外はいるっすけど」


調子を取り戻したらしく、シオンは優希の方を見ながら言った。


「は?俺?」


「風磨、ユーキの入隊理由って“丁度良い下宿だったから”なんすよ?」


「えぇ…」


僕が反応すると、優希は拗ねたように叫んだ。


「な、なんか悪いかよ!」


彼の顔が真っ赤になっている。


「ユーキ、どうしたんすかぁ?

顔が赤いっすよぉ??」


すかさずそこをシオンがいじり出した。


優希は完全に拗ねてしまったらしく、シオンをガン無視し続けている。


…仲良いな。


今まで一人で夢喰いを狩ってきた僕にとって、“仲間”という関係性は、あまりに新鮮すぎた。


…眩しすぎて、近寄れない。


そんな僕の様子を見て、シオンがパッと優希から離れた。


「こんなとこで長話してたら風邪引きそうっす。

そろそろっすよ」


「…だな。

任務も無事に終わったし、俺たちの家に帰ろう」


優希も笑った。


帰る。


そんな言葉を聞くの、いつぶりだっけ。


シオンが感傷に浸った僕の腕を掴む。


「わっ」


そのままぐいっと引っ張り、彼は走り出した。


「何ぼーってしてるんすか、風磨!」


優希も後から追いかけてくる。


「転ぶなよー、二人とも」


僕らは夜空の下、本部に向けて走り出したのだった。




「ただいま戻ったっすよ!」


シオンが大声を出しながらドアを開ける。


結局最後まで僕は彼に腕を掴まれたままだった。


玲衣さんがいそいそと玄関に駆け寄ってきた。


「お、おかえりなさい。

無事でよかったです…」


凪さんは不自然な顰めっ面で、

「よく生きて帰ってきたな、風磨」

と目を合わせずに言った。


彼の行動と言葉が合わず、僕が不思議に思っていると、優希が耳打ちしてくる。


「あぁ、あれ笑顔を一生懸命堪えてる顔だからな。

…凪さん、昨日の夜風磨のことすっげえ心配してたんだ」


「な、なるほど…?」


噂されている当人は、聞こえているのか聞こえていないのか、その顰めっ面をもっと顰めさせた。


玲衣さんが突然小さく悲鳴をあげる。


「し、シオンさん凄い怪我してるじゃないですか…!」


彼は自分の右腕を見ながら言った。


「出血がすごいだけで、ただのかすり傷っすよ」


「駄目ですよ!

今治しますから座ってください」


彼女は半ば強引に彼をソファーに座らせると、その小さな手を彼の傷口に当てた。


____夢術:いやし


彼女の左手にその字が浮かぶと共に、光が溢れ出る。


その光が彼の傷口に触れると、傷口がみるみるうちに塞がっていった。


後には、傷ひとつない白い彼の肌が残った。


「玲衣さん、感謝っす!」


僕は唖然とした。


昨晩の傷が治っていたことから、彼女が治癒系の夢術者ではないかとは思っていたが、本当にそうだったとは…。


しかも、かなりの傷を一瞬で治し切ってしまった。

その夢術の強さに、空いた口が塞がらない。


そんな僕の様子を見て、凪さんがふいに立ち上がった。


不機嫌そうな顔のまま、僕の方に近寄ってくる。


…何か言われるんじゃないか。


何を言われてもいいように覚悟をするが、やはり身が強張る。


思わずぎゅっと目を瞑ってしまった。


そして、彼は僕の目の前までくると…

「…よかったな」

と言った。


僕は恐る恐る目を開く。


彼は笑ってはいないものの、目には優しさが篭っていた。


そして、ため息をつきながら彼は続ける。


「認めたくはないが、約束は約束だ。

桜坂風磨、お前の入隊を承認する。

…まぁ、ここから色々訊きたいことがあるから覚悟しておけよ」


傷を治してもらったシオンが目を輝かせる。


「風磨、よかったっすねっ!」


そして、突然僕に抱きついてきた。


「うわっ!」


彼と僕とでは30センチ近く身長差がある。

抱きつかれると言うよりかは抱き込まれるの方が正しい表現だ。


そんなシオンを優希が引き剥がそうとする。


「くっつくなお前らっ!」


「はーい離れて離れてー」


紅さんも加勢してくれて、どうにかシオンは抱きつくのをやめた。


けちー、と口を尖らせ、不満げだ。


…でも、あのままだったら僕が押し潰されてしまうところだった。


離れてもらえて良かった…。


優希が若干疲れ気味に言った。


「じゃあ、改めて自己紹介でもするか?

…俺は竹花優希たけばなゆうき、17歳だ。

風磨と同い年だな」


そこにすかさずシオンが手を勢いよく上げる。


「はいっ!

ぼくはシオン・アルストロメリアっす。花も恥じらう17歳!」


「いや男子に花も恥じらう17はきつい」


熟練漫才師のようにツッコミを入れた優希の横で、恐る恐る玲衣さんが言った。


「えっと、神奈月玲衣かんなづきれいです。16歳なので、風磨さんより年下ですね…。

ふつつかものですが、どうかよろしくお願いします…」


シオンをやんわりと押さえつけながら、紅さんがにこやかにそれを継いだ。


「私は鬼ヶ崎紅きがさきべに

一応副隊長っていう役職だけど、そういうの気にしなくていいからね。

年齢はじゅu…」

「21だ」


凪さんが冷たく言い切る。紅さんが苦言を呈した。


「酷い、凪っ!

私だってまだぴちぴちだから…」


「若作りするな、紅。

お前、俺より年上だろ…。

今更自己紹介の必要はないと思うが、俺は仁科凪にしななぎだ。

20歳で、桜庭見廻隊の隊長」


これでいいだろう、と言わんばかりに彼は息をついた。


「えっと…」


この流れは、僕も自己紹介するべきなんだろう。


「…桜坂風磨おうさかふうま、17歳。

よろしくお願いします」


出来るだけ簡潔に、僕は自己紹介をした。



…そう、ここから。

僕の「運命」はここから始まる。


六話に続く

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る