第3話 適性試験 後編

槍の柄に重ねた彼の左手に“予”の字が浮かんだ。


僕はそれを横目に見届け、夢術を使う。


____夢術:やいば


自分とシオンを取り囲むように大量の武器を発生させる。


…5。


僕は心の中でカウントを始めた。

右手を掲げ、出現させた刃の矛先を夢喰いたちの側に向ける。


…4。


挙げた右腕を前に突き出し、武器を放った。

それらは夢喰いたちの集団の方に間違えなく飛んでいく。


辺りに土埃が激しく上がった。


…3。


それでも、攻撃の雨を掻い潜った夢喰いたちが何体も土埃の中から飛び出してくる。


最優先は、シオンを守ること。

僕は自分の掴んでいる刀を振るう。


…2。


右へ、左へ、前へ。


僕は何度も何度も連続して刃を振るった。

その度に夢喰いが一体一体消えていく。


しかし、いかんせん数が多い。

一人を守り切りながら捌き切るには限界がある。


…1。


「シオンっ…!」


僕は刀を突き出しながら叫んだ。

彼の背後にいつのまにか夢喰いが現れていた。


「…感謝するっす」


彼は目を伏せたまま呟くと、いきなり槍を地面から引き抜いた。


後ろを一瞥もせずに槍を回すと、背後にいた夢喰いの核を砕く。


シオンは目を開くと、優しく微笑んだ。


「もうえたから、大丈夫っすよ!」


そして、彼は手近の夢喰いの核を次々と砕いていった。

彼の槍はいとも容易く核に命中するが、反対に夢喰いの攻撃は一才当たらない。


的確に、しかし迅速に。


まるで踊るように彼は夢喰いを殲滅していった。


…そう。


それはあたかも未来をえているかのように。


「すご…」


僕は思わず嘆息する。


「風磨!ここはぼくに任せるて大丈夫っすから、ユーキを探して欲しいっす!」


彼は僕に向かって叫んだ。


「そ、そんなこと言ったって…」


僕はまだその“ユーキ”という人物に会ったことがない。

探せ、と言われても…。


すると、彼はニッと笑って親指を突き出した。


「隊服着てるし、まぁ分かるっすよ!

ぐっどらっく!」


彼のあまりの楽観主義に呆れたが、確かに見廻隊の人間ならば、隊服を着ているだろう。


シオンの言う通りにした方が良い。


僕はそう判断した。


退路を切り拓き、森の深い方にかけ出す。


霧が先ほどよりも濃く、まとわりつくようになってきた。


走る、というよりかは霧の中を泳ぐように進む。


…“ユーキ”とシオンが呼ぶ隊員が彼と一緒に夢喰い狩りをする目的でここに来たのなら。

おそらく、この霧で夢喰いの集団と離れてしまったのだろう。

標的を見失ったのなら…ましてやこの霧の森の中ならば、夢喰いを探して無闇に歩き回るのは危険だ。


つまり、“ユーキ”はこの近くにいるはずだ。


僕は出来るだけ音を立てないように走る。


夢喰いの集団からあぶれた者が居てもおかしくない。

霧のせいで視界が狭まっているため、不意に出会ってしまうこともあり得る。


そう思った瞬間だった。


ひゅぅ…っ


目の前を何かが掠めた。


反射的に僕は身体を背後に反ってそれを避ける。


その「何か」を理解した僕は息を呑んだ。


…クナイだ。


僕はそれが飛んできた方向を見る。


霧のせいで遠くまでは分からないが、見える範囲には誰もいない。


続け様にもう一つ、クナイが飛んでくる。


…敵と見て、構わないだろうか。


僕は刀を握り、前方を睨む。


その刹那、連続でクナイが霧の幕を破った。


僕は前に跳躍し、木の幹に足をかける。


クナイが僕が先ほどまでいた地面に突き刺さる。

そのまま幹を蹴り、宙返りする。

後方の木の枝の間に飛び乗り、クナイを避けていった。


飛び道具は、一度放ってしまったら軌道は変えられない。


動きが予測できないようにジグザグに動いていけば、当たりづらいのだ。


僕は木の枝と枝の間を飛び移りながら、クナイが飛んでくる方向に駆けていく。


とめどなく飛びかかってくる攻撃を刀で宥めながら、霧が薄くなっていくのを感じた。


木々が途切れ、視界が晴れる。


僕は最後の枝を踏み切り、跳び上がりながら刀を振り上げ…


…そして、その体制のまま固まった。


「…あ」

「…え」


声が重なる。

そこにいたのは夢喰いでも敵でもなかった。


紺色の隊服に、鮮やかな緑色のマフラーを揺らした少年がクナイを片手に立っていた。


慌てて体制を変えようとするが、いかんせん今僕がいるのは空中だ。


刀を離すことはできたが、僕自身は頭から地面に突っ込む。


「だ、大丈夫か!?」


地面に顔をぶつけたまま倒れていると、頭上から声が降ってきた。


顔を上げると、先ほどの少年が見下ろしていた。


マフラーは彼の口元を完全に隠していた。 


「ぅ、うぅん…」


僕は生返事をしながら身を起こす。

頬を袖で擦って土を落とした。


彼はマフラーを手で下にずらした。


…端正だな…。


場違いだが、ふとそう思った。


どこぞのモデルかと思うくらいだ。


少年は苦笑して言った。


「本当にすまん…霧でよく見えねぇから、夢喰いかと思って…」


「いや、僕も夢喰いかと勘違いしちゃって…」 


どうやら二人とも互いのことを夢喰いかと勘違いしたようだ。


まあ、夢喰いの狩中だし、霧の中だから仕方ないことだろうか…。


とにかく、互いに害意はないことはわかった。


しかし、彼は僕の言葉を聞いて軽く目を見開いた。


…今のどこに驚くポイントが?


僕が疑問の視線を送ると、すっと彼は目を逸らした。


「…いや、その…男、だったんだな」


…ああ、そう言うことか。


僕は子供に見られることも多いが、女性に見られることも多い。

おそらくこの髪型が原因だろう。


後ろで結んだ髪の毛をいじりながら言った。


「慣れてるから、大丈夫。…えっ、と…“ユーキ”、だよね?」


「そうだよ。俺は優希ゆうき、よろしく」


「僕は桜坂風磨。よろしく…優希」


「一応話は凪さんから聞いたから。随分度胸の座ったことしたらしいな、嫌いじゃねぇが」


それは、僕を「隊長に襲いかかった不審者扱い」をしてるのか?


しかし、彼は軽口のつもりだったらしく、その言葉に敵意は1ミリも感じ取れなかった。


それより、僕は彼に気になっていたことを問う。


「えっと…苗字は…?」


さらっと自己紹介で彼は苗字を飛ばした。

いい忘れたのだろう。


彼はめんどくさそうに耳の後ろをかいて笑った。


「あぁ…竹花たけばなだよ。竹花優希たけばなゆうき


…竹花?どこかで聞いたことあるような…。


僕は彼に言う。


「優希、今シオンが一人で夢喰いを引きつけてくれてるんだ。

できるだけ早く合流したいから…力を貸して」


「は?シオンが一人で?

……ったく、あいつ…無茶しやがって…」


「うん。夢術を使ってたし、一人でも大丈夫そうではあったけど…」


「夢術を…」


彼は唇を噛んだ。


「…馬鹿かあいつは」


「え?」


僕は聞き返す。

優希は拳を握った。


「説明は後でする。

とにかく急いでくれ。

________シオンが、危ない」



四話に続く

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