第3話 適性試験 前編

三話


桜庭町は山と海に囲まれた町だと僕は言った。

そして、今僕とシオンは町の北西側の山の中、少し開けたところに居る。


シオン曰く、そこが“待ち合わせ”場所らしい。

何故“らしい”と付けなくてはいけないかと言うと…。


「…誰も、いないな」


僕は小さく呟いたつもりだったが、辺りの静けさのせいで大きく聞こえる。


横目でシオンを見上げると、だらだらと冷や汗をかいている。

彼が本部から持ってきた長い槍が細かく震えていた。


「なぁシオン、本当にここが…」

「いや本当っすよ!!??

ここで待ち合わせって言ったんすよっ!!

待って、疑わないで!?」


僕の視線に気づいたシオンが慌てて弁解した。


その様子が余計疑わしい。


「けっっして待ち合わせ場所を間違えたわけじゃないっすからね!?」


「別に疑ってはない…こともないこともないけれど、本当に待ち合わせ相手が何処なのか分からないの?」


シオンは肩を落とした。


「疑ってるじゃないっすか、それ…。

もしかしてユーキ、一人で始めちゃった…?」


待ち合わせ相手は“ユーキ”というのか。


一人で納得していた時、ふと鼻先に不快な空気が掠めた。


「っ!」


この感覚を感じたと言うことは、夢喰いがいるという証拠だ。

それも、かなり空気の禍々しさが濃い。

…近くにいる。


僕は目を閉じて、神経を集中させた。


その空気は、大体北北西の方向から漂ってくる。

おおよそ五百メートルくらい先だろうか。


「ん?どうしたんすか、風磨…」

「シオン、こっちだ」

「へぁ?」


僕は呆然と突っ立っているシオンを置いて夢喰いの気配を感じた方向に走り出した。


「え、ちょ待っ!?」


シオンの慌てた叫び声が背中から聞こえる。


僕は、昔から夢喰いの気配を察知することが得意だった。

どうやら、普通の人には出来ないことらしい。


僕が夢喰い狩りとして生きていくのにその力はかなり役に立った。


後から追いかけてきたシオンが僕の横に並び、話しかけてくる。


「こ、こっちにユーキがいるんすか?」


「分からない…けど夢喰いは間違えなくいる」


「なんでそんなこと…」

「止まって!」


不思議そうな反応をした彼を僕は制した。


辺りはいつのまにか霧が立ち込めてきている。


その霧の向こう、僕らの五メートルほど先。

そこに何十体もの夢喰いがいた。


「うっわ、すごい数…夢喰いって普通集団活動しないはずっすよね?どうするっすか?」


シオンがびっくりしたように息を吐いた。


どうするって言われても、答えはひとつだ。


僕は、それを口に出さないまま夢術を使う。


______夢術:やいば


刀を出現させると、夢喰いたちの方に飛び出していった。


夢喰いの群れの中に飛び込んでいく。


「風磨っ!!??

何やってるんすか、無謀すぎっすよ!?」


シオンが叫ぶ。

しかし、僕は構わず刀を手近にいた夢喰いに向かって踊りかかる。


先手必勝。


僕は高く跳躍し、刀を振りかぶった。

夢喰いに向かって斬撃を放つが、すれすれで避けられる。

間髪おかずに二発目。

着地した勢いで放ったそれは夢喰いの核を貫いた。

僕の背後から襲いかかってきた夢喰いに、その流れで斬撃を食らわす。


核を砕かれた二体とも、呆気なく灰になって散った。


しかし、それも束の間、次の夢喰いが襲いかかってくる。

夢喰いの拳をしゃがんで避け、刀を突き刺す。


次々と襲ってくる攻撃を避け、刀で核を砕きながら、僕は視線を巡らした。


なにしろ数が多い。


今のところ攻撃は全て捌き切れているが、囲まれたら厄介だ。


一体一体を殺していくよりかは、夢喰いの集まりの中心を突いた方が速い。


この群の中心はどの夢喰いだ?


そいつを探し出せ。

そうすれば夢喰い同士の連携も弱くなる。


視界を埋め尽くす、赫い目、目、目。


あまりの夢喰いの気配の強さに反吐が出る。


…気分が悪い。


視界が一瞬揺らいだ時、夢喰いが鉈を振り上げるのが目に映った。


「風磨っ!!」


シオンの叫び声がし、その夢喰いに槍が突き刺さる。


彼の一突きによって夢喰いが灰になる。


「シオン…ありがと」


「全く、風磨は無謀すぎっすよっ!ま、そーゆーの嫌いじゃないっすけど!」


彼はとんとん、と踊るように僕の背中側に回り込むと、背中合わせをする。


「それよりこの数どうするんすか?」


シオンは槍で夢喰いを薙ぎ払いながら訊く。


「無茶っすよ?この攻撃を避け続けながらユーキ探すの」


そう続けながら、彼は槍を右手でくるりと回す。


無茶だ、と言う割に彼は楽々と夢喰いの攻撃を避けている。


むしろこの場を楽しんでいるかのような身軽さだ。


「そうだな…せめて相手の攻撃さえ読めたら…」


思ったよりも敵の統制がとられていて、やりずらい。

しかし、やはり攻撃は夢喰いによってまちまちであるため、攻撃が不規則だった。攻撃さえ読めたら、防御しやすくなるはずだ。


…だけど、そんなこと出来るはずがない。


すると、シオンがパッと笑顔になった。


「なんだ、そーゆーことならっ!」


「え?」


「風磨、少しだけ時間稼ぎしてほしいっす。10秒…いや、5秒でいいっすから。

その間に…る」


どういうことだろうか?


しかし、彼は笑顔で言っているものの、冗談を言っているようには感じられなかった。


「…うん、分かった」


僕は彼を信じることにする。


刀を両手で握りなおした。


「5秒_____5秒間稼げばいいんだな!」


「そうっす!」 


シオンは満足げに頷くと、槍を地面に突き立てた。

そして、ゆっくりと目を閉じる。


____夢術:みる

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