第4話 花言葉は未来への憧れ 前編

四話


ぼく、シオンは槍を構えた。


そして、息苦しいのを肩で殺し、あえて笑って見せる。


夢喰いの群れのうち、既にその大半は塵となって消えた。

しかし、最後の一体が手強い。


…多分、夢喰いの群れを率いていたのはこいつだな。


今この一帯を覆う霧はおそらく夢術によるものだろう。

それも、今ぼくが対峙している夢喰いの。


相手の動きは既に夢術でている。

しかし…。


「うわっ!」


ぼくのすぐ眼前を鎌の刃が通り過ぎる。


攻撃はえているとはいえ、それを避けなければ意味がない。

この夢術は、未来をせるだけ。

それを知った後の結果は自分で掴まなければならない。夢術自体は、至って無力なのだ。


そこに追い打ちをかけるようにこの霧。


濃くまとわりつくような霧が、完全に夢喰いの姿を覆い隠している。


そのため、えたものも不明瞭になり、余計にそれがぼくを戦いづらくさせていた。


次の斬撃が来る。

既にそれは分かってる。

どう来るかも分かってる。


だけど…だけど思考に体が追いつかない。


ぼくは体を逸らし、ぎりぎりのところで鎌の刃を避けた。


「あっぶなっ!」


ぼくは笑顔を形作った。


本当はそんなこと言っていられる状況じゃない。

笑っていられるほど優勢じゃない。


_____だけど、こんな時くらい笑わなくては、ぼくらしくないから。


「でも残念っすね、ぼくの勝ちはえてるんすよ」


ぼくは虚勢を張った。

まだ勝負はえていない。


それでもこれくらいやらないと、ぼくは。



…恐怖で壊れちゃうから。



ぼくは槍を回した。

霧を掻き分けるように踏み込み、連続で突きを繰り出す。

夢喰いが振るった鎌の間合いから飛び退き、槍の柄でそれを抑えた。

そのまま振り切り、夢喰いの体勢を崩す。


ぼくはよろけた夢喰いの脚を払おうと踏み込んだ___その瞬間。


瞼の裏に血が飛び散った。


見たのではない。


たのだ。


ほんの少しの未来を。

一瞬先を。


唐突な不幸な“予知”に思考が止まる。


世界がスローモーションに見えた。


夢喰いはその一瞬を逃さなかった。


鎌の刃がぼくの右腕を襲う。

まるで再放送のように、先ほどたような血が飛び散る。


しかし、今度は現実。


鋭い痛みも、流れ出る血も本物だ。


その場で蹲ってしまいそうになった自分を叱咤して、どうにかそこから飛び退く。


…今見たのは、自分が“怪我”をする未来だった。


だけど、もしも…。


もしも、ぼくが“死ぬ”未来がえてたなら…?


右腕の傷口が熱を帯びるのとは反対に、背筋が凍る。


ぼくは右手で持っていた槍を左手に持ち替えた。


夢喰いが連続で繰り出す攻撃を右へ左へと避けていく。


だめだ、無意識で引きの姿勢をとってしまう。

心の底でさっきの予知を怖がっているんだ。


…怖い。


そんな単純な思いを振り切るため、ぼくは笑みを浮かべた。


槍を掴み、半ば強引に突き出す。


その時、夢喰いの姿が消えた。

霧が濃くなり、その姿を覆い隠してしまったのだ。


ぼくは槍を引いた。


次の夢喰いの動きは分かっている。


ただ…。


突如霧の一部が裂け、黒光りする鎌が現れた。


…やっぱり、ずれた。


ぼくは跳び上がりながら思った。


何も見えない中で攻撃がえたとしても、位置までちゃんと特定することができない。


結局、中途半端な姿勢で跳躍してしまい、着地した途端にバランスが崩れた。


夢喰いがもう一度振った鎌に槍が弾き飛ばされる。

槍が霧のカーテンの中に消える。


ぼくはその場に尻もちをついた。


夢喰いが鎌を振り上げるのが頭上に見えて…。


…しかし、夢喰いの鎌は振り下ろされることはなかった。


その腕に後ろから鎖が巻きつき、引っ張られたからだ。


夢喰いは呆気に取られた様子で固まる。


「シオン!」


叫び声と共に、夢喰いの核が霧と共に突き破られた。


霧が溶けると同時に、夢喰いも夜に消えていく。


ぼくは、核を突き破った人物を見て、思わず目を細めた。


「ユーキ…!風磨も!」


優希がクナイを手にした手を緩める。


その背後で、風磨が夢術で現した鎖を消した。


優希がぼくの方にやってくる。

ぼくは立ち上がって袴の砂を払いながら言った。


「ユーキ、来てくれたn…痛っ!」


優しく迎え入れられるかと思ったが、頭を軽くどつかれた。


優希は呆れたように腕を組んで言う。


「なんで勝手に予知してんだよ、シオン!」


「いやぁ〜ちょっとだけっすから大丈夫っすよ〜」


「またそんなこと言って…具合は?悪いところねぇか?」


ぼくは苦笑した。


「本当に大丈夫だって!

…強いて言うなら今どつかれた頭が痛いっすけど」


優希がぼくを軽く睨む。

しかし睨みつつも、そこに心配が宿っていた。


「シオン、夢術にトラウマあるって本当か…?優希、すごい心配してたけど…」


風磨がぼくに気遣うように言った。

ぼくは彼に笑って見せる。


「トラウマなんてそんな大したもんじゃないっすよ〜、あんまりこの夢術が好きじゃないってだけのことっすから」


これまでも、きっとこれからもぼくはこの夢術が好きになれないだろう。


こんな力がなければどれだけ良かっただろう。


だって、この夢術がなかったら、ぼくはきっと独りにはならなかったのだから。

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