第10話 消したい赫色 前編

第10話


翌朝。


とりあえず、隊員のみんなには“話がある”とだけ言って、リビングに集まってもらった。


僕は全員に言った。


「…これから話すことは、僕が夢喰い狩りになった理由です」


言いたいことを言葉にしながら、自分の頬がこわばるのが分かる。


…怖い。


純粋な恐怖を身に染みて感じた。


一度言葉にしてしまったら、それを取り消すことはできないから。

もう、後戻りができなくなってしまうから。 


本当は今すぐこんなことやめてしまいたい。


…だけど、信じてみようって昨日決めたから。


僕は恐怖を押し込めるように、大きく息を吸った。


皆んなの視線から逃げるように目を伏せる。


「これを話したら、もう僕はここにいられなくなるかもしれない。

だけどこれが___」


僕は話しながら、手を右眼に遣った。


右眼を覆う、黒い眼帯。


それをつかむと、僕は勢いよく引っ張った。


ぷつん、と音がして、眼帯の紐が切れる。


それは手からこぼれ、床に音も立てずに落ちた。


僕はゆっくりと目を開く。



「_____これが、本当の僕なんです」



そこには紛れない赫色があった。


…僕の右眼には、赫い眼が嵌まっていた。


* * *



話は十年前まで遡る。



「おにーちゃん!あそんでよー!」


妹が僕の服の裾を引っ張った。

彼女は桜坂澪おうさかみお、僕の二つ下の妹だ。


ここは、「蝶の羽」という孤児院の一室。


机に向かっている僕の周りでは、沢山の子ども達がはしゃぎ回っている。

無論、当時の僕も子供なのだが。


澪に話しかけられ、僕は口を尖らせた。


「今はいそがしいからダメっ!宿題あるんだから」


算数のドリルがまだ残っているのだ。


学校では九九の授業に入ったが、どうもこれが覚えられない。

そのせいで、算数のドリルがなかなか進まないのだ。


残念ながら彼女に構ってやる暇はない。


澪がけちー、と言って頬を膨らませる。


僕たちがこの孤児院に拾われた時、僕は3歳、そして澪は1歳だった。


孤児院の職員さんの話では、捨てられたのかどうかは分からないが、孤児院の玄関の前で二人きりで立っていたらしい。


だけど、正直その時のことは覚えていない。

両親のことすら、僕の記憶にはなかったのだ。


だから、僕にとってのこの孤児院は家そのものだった。


僕に断られ、すっかり拗ねてしまった澪は、僕の隣で鉛筆を握っている少年に縋りついた。


「じゃあ、流くんでもいいよっ」


「“でもいい”って…。それに、ボクも宿題あるんだけど」


瀬川流せがわながれ


僕と同い年で親友ともいえる彼にも断られた澪は、ますます頬を膨らませた。


そんな彼女の頭に、ぽん、と手が乗せられた。


「じゃあ、僕と遊ぼ〜」


「潮おにーちゃんっ!あそぶあそぶ!」


遊んで欲しい欲求が満たされた彼女は、ハイテンションで答える。


僕は声の主の方に振り返った。


そこには、長い前髪がほとんど目を覆っている少年が立っていた。


瀬川潮せがわうしお…流の三つ上のお兄さんだ。


流と潮さんがこの孤児院にやって来たのは、彼らの両親が夢喰いに惨殺されてしまったから。


生まれつきの赫い眼のせいで、他の子供達から遠巻きにされていた僕だったが、彼らだけは僕の眼を意に介さないで接してくれる。


その時期が僕らが孤児院に来た時期と重なったこともあり、僕らは本当の兄弟のような関係だった。


僕は潮さんに苦言を呈した。


「えー…でも、潮にいちゃんも宿題が…」


潮さんは少し澪を甘やかしすぎる節がある。

妹を可愛がってくれるのはとても嬉しいことだが、たまには厳しくしないと…。


しかし、潮さんは澪の頭を撫でながら答えた。


「宿題なんてあとでやれば良いからさ〜。

それより、今、澪ちゃんが遊びたがってるんだから、ね〜?」

「ね〜!」


潮さんと澪の声が重なる。

それから彼らはケラケラと高い笑い声をあげる。


…のんきだなぁ。


僕と流は齢7とは思えないようなため息をついた。


僕はしぶしぶ椅子から立ち上がると、


「…なにで遊びたいの?」


と尋ねた。


「ちょっ…風磨!」


流が金切り声を上げる。


宿題をやらなくちゃいけないのは分かるけど、潮さん一人に澪の相手をさせるのは…。


それに、澪と潮さんを二人きりにしてしまったら、潮さんの甘やかしを止める人がいなくなってしまう。


「あのね、かくれんぼがいいの!」


そんな僕たちの胸中を察するわけもなく、澪が無邪気に言う。


「またかくれんぼか…澪ちゃんはかくれんぼが好きだよね」


流もついに諦めたのか、鉛筆を投げ出した。


彼の言う通り、澪はかくれんぼが好きらしい。

今まで何回付き合わされたか?


練習の成果なのか、澪はどんどん隠れるのが上手になっていく。


上手になり過ぎて、数十分の間見つからないこともあるくらいだ。


つまり、彼女のかくれんぼに付き合うのは中々の大仕事というわけで。


しかし、当の澪は遊びに付き合ってもらえて嬉しそうである。


「うん!

おにいちゃんが“おに”さんね!」


…のんきだなぁ、澪は。


彼女は楽しそうに外に駆け出しながら叫んだ。


「おにいちゃん、20かぞえて!!

みんなもはやくにげないとつかまっちゃうよー!」


潮さんは嬉しそうに、流はやれやれと言ったようすで、彼らも澪の後に続いた。


僕は形だけとばかりに手で顔を覆う。


「20…19…18…」


それが悲劇へのカウントダウンだとは知らずに。


「…もういいかい?」

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