第45話 もう1度、俺は

叶に対する想い。


自分の葛藤。


心に絡みついているもやりを吐き出すように、俺は彼女に打ち明けていた。


正直こんなことを聞かせられる立場では気が滅入ってしまうようなものに違いなかった。それでも白川さんは俺の言葉をただただ無言で聞いてくれていた。


時折俺の方を心配するようにチラチラと見ることはあるが、口を開くということはなかった。


体感では10分くらいひたすら喋っていた気がする。


全てを話しきり、息を吐き出して呼吸を整える。白川さんはまばたきひとつして、「うーん」と頬を掻いた。


彼女にも何か思うことはあるようで、2人の間に沈黙が流れる。


その間も、傘を叩く雨音は続いていた。


やがて、道路を走る救急車の音を合図に会話が再開した。


「単刀直入に聞くけどさ」


「うん」


「律は結局、叶ちゃんのことは好きなんだよね?恋愛的な意味で」


「……まぁ、はい」


明らかに俺に気のある白川さんの前でこういうことをはっきり言うのに対して一瞬だけ躊躇いを覚えたが、気持ちを偽ることの方が嫌だったので俺は正直に認めた。


白川さんはくすっと笑みをこぼした


「なら、それでいいんじゃないの?」


「え?」


思わぬ返答に、俺は白川さんのほうを見る。


優しい表情を浮かべた彼女と視線がぶつかり、ドクンと心臓が強く脈打った。


「りっちゃんが叶ちゃんのことを好きなら、それでいいんじゃないの?別にそれ以上もそれ以下もないでしょ」


「いや、でも」


「でもじゃない。大体、りっちゃんは難しく考えすぎなんだよ」


白川さんはそう言って、俺に向かって「めっ」というポーズをする。


「嘘が何?義妹だからなんなの?血がつながってたらそりゃあ問題になっちゃうかもしれないけど、そういうわけじゃないんでしょ。この際はっきり言っておくけど、叶ちゃんはりっちゃんのこと大好きなの。わかるでしょ?叶ちゃんが律を見てるとき、本当に幸せそうなんだよ?」


「だから、その叶は俺の嘘が原因でそうなっているだけで……」


「じゃあなんなのさ。叶ちゃんは記憶を失う前、りっくんのことが嫌いだったとでも言いたいの?」


「別にそういうわけじゃ」


「本当に叶ちゃんが君のことを心から嫌いだったら、記憶を失ったとしても相性が合わなくてもう一回嫌いになるんじゃないの?」


俺の踏ん切りがつかない様子に、白川さんはため息をついた。


「今この瞬間、この関係が続けられてる時点でもう答えは出てるんだよ」


「……」


白川さんの言葉の一つ一つが、ゆっくり、けれど確実にもやりを取り除いていくのが分かった。


「叶ちゃんのことだよ。嘘ついてたってわかっても、驚きはするだろうけど失望は絶対にしないと思うよ」


むすっとした表情から、また穏やかな表情にもどった白川さんはゆっくりと立ち上がる。


「だから、きっと大丈夫。りっちゃんは自分の気持ちに正直になって良いんだよ」


雨はいつの間にか止んでいた。


雲の隙間から月光がひとつ、またひとつと差し込む。


「自分の気持ちに正直に……」


狭まっていた視界が、一気に広がったような気がした。新鮮な空気が肺を駆け巡るようなすっきりとするような、そんな気持ち。


なら、俺の答えはもう────


俺は一度深呼吸をしてから立ち上がった。足元にできた水たまりに波紋ができる。


「なあ、白川さん」


「んー?」


白川さんはこの後の俺が言わんとすることを見透かしている気がする。けれどそれをわかっていて、彼女はあえて続きを促した。


「俺って、馬鹿だと思う?」


「うん。……めっっっちゃ大馬鹿やろうだよ」


彼女は今にも泣きだしそうな目で、それでも満面の笑みを浮かべていて。


「言っておくけど、私は諦めるつもりなんてないからね」


そう言って俺の背中をばしんと叩いた。突然の宣言に俺は驚きながらも、変わらないなと頬を緩ませる。


「……ありがとう、白川さん」


 

俺は、駆け出した。



それは逃げるためじゃない。



自分の想いを大切な人に伝えるために。



好きな人に伝えるために。



俺はもう1度、駆け出すのだ。












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