第39話 いざ、お勉強会

 いろはに了承のメールを送った2時間後。


 先ほど近くのコンビニで買ってきた炭酸ジュースがちょうどよく冷えた時、来客を知らせるチャイムが鳴った。


 叶は自室にいるので「いろは達来たぞ」と声をかけつつ、玄関に行きドアを開けると「よう」と、いろはが右手をあげる。


「急に悪いな〜、律。元々は美咲と一緒に勉強する予定だったんだけど、今朝面倒くさがり始めて。……高山さんのことを話に出したら一瞬で寝返った」


「叶ちゃんと一緒に勉強するのと、いっくんと勉強するんだったら、私は迷いなく叶ちゃんを選ぶからね」


 そう言って何故かドヤ顔を決める美咲さんに、いろはは彼女の頬を両手で摘みグイグイと引っ張る。


「いふぁい、いふぁいよいっくん(いたい、いたいよいっくん)!」


「帰ったら色んな意味でお勉強を教えてやるからなこいつめ」


 そのまましばらく、ぎゅむぎゅむと頬を引っ張っていたが、やがて満足したのか手を離した。最後に軽いチョップを付けて。


「いっくんのいじわる」


「はいはい」


「お前ら朝から人の家の玄関でいちゃいちゃするなよ……」


 この光景はもう嫌というほど見させられてきたので慣れているが、ほんと人の家の前では自粛して欲しいものだ。


「いつもの習慣ことだから、許してね」


 そう言ってウィンクを決める美咲さんを置いて、俺といろははさっさと家の中に入っていく。美咲さんは「待って待って」と慌てて俺たちの後に続いた。


「相変わらずお前の家って綺麗だよな」


 リビングに入ったいろはが感心したように家の中を見る。


「そりゃ、掃除しないと汚くなるし。お前の家よりはましだ」


「うぐっ……それを言うな」


 いろはは今、訳あってひとり暮らしをしている。


 親が完璧主義者だそうで、それにうんざりして高校入学と同時に家を出たそうだ。母親は猛反対したが、父親はいろは側に付いてくれて、毎月仕送りをしてくれているという。


 だが、家事力が皆無な彼は、家の中がごっちゃごちゃなわけで。前行った時は遊ぶより先に掃除をしたくらいだ。


 と、2階から叶が降りてきた。美咲さんは叶を見るなり、「叶ちゃんおはよ!」と笑顔を浮かべる。そして叶に抱きつこうとしたのでいろはが美咲さんの首根っこを掴み、そのまま椅子に座らせる。


 美咲さんは「いっくんのケチんぼ」不満げに頬を膨らませ、その様子に叶は若干微笑んでいる。


 そして俺がジュースをプラスチックの赤、黄、緑、青のコップにぎ、それぞれに手渡すと、早速勉強会が始まった。


 ────────────────────


 空がすっかりオレンジ色に染まり、帰りを告げる街の曲が近所のスピーカーから流れる。


「ふぅ、まぁこのくらいかな」


 今日はかなり質のいい勉強ができた。分からないところはすぐに叶、いろはに聞くことが出来たし、時々美咲さんに説明をして理解を深められたしな。


「おわったぁぁ……」


 美咲さんはげっそりとしている。随分疲れたようだ。そしてよろよろと叶の傍により、抱きついた。


「急に、なに……」


「叶ちゃん成分補給させて~」


 美咲さんはそう言ってほっぺをすりすりさせて、「癒される~……」と幸せそうな表情を浮かべる。叶はたじろいではいるものの、嫌というわけではなさそうである。


 記憶が無くなった初めの頃は「この人、怖い」と言って俺の後ろに隠れてたっけ。1ヶ月でだいぶ慣れてきたようだ。


 そんな女性陣を横目に、俺はいろはに話しかける。


「いろは、この後空いてるか?」


「ん?ああ、暇だぞ?」


「久しぶりにみんなでご飯食べに行かないか?」


 俺がそう言うと、いろはは「おっ」といった表情になる。


「全然いいぞ。な、良いよな?」


 いろはが美咲さんに聞くと、「もちろんいいよ」と快諾してくれた。叶も俺をちらりと見ると、遠慮がちに頷いてくれた。

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