第37話 秘めたもの

「これって……?」


 俺は思わず自分の目を疑った。1回瞬きをしてみるが、やはりそれはあった。


「日記……?」


 たまたま開いたページには、丸っこい文字で文章が綴られていた。日付は、3月。つまり、これは記憶喪失の前の叶が書いた日記なのだ。


 と、叶が慌てて日記を取りあげ、ベッドの方へ後退した。


「………今の」


「これは、その……」


 叶が少し気まずい様子で目を泳がせる。


「記憶が無くなる前の、叶の?」


 俺は事実確認をするため、ゆっくりと聞いた。俺の言葉に、叶は少しだけ目を伏せる。


「………分からない。でも、内容を読んだ感じ、そうだと、思う」


 申し訳なさそうで、それでいて不安そうな表情を浮かべる。たぶん、この様子からして彼女は前からこの存在を知っていたようだ。


「それって、もしかして俺は見ちゃいけないやつ?」


「………」


 叶は無言で頷く。まぁ、叶がそう言うのだったらそうなのだろう。


 正直、中にどんなことが書かれているのか気になるところではある。


 というか、そもそも叶が日記を書いているということを知らなかった。5年くらい一緒に同じ家のもとで暮らしてきたのに、まだまだ知らないことはあるものである。


「まあ、そういうことなら仕方ないか」


 俺は軽く笑うと、その場にしゃがみ床に散らばった教科書たちを拾い集める。


「他に、なにか見られて困るものとかない?」


「ううん」


「わかった、じゃあこれ机の上に置いとくな」


 そう言って、俺は持った教科書を叶の机の上に置く。叶はそんな俺を不思議そうな表情で見つめてきた。その視線に気がついた俺は、「どうした?」と聞く。


「詳しいこと、聞かないの?」


「逆に聞くけど、それって俺聞いていいの?」


 叶は慌てて首を振る。


「出来れば、聞かないで欲しい。だけど、どうしても聞きたいって言ってくるかもって思ったから」


「そんなことしないよ。今の叶が俺には見せない方がいいって判断したなら、俺は叶の思いを尊重する」


「そう、なんだ」


 どこかほっとした様な、けれどどこか不安そうな、そんな表情をする彼女。なにか言い表せないような、複雑な気持ちなんだろう。


「じゃあ、夕飯食べててな」


「うん」


 叶が頷いたのを見ると、俺は今度こそ、部屋を後にした。


 ────────────────────


 律は優しい表情で笑うと、静かに扉を閉めた。階段を降りる足音が、ゆっくりと遠ざかっていく。


 腕に抱きかかえた日記を、そっと机の棚の中にしまう。そして鍵を使って鍵をかけた。カチャリ、と施錠音が、私しかいない部屋に響き、そして溶けていく。


 記憶が無くなる前の、私の日記。読んでみてわかったが、彼女の思いは、決してマイナスではなかった。


 始めの方こそ、律のことに関してはしつこい人といったふうに綴られていたが、その評価はだんだん変わっていった。


 きっかけは、無くしたヘアピンを1日中探して、見つけ出してくれたこと。


 記憶の無くなる前の私は、一体どのような人物だったのか。日記を読んだだけでは、分からないことが沢山ある。


 それに、日記の最後に綴られた、誰かに当てたメッセージ。



『ここに、全てを残しておきます。これは繰り返される、新たな私の物語』


 

 これが何を意味するのか、記憶が無くなる前の私は何を思い、これを書いたのか。


私はまだ、知る由もない。

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