第35話 お部屋
家に着き、玄関のドアを開ける。叶を背負いながらなので少しよろつきながらも、なんとか靴を履き替え、叶を部屋まで運ぶために廊下を歩いて、階段を上った。
部屋の前に来ると、俺はちらりと叶を見る。
「叶、部屋入るぞ?」
「……うん」
叶の了承を得たので、俺は部屋の扉を開ける。部屋に入ると、甘いはちみつのような柔らかい香りが鼻をくすぐった。
叶の部屋の中は俺の部屋より少し大きいかと言うくらいで、ピンクと白を基に彩られていた。学習机の上には教科書と、ガーベラの押し花が入った写真立てが飾られていた。
「あ」
確か、このガーベラ……叶がヘアピンを無くした時に道端から拾ってきたやつ。
だが、そこで叶が背中でもぞりと動き、俺の目を塞いだ。
「えーと、目を塞がれると見えないというか。ベッドに寝かせられないというか」
「あんまり……見ちゃ、や」
「あ、ああ。そゆこと」
叶は俺の部屋見るのになあ、とは口には出さないでおく。まぁ、叶も義妹とはいえ女の子なのだ。
ときどき俺に対して強気の姿勢を取ってきていたのも、たぶん美咲さんの入れ知恵だろうし。恥を捨ててなくて良かったと少しだけ安堵した。
俺は躓かないように、叶に誘導してもらいながらなんとかベッドにたどり着く。
「目は、つぶってて」
「そのままベッドに寝かせろと?」
「そう。律なら、できる」
「………」
俺は小さくため息を着くと、叶を手探りで背中からおろして、30秒くらいかけてお姫様抱っこの形でなんとかベッドに寝かせることが出来た。
「ん、ありがと」
目をつぶったままの俺を優しい手つきでよしよしとしてくる。
「頭痛いんだから安静にしてろよ。せめて、頭痛がなくなるまではここで寝ること。もし熱とか出てきたら大変だからな」
「……律、シスコン」
「誰がシスコンじゃ。熱出たら誰が面倒見なきゃいけないと思ってるんだよ。お粥とかは全然作るけど、もし着替えとか1人でできないレベルになったらどうするつもりなんだ」
俺がそう言うと、叶は「あ」と小さく声をこぼした。
「叶だって、俺に見られるのは、その、嫌だろ」
「確かに、恥ずかしいかも」
「だろ?だから……」
「でも、律になら、着替えさせて欲しい、かな」
叶は唐突にそんなことを言ってきたので、俺は「へ?」と言ってしまう。そして言葉の意味を咀嚼し終わると、顔がみるみる熱くなっていくのを感じた。
「ばっかお前、急にそんなことを言うな!?」
「律、顔真っ赤」
「あー、もう人がせっかく心配してるのに……。とにかく、叶は安静にしてること。いいな!?」
俺はそう言うと、そそくさと叶の部屋を後にした。ドアを閉める時、叶が「かわいい」という言葉は、俺の耳には届かなかった。
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