第34話 ドーナツゆえに
俺はいろはと美咲さんの悪ノリ(?)にため息をつく。
「じゃあなんなのさ、律くんはどうしてここにいるの?」
「これだよ」
俺は2人に手に持っているドーナツの入った袋を見せる。
「ドーナッツ……ああ、なるほど。高山さんのために買っていたのか。さすが彼氏さん」
いろはが納得したように頷く。しかし、俺はここでふと思った。
確かに叶のことは大切に思っている。それは今の関係になっても変わらないし、これからも変わることは無いだろう。
だがこの感情が果たして恋愛的な感情なのだろうか。どうなのかと聞かれれば……きっと俺は答えを出せない。心の中で、ある葛藤があるから。
俺たちは、ほぼ事故的な出来事によって恋人になったのだ。きっかけは俺のちょっとした冗談なのだ。
叶はたまたま記憶喪失で信じ込んでしまっただけで、記憶を無くす前の彼女の本当の気持ちはもしかしたら違うかもしれないのだ。
それでも、今の関係が心地よいと感じてしまう自分がいる。この関係になったことで、今まで知らなかった叶のたくさんの魅力を知ることができたから。
「ん?どうした律。ぼーっとして」
「……いや、なんでもない」
「あ、噂をすれば叶ちゃん……と、転校生の子?」
美咲さんが俺の少し後ろに目を向ける。それにつられるようにいろはと俺もそちらを見た。3人の視線の先には、ちょうど店から出てきた叶と白川がいた。向こうも俺たちに気づき、こちらに歩いてくる。
「えっと、こんにちは……でいいんですかね」
「あ、こちらこそこんにちは……。えっと、白川さん?」
柔和な笑みを浮かべて挨拶する白川さんに、美咲さんも軽くぺこりと会釈する。いろはも同じようにするが、やはり彼女の正体には気づいていないようだ。
「千聖でいいですよ。クラスのみんなもそう呼んでくれてますし」
その言葉と同時に俺の方にも笑顔を向けてくる。ん?これは圧かな?
「うん、じゃあ千聖ちゃんって呼んでいい?」
「もちろん、良いですよ」
やはりアイドルなだけあり、人との距離の詰め方が上手い気がする。少しばかり感心していると、制服の袖をクイクイと引っ張られた。
「……見てた?」
恐る恐るといった様子の口調で聞いてきた。
「何を?」
「………なら、いい」
おそらく先程出てきた店のことだろうけど、ここはあえて見なかったことにしておく。
と、叶は俺が持つ袋に気がついたようでぱちくりとする。
「ドーナツ」
「あ、そうそう。ドーナツ。さっき久しぶりに買ってきたんだよ」
「!」
袋を見せると、叶の目がキラキラし始めたように思える。
「何味を買ったの?」
「えーと、苺とショコラとフレンチクルーラー2個かな」
「苺……!」
苺というワードを聞いた途端、いっそう目のキラキラが増した。
「私、苺食べたい。いい?」
「もちろん」
俺が頷くと、叶は「ありがとう」と笑顔を浮かべる。
実は、苺味は記憶が無くなる前の叶が好んでいた味だ。記憶が無くとも、体が覚えているのだろうか。
と、突然叶の表情が苦悶で歪んだ。
「頭……痛い……」
そのままその場にしゃがみこんでしまう。
「えっ……。ちょ、大丈夫か……?」
「……」
フルフルと首を振って、つらいといった様子で訴えかけてくる。そして、フラ、と俺の身体にもたれかかってきた。体勢が崩れないよう慌てて支えた。華奢な体は羽のように軽くて、女の子らしいほんのりと甘い匂いが鼻をくすぐった。
「どうしたんだ、律」
「叶が頭痛いって……」
突然のことに戸惑いながらも、叶の顔を見る。目をつぶって、痛みに耐えるように眉をひそめていた。
「もしかして、熱とか?」
美咲さんの指摘に、俺はまさかと思い叶の額にそっと手を当てる。
「いや、でも平熱だ……」
体温はなんら変わりはなかった。むしろ俺の方が少し高いくらいかもしれない。
「ひとまず、一旦解散するか」
いろはの提案にみんなが頷く。俺は叶を背負って帰ることにした。叶の荷物を左肘にかけ、ドーナツの袋を右肘に持ち、俺は叶を背中にそっとおぶった。
「ありがと、律……」
「気にするな。とりあえず、家に着くまで寝てていからさ」
「……うん」
俺が優しくそう言うと、叶は少し息を吐き、目をつぶった。やがて、すぅ、すぅ、と寝息を立て始める。
「じゃあみんな、また月曜日」
「おう、またな」
「叶ちゃん、元気になるといいね」
左手を軽くあげ、俺は帰路に着いた。
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