第1.5話 過去のお話

 俺と叶が出会ったのは小学生の時。


 男手一人で俺を育てていた父さんが再婚をして、その時の再婚相手が連れていたのが叶だった。同い年だが、俺の方が生まれた月が早かったため俺が義兄、叶が義妹になった。


 昔から、叶はかなり引っ込み思案だった。


「ほら、今日からあなたのお義兄にいちゃんになる、高山律くんよ。挨拶しなさい?」


「………」


 初めて会った時も、ずっと義母の後ろに隠れて、挨拶をしてくれなかった。以降も話しかけてもスルーされ続けた。


 当初は「緊張してるのだろう」と思っていたが、中学生になっても変わらない態度に、俺は察し始めた。


(あ、うん。嫌われてるなこれ)


 馬鹿でもわかる。ここまで無視されたらわかるよ。嫌われてるんだってな。


 だけど俺は、めげずに話しかけて続けた。だって一応は家族なのに、気まずいのは嫌だから。


 すると、中学二年生辺りから段々と返事をしてくれるようになった。


「叶、飯は何がいい?」


「……任せる」


「じゃあ、カレーな」


「……うん」


 こんな感じで、まるで家族とは思えないような会話だった。けど、それは俺にとってはものすごく嬉しかった。初めて「律」と呼ばれた時は無茶苦茶嬉しかったのも覚えてる。


「……律。今日の夕御飯なに?」


「……」


「ど、どうしたの」


「いや……何でも……ないぞ」


 ああ、ついに叶が俺を名前で呼んでくれた…!!


「何で泣いてるの」


 うわぁ、と少し引いているが、構わなかった。嬉しさが心を満たしていた。


 それからはだいぶ喋ってくれるようになった。叶はちゃんと女の子らしい一面を持っていが、やっぱり抜けているところも多く、同い年にも関わらずあれこれ世話を焼いた。


 1番印象に残っているのは中学三年生の時。

 お気に入りだったヘアピンを無くしてしまった叶は酷く落ち込んでいて、ご飯もまともに食べられなかった。その様子を見兼ねた俺は叶が無くしたであろう場所を一日中探し回った。


「叶」


 そう言ってヘアピンを差し出す。


「……これ、どこにあったの。ていうか、今日一日いなかったのって、まさかこれを……探してたの?」


「お前が滅茶苦茶落ち込んでたから、さすがに可哀想だと思ったんだよ。ほら、こっちに来て」


 そう言って俺は叶の髪にヘアピンをつける。


「うん、やっぱり叶にはこれが無いとな」


 うんうん、と満足気に頷いた俺は一日中歩き回った疲れからか、眠気が押し寄せてきた。


「じゃ、ちょっと寝てくるわ」


 部屋に戻ろうとすると、キュッと袖を掴まれる。


「どうして、探してくれたの?」


「そりゃ、だってお前の兄だからな。妹が困ってたら助けるのは当然だろ?」


 俺はそう答えると、部屋に戻った。


「………ありがとう」


 叶はポツリ、と何かを呟いたが俺の耳には届かなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る