第8章 異世界よりも奇妙なこと

(1)撫子

 「……何?」あたしは唖然とした。

 「僕は光太郎です」

 あたしは彼の顔を平手打ちした。

 「あんたが本当に誰なのかわらない。でも、これはまったく面白くない!」

 「おい、撫子!」と交は通りの反対側から叫ぶ。「これ見ろよ!」

 あたしはそいつをもう一度睨みつけ、光太郎をしっかりと腕に抱えて通りを横切って歩く。

 1週間に何人、厄介な狂人に会えばいいわけ?!

 交と安西のところまで歩いて行く。彼らはねこだんの前に立っていた。

 「見て」と交は言った。

 ねこだんの死体を見下ろす。

 彼の体は劇的に再配置されていた。

 彼の右手が元々あった場所には、心臓が手首に接続されていた。

 彼の左手が元々あった場所には、舌と下品すぎて説明できない器官が手首に接続されていた。

 左手は彼の口から突き出ており、手には一枚の紙を握っていた。

 「……」

 「俺達は彼に口を割らせようとした、なぜキョウオウは彼に沖田を殺させたかったのか、キョウオウの計画は何なのか。そして、突然、彼はこのようになってしまった……」

 安西は腰をかがめて左手から一枚の紙を拾った。

 「ねぇ、お嬢ちゃん、俺は少しがっかりしている」と安西はメモを読み始める。「俺を見つけるように言った。でも君はあまり進展していない。俺は気が短い、分かった?早くして!」

 「キョウオウはちょうど今ここにいた」と、周りを見回しながら、あたしは呟いた。

 「あいつはすでに去った後だろう」と交は言う。「そうでなければ、彼は現れて俺達と話をしていただろう」

 「追伸、」と安西は読み続ける。「おめでとう!君はきっと息子が成長したのを見て誇りに思い、感動しましたね。家族の時間を楽しんで……まだできる間に……」

 「……」まるでキョウオウの声が頭の中で笑っているのが聞こえたようだった。

 「ちらみに、あの男は誰?」と交は尋ね、あたしの赤ちゃんであると主張した若い男を指差した。

 「……親切な赤の他人」とあたしは答えた。

 「ねぇ、でもキョウオウが言ってた『息子が成長したのを見て』ってどういう意味?」と安西は尋ね、とらだんにも目を向けた。「まさか……」

 「無理!」とあたしは叫んだ。

 しかし、もう確信が持てない。

 あたしは通りの向こう側にいる若いとらだんを見る。

 彼は今、小太刀をリムジンに連れ戻している。

 キョウオウはあたしと新しい心理戦をするために彼を送ってきたのか? 

 それとも、この男はまさか本当に……  

***

 交と安西に少しの時間説教をし、ようやくあたしは彼らを癒す許可をもらった。

 左爪を使ってまず交の傷を癒し、そして安西を癒し始めた。

 若いとらだんが通りを渡ってあたしたちのところにやって来た。

 「ママ、僕、助けることができますよ」

 「結構、離れていなさい!」

 「分かりました」彼は脇に寄った。

 「そして、あんたのママではない!」

 「……」彼は応答しなかった。

 「聞いて、あんたたちの怪我を完全に癒すことはできない」とあたしは言う。「あたしはそれらをいくらか軽減することしかできない」

 「それで十分だ!サンキュー!今はずっと気分が良くなった…」と交は言い、あたしが安西を癒す間、光太郎を腕に抱く。「おい、お前、なんで彼女のことママと呼ぶんだ?」

 「ああ、僕ですよ、交おじさん。光太郎ですよ!」とらだんは光太郎を見ている。「えぇ……これが僕が赤ちゃんだったときの様子ですか……なかなかかわいいですね……」

 「……」交は応答せずに彼を見つめる。

 「でも撫子、彼は本当にお前に似てるな」と安西は言った。

 「もうやめろ!さもなければ、あんたを癒すのをやめる!……そして、とら坊主ぼうず、もうそんなに近くにこないで!あんた邪魔!」

 「ごめんなさい、ママ」彼は大きく一歩後退した。

 「ええと、撫子、彼を坊主と呼ぶのはちょっと違うんじゃないか」と安西は言う。「彼はお前とほぼ同じ年齢だよ」

 「うるさいよ!あたしのことママと呼ぶのなら、もちろん彼のことは坊主と呼ぶ!」

 交と安西はお互い顔を見合わせた後、とらだんを見てから、あたしを見てきた。

 二人とも笑いを抑えようとしているようだ。それはあたしをさらにいらいらさせるだけだった。

 「……」あたしは落ち着いてみる。

 もちろん、あたしは彼を『坊主』と呼ぶべきではないことを知っている。それでも、彼は少し若すぎて『とらだん』とは見なされない……そして何よりも、どういうわけか、あたしはとてもかりかりしていた為、彼に嫌味を言いたかっただけだった。

 まあ、『とら少年しょうねん』だ。

 とにかく、このとら少年しょうねんが本当に彼が主張する人物であるかどうかにかかわらず、あたしは彼に厳しすぎたのかもしれない。

 彼と少しおしゃべりしてみようと思った。

 「……あんたは小太刀と一緒にそのまま去っていくのかと思った」

 「ああ、いや。七刃さんは今のところ一人でいる必要があると思う。彼女は今日本当に不運でしたから」

 「じゃあ、あんたは今日最初からすべてを見てきたのか?」

 「実際、ママ達はねこだんとの戦いを始める直前に、僕は少し遅れてここに着きました。タクシーの運転手は交おじさんの車を追い続けることができず、道に迷いました……とにかく、僕は適切な機会を待っていました。ようやくママに会えたので、一緒に家に帰りましょう」

 「うん、もうすぐ終わり……あと少し、一緒に家に帰るができる」

 そして、この会話がいかにバカげているかに気づいた。

 「……はぁ?!!」


(2)撫子

 「ねぇ、撫子、あの『野蛮な慈愛』はお前の獣能じゅうのうの名前だよね?どうしてそんな名前をつけたの?」と安西は運転中に尋ねてきた。

 あたしたち5人は車の中にいて、交は助手席に座っており、とら少年しょうねんが後部座席であたしの隣に座っていた。

 どうしたのかあたしにはわからない。なぜあたしは彼が一緒に来るのを許したの?

 「……あたしの獣能じゅうのうは攻撃と治癒の両方ができる。こういう獣能じゅうのうを使って息子を、あたしが気にかけている人たちを、守りたいと思ってる……」

 「すごいね!さすがママ!」ととら少年しょうねんは拍手喝采だ。

 「やめなさいよ……」

 そして、もっと重要なことが頭に浮かんだ。

 「で、ねこだんから何か情報得られたの?」と交に尋ねた。

 「ただいくつかの言葉……『魔法の発煙弾』とあいつは言っていた」

 「それはどういう意味?」

 「さあね……安西も俺も分からない」

 「あの、それについて……」とら少年しょうねんは躊躇している。

 「それが何を意味するのか知っているの?」あたしは彼を見る。

 「ええと……いや……気にしないでください……」

***

 交と安西はあたしたちを降ろして去った。

 あたしは息子を腕に抱き、とら少年しょうねんが隣に立っている状態で、家の正面玄関を見つめている。

 ため息をついた。

 ああ、あたしは何をしているの?本当にこの赤の他人を家に入れるつもりなの?

 「ああ、撫子!外出していると思った!」

 あたしは振り返ると、いとこがおじの車から降りるのを見る。

 「えぇ?ちょっと、沙織姉ちゃん!山形へ行く途中じゃないの?」

 「はは、希々子の大好きな虎のぬいぐるみを忘れちゃったの。あのこは夜はそれなしでは眠れないから……あら、友達を家に連れてきたの?」

 「こんにちは、沙織おばちゃん。光太郎ですよ。未来から戻ってきました!」

 「……えぇ?!」

 「……」またため息をついた。めちゃくちゃだ。

 家族全員が車から降りた。あたしは彼らに何が起こったのかを説明しようとした。

 「「「……」」」みんなは驚愕しとら少年しょうねんを見つめる。

 そして――

 「おかえりなさい、光太郎!」とおばは言った。

 「おかえりなさい、光太郎君!」と沙織も言う。「未来から戻ってくるのは大変な旅だったに違いない」

 「ちょっと待ってよ!」とあたしは叫ぶ。「どうしてそんなに簡単に彼を信じられるの?」

 「自分で気づいていないの、撫子?」と沙織は言う。「彼とあなたとっても似てるわよ」

 「それでも、未来から戻ってくるという考えは本当にばかげてる――」

 おばはあたしがこのまま話すのを止めさせるために、手をかざしてきた。

 「あなたは異世界からこの世界に来た。あなたのお父さんはこの世界から異世界に行った。じゃあ、あなたの息子が未来から戻ってくることができると信じるのはなぜそんなに難しいの?」

 「……」

 あたしにはその答えが出なかった。


(3)撫子

 もう一度、おばたちは再び山形に向かった。

 そして、おばはとら少年しょうねんがあたしたちと一緒に暮らすことを、居間で眠ることを許可した。

 彼が本当に光太郎である可能性を信じるのは、まだあたしには難しい。

 けど、彼を信じている皆がいるので、あたしは彼に今のところチャンスを与えるべきだと決めた。

 おばたちが帰ってくるまで、あたしたちはほとんどお互いに話しをしなかった。

 彼は何度かあたしと会話を始めようとしたが、あたしはいつもわざと簡素な返事だけをして会話を終了させていた。

 同様に、あたしは実際に彼に尋ねるべき多くの質問があった。しかし、あたしは単に会話を始めることができないでいた。

 赤ちゃん光太郎の世話をしたり、家事をしたり、料理をしたり、勉強したりするのに忙しいだけ。時々、彼は部屋に飛び込んで、あたしがしていることを見ている。でも、あたしは彼を無視し、彼は静かに去っていった。

 月曜日、あたしは担任の先生に電話して、家にいて赤ちゃん光太郎の世話をしなければならないことを説明した。

 月曜日の夜、おばたちはついに帰宅した。

 「えぇ、まじで?光太郎君は将来の異世界の勇者なの?」と晩ご飯の席で沙織は言う。「すごいね!」

 「でもまだ僕は初心者レベルです。もっと高いレベルに昇進するには、まだもっと多くのミッションを完了する必要があります」

 「ねぇ、光太郎君、どうやって未来から戻ってきたんだ?」とおじは酒をすすりながら尋ねる。「タイムトラベルってどうやってるの?」

 「ええと、その部分は少し複雑です……うまく説明する言葉が見つかるまで、少し時間をください……」彼は下を向き、かなり不安そうにしていた。

 「ああ、撫子、明日光太郎君をあなたの学校に連れて行ってみたら?彼に案内してあげたらどう?」と沙織の夫、健吾けんごが示唆していた。

 「いやだ」

 「どうしていやなの?いいじゃない」とおばは言う。「今何歳なの、光太郎?」

 「16歳です」

 「ほら、撫子、ちょうど高校性の年齢じゃない」とおばは言う。「ねぇ、躊躇しないの。息子をあなたの学校に連れて行くことは何も悪いことではないじゃない。きっと一緒に楽しい時間を過ごせるわ」

***

 「聞いて、学校であたしをママとは呼ばないで。実際、公の場であたしをそのように呼ばないでよ。分かった?」とあたしは『疑似的光太郎』に言い聞かせ、 駅まで歩いて学校に行く。

 「分かりました、ママ……ああ、すみません!……ええと、撫子さん!」

 あたしたちは数分間静かに歩いた。そして、もうそれを抑えることはできない。過去数日間、あたしがやりたかったことが1つある。

 「ねぇ、ちょっと動かないで。そこにじっと立ってなさい…」

 あたしは彼に近づき、身をかがめた。

 「ええと、撫子さん、何していますか……」

 「静かになさい……」

 あたしは彼の左胸に耳を押し付け、心臓の音を聞くことに集中した。

 「……」

 しばらくして、また姿勢を戻した。

 「あんたの心臓の音はごく普通に聞こえる。心臓の問題はまったくないのか?」

 「……ないと思います」

 あたしは彼を不審に見つめる。

 結局、この男は偽ものなのか?

 それとも、あたしたちは最終的にキョウオウを倒して、赤ちゃん光太郎の心臓を再び正常な状態に戻したのだろうか?

 学校に着いたとき、あたしは先生に『疑似的光太郎』があたしたちを訪ねてきた親戚であることを伝え、彼を数日間クラスに座らせる許可を求めた。

 「まあ、いいです……でも新和さん、これが君がこのクラスに参加する最後の週であることを知っていますか?……」

 「中学2年生に降格するということ?そんなバカげたことはしない」

 「しかし、校長はすでに指示を出しました……」

 「そんなことはさせない!」

 昼食時間に、『疑似的光太郎』を校庭の静かな一角に連れて行き、お弁当を食べる。しかし、あたしたちは大きな木の下に落ち着くとすぐに彼女が現れた。

 「ハロー、光太郎君!先日はどうもありがとうございました!今日はとても元気に見えますわね!」

 小太刀は笑顔であたしたちのところへ歩いて近寄ってきた。

 あたしはすぐに、彼女がいつもより濃い化粧をしていることに気づいた。

 「ちょっと、小太刀、誰があんたに彼が光太郎だと言ったの?」

 「もちろん光太郎君自身です!土曜日に、彼が私を救出した後、私に教えてくださったのよ!……ああ、ちなみに――」彼女は携帯を取り出した。

 「私ったらなんて親切なんでしょう。早めにお知らせして差し上げるわ。あなたは準備を万端にできますね」

 あたしは彼女のスマホで写真を見る。ある文書の写真だ……

 「……訴状?!」

 「そうよ。あなたは私の最高のビジネススーツと、限定品のファンデーションを台無しにしました。だから損失を補償しなければなりません」

 「てか30万円?!」

 「これは元の価格の半分だけですわよ。あなたみたいな普通の家族は、それほど多くのお金を稼いでいないことを知っていますからね」

 あたしが反応する前に、変がやってくるのが見えた。

 「ごめん、七刃、ちょっと待ってもらっていい?……ありがとう」

 小太刀は喜んで『疑似的光太郎』の腕をつかみ、数歩離れて、べらべらと話しかけていた。

 「それが未来の光太郎?」と変は言う。「交兄さんから聞いた」

 「……彼が本物かどうかはまだ分からない」

 「彼は君とそっくりだね、撫子。よかった、僕達の息子……」

 「……」

 「ねぇ、撫子、君に伝えたいことが一つある。僕は親権訴訟について交兄と話し合ったんだ。交兄は君のためにとても良い弁護士を見つけたよ。そして僕達2人がその弁護士費用を負担することにしたよ」

 「それはどんな愚かな冗談?訴訟を取り下げるだけで、すべて終わるでしょ」

 「できない、ごめんなさい……始兄はそれをしなければならないと主張し、父も彼に同意した……僕達2人はこれを密かにやっているんだ。交兄さんは実際に今支払うつもりみたい。でも、僕は大学を卒業して働き始めたら返済することを彼に約束したよ……できることをやっている。わかってほしい……弁護士の電話番号をメールで送るね」

 そして、変は『疑似的光太郎』に近づいている。

 「ああ……パパ……パパですね?僕ですよ!光太郎です――」

 変は彼をしっかりと抱きしめた。

 二人はすすり泣く。

 「……」涙をぬぐった。

 多分あたしは今それを信じるべきだ。

 あたしは深呼吸して携帯を取り出した。

 「交?あたしだ……あんたは本当にあたしのために弁護士費用を支払うつもりなの?」

 「そうだ。兄の立場は督川家の立場だが、それでも俺には個人的な立場がある」

 「……あんたたちは本当に異常な家族だ」

 「また、撫子、お前に話さなきゃならないことがある……」

 彼があたしに状況を説明するのに数分かかった。

 「えぇ?ずっとあんたはあたしがこれらすべてのことを知られないようにしてたのか?また?」

 「聞け、これらはすべて複雑。それにはさまざまな部門が関係しているんだ。まず俺達は最初の調査を行うには時間が必要だった。安西と俺はちょうど今、この推理にたどり着いたんだ」

 「分かった」とあたしは言い、落ち着こうとした。「ちなみに、お願いしたいことがある」

 そして、彼にあたしのニーズについて話した。

 「了解した。手配できると思う」

 あたしは電話を切って小太刀まで歩いて行く。彼女はそこに立って、変と未来の光太郎を愚かな愛情のこもった表情で見ていた。父と息子は楽しく話し合っている。

 「本当に服や化粧品のようなばかなことのために、あたしを訴えるつもりなの?」

 「まあ、あなたが謝罪するなら、私は訴訟を取り下げることを考えて差し上げてもよろしくてよ」

 「……」たぶんあたしは譲歩する必要がある。結局のところ、彼女は赤ちゃん光太郎をのことを2回守ってくれた。

 「じゃあ、ごめんな――」

 「お知らせしますが、私は寛大ですよ。将来の義母と仲良くしようとしているのですから」

 「……何?」

 「私は変をあきらめました。もう大丈夫です。あなたは彼のそばにいることができます。私は新しい将来の夫を選びました。光太郎君です」

 「……未来の光太郎?」

 「もちろん!なぜ私は赤ちゃんとデートしなければならないのですか?」

 「……あんたと光太郎がデートを始めたのはいつからの?」

 「まあ、まだ……でも、時間の問題ですわ。私にはわかるわ!彼は本当に私のことを好きよ。そして、私の卵子が小太刀家の将来の相続人になるために、良質になるようにするために、25歳までに結婚しなければならないとを父に言われていますの。もちろん、光太郎君は婿養子になる必要があります。でも、それは彼にとって良い取引になるでしょう。小太刀の名前はとても貴重です――」

 「てめえはあたしの息子から離れろ!!この尻軽女!!!」

 「はぁ?私は親切にしてきたではありませんか?!それなのに私を侮辱しますか?本当に野蛮人ですわね!いいえ、あなたは鬼です!私は法廷であなたに会います!」


(4)撫子

 「もう、バカみたいににやにやするのはやめろ!」

 放課後、二人で駅から家に帰る。

 「僕はとても幸せだからです!ママはついに僕を信じてくれました!」

 「はい、はい、今あんたを信じているよ。そして、丁寧語で話さなくても大丈夫よ」

 「分かった……でも、ママは僕を呼ぶときに『あんた』を使うのやめてくれる?ママはいつも赤ちゃんの僕を呼ぶとき『光太郎』って呼んでるよね?『光太郎はいい子ね』とか、『光太郎、ミルク飲む?』とか」

 「……あんたはもう赤ちゃんではない!『あんた』を使えば十分でしょう!」

 「ああ、ママ、顔が赤くなってる!かわいい……」

 「もういい加減にしなさいよ!」

 「ははは、ママは本当に面白いね……ねぇ、ママ、ママを抱きしめてもいい?」

 「……それはちょっと速すぎ……」

 「分かった。大丈夫。待つよ……」

 「でも光太郎、どうしてあんたは未来から戻ってきたの?」

 「……ごめんね、ママ、でも言えない……まだです」

 「じゃあ、いつ?」

 「それも言えないの。ママが未来について知りすぎたら、タイムラインが乱れるかもしれない。そして、歴史が変わるかもしれない……適切な時期が来たら、ママにすべてを伝えるね」

***

 「えぇ?本当に学校を訴えたいの?」と沙織は晩ご飯の席で尋ねた。

 おば、おじ、健吾は皆、遅くまでそば屋で働かなければなりない。そのため、通常、沙織、希々子とあたしだけが一緒に晩ご飯をとる。まあ、最近は未来の光太郎もいるが。

 「中学校に降格するつもりは絶対にない。ばかげているでしょう!」

 「でも、3つの訴訟に対処しなければならないでしょう……弁護士の費用が高額になる可能性があるのよ……」

 「弁護士は交の仲のいい友人みたいで、彼女はあたしに割安の料金を提示してくれたの。それに、交は最初にあたしのために弁護士費用を支払うことに同意したし」

 「それでも……」

 「心配しないで、沙織姉ちゃん。あたしも今お金稼いでるし。あたしは警察のコンサルタントとしての時間にお給料が出ないか交に相談したの。そしたら、交から午後に電話がかかってきた。彼はすでにあたしのためにコンサルタント費について上司の許可を取ってくれたみたい。それほど多くはないけど、それでもある程度の収入が見込めるようになる。交に少しずつ返済していくつもり」

 正直なところ、交にこんなに大きな恩恵を求めるのはいやだ。でも、屈辱的に小太刀に許してくれるよう頼むよりも交にお金を借りたい。そして、決して学校にあたしを中学に降格させるもんか。

 赤ちゃん光太郎は近くのゆりかごで寝ている。大きな光太郎はただ静かにあたしたちの言うことを聞き、食べ続ける。

 「……」あたしは二人の息子を見て、静かに食事をする。

 平和な数日が過ぎた。 2つのことが起こった。

 まず、あたしが学校を相手取って訴訟を起こした後、校長はあたしに中学校に降格せず、高校2年生に『のみ』降格することに同意した。

 「……訴訟を取り下げることを検討してもらえますか?」と校長は尋ねてきた。

 「たった1年でも無駄にしたくない。何も悪いことをしてこなかったし、そして成績も良い。あと数ヶ月で卒業する資格があるの」

 交渉に失敗した後、あたしは校長室を出て、新しい教室に行った。

 「ああ、撫子先輩!」あたしは教室に入ると、藤堂龍美が手を振ってくれた。

 「まあ、もうあんたの先輩ではないけど」あたしは彼女の隣の空いている席に座った。

 「そんなこと言わないでよ、先輩。うちは学校が先輩に対する不当な扱いに気分が悪い。でも先輩が本当に降格されなければならないのなら、少なくとも同じクラスにいることができてうれしいよ!」

 「ありがとう、龍美」

***

 2つ目のことは、3つの法廷裁判すべての日付はすぐに決定された。3つの裁判はすべて1週間以内に行われる予定だ。さらに、3つはすべて―― 

 「えぇ、全部同じ日に?!」と、また晩ご飯時に、沙織は叫ぶ。「じゃあ、私たちの弁護士はどうやって同時に3つの裁判を処理するの?」

 「彼女は同僚に協力してもらうって」

 「そんな偶然の一致は信じられない……これは運命か何かに違いない……」

 大きな光太郎は静かに食べる。あたしは彼を見る。彼は目をそらし、どうやらあたしの目を避けているようだ。

 「確かに、運命ね」とあたしは言う。「どういうわけか、これは大事な日になるだろうと感じているの」

 「……」光太郎はたくさんのご飯を口に入れて、あたしの目を避け続けた。

***

 そして、ついにあの大事な日がやってきた。

 家族全員があたしをサポートしてくれた。3つの法廷裁判すべてに自分で参加することはできない為、家族は2つの裁判であたしの代替えとなってくれる。

 あたしは親権訴訟に参加する。

 8時頃、出発する直前に、大きな光太郎があたしに話しかけてきた。

 「ママ、僕達は一緒にある所へ行く必要があるんだ」

 あたしは彼を見る。

 どういうわけか、あたしは驚かない。

 どういうわけか、これが彼が待っていた日であることを知っていた。

 「あたしたちはどこに行くの?」

 「異世界ゲートポート」

 どういうわけか、これにも驚いていない。

 「しかし、あたしは裁判に出席しなければならない」

 「お願い、ママ、僕と一緒に行かなきゃいけないんだ。途中で理由を説明する。僕達はまだ後で裁判に行けるから……一緒に。」

 どういうわけか、彼が『一緒に』という言葉を強調していることに気づいた。

 家族に状況を簡単に説明した。

 「行け、撫子」とおばは言う。「私たちは先に裁判所に行って、そこであなたたちを待ってるから」

 どういうわけか、彼らはもこれを理解している。

 それから、あの人にメールを送った。  

 すぐに返信メールが届いた。

 ――了解。パーティータイムね。

 あたしは沙織に赤ちゃん光太郎の世話をしてもらって、タクシーで大きな光太郎と一緒に出発した。

 そこへ行く途中、あたしたちは二人とも黙っている。

 そして、ゲートポートに到着した。

 空港とは異なり、異世界ゲートポートは小さい。

 ゲートは、電話ボックスのようなドアのある小さな物だ。

 ゲートポートには20のゲートしかない。各ゲートでは、毎回1人の個人のみが通過できだ。出発エリアと到着エリアは2つの別々の階にある。各エリアには10個のゲートがある。

 「出発階に行くとは思わない」

 「ない、ママ。到着階に行くよ」 

 あたしたちは到着階に着き、そこで待つ。待合区からは10ゲートすべてがはっきり見える。

 あたしたち二人はそこに立って、ゲートを見てる。誰を待っているのか光太郎には聞いていない。あたしはすでに知っている感じがした。

 代わりに、あたしは彼に別の質問をした。

 「それで、彼女は何時に到着するの?」

 「……」彼は驚いてあたしを見る。

 「ママ、どうやって知ったの?」

 「母親が息子をよく知っているのは当然」

 「到着はもうすぐ……じゃあ、ママはすべてを推測したの?」

 「すべてではないかもしれないけど、たくさんある。時間を無駄にするのはやめよう、光太郎。彼女が到着する前に真実を教えなさい」

 彼は下を向いた。「ごめんなさい、ママ……僕はママに真実を言うかどうか毎日考えていた……もっと早くママに言うべきだった……ごめんなさい……」

 ゲートの1つの上の緑色のライトが点滅し始める。信号警報器が大きく鳴った。さらに、そのゲートの透明な扉の後ろにも強い緑色の光が輝いている。これは、誰かが現在異世界から輸送されていることを意味している。

 「……」光太郎は深呼吸した。彼の目の隅には涙があった。

 「……ママは今日死ぬ……」

 「……」あたしは彼を啞然と見る。

 あたしは彼がいくつかのことを言うことを期待してきたが、これはそうではない。

 「何を言ってるの――」

 ちょうどその時、そのゲートの扉が開いた。

 とてつもなく強い緑色の光の中から、彼女は出てきた。

 セリンデル・シロアム。

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