お茶漬けの日


 ~ 五月十七日(火) お茶漬けの日 ~

 ※維摩一黙ゆいまいちもく

  雄弁より沈黙の方が上




「料理人!」

「それだけはねえ!」


 進路のこと。

 社会のこと。


 大学のこと。

 専門学校のこと。


 クラス内で、好きな人と情報交換をしろという変わった授業。

 まさに俺と秋乃のためにあるような時間と喜んだのに。


 蓋を開けてみれば。


「おいそろそろ真面目にしろ。そろそろ先生が地獄の釜の蓋を開けようとしてる」

「でもね? 美味しかったから……。料理人が向いてるって思うの……」


 昼休みに作ってやったご飯の話を。

 興奮しながら延々と語り続けるこいつは。


 舞浜まいはま秋乃あきの


 職業についてのアイデアの提供。

 これに関してはいつも感謝すべき事とは思うが。


「絶対イヤ!」

「なんで?」

「信念があるからな!」

「信念?」

「そう! 料理は家族とか仲のいい友達とかに愛情込めて作るもんだろ! 金なんか取れるか!」


 さながら頑固おやじ。

 話はこれでおしまいとばかりに机を叩いたんだが。


「体育館の喫茶店は?」

「……………………へいらっしゃい」


 か弱い女子の一言で。

 安っぽい信念はぽっきり折れた。


 ああそうさ。

 今のは信念でもなんでもない。


 口から出まかせだ。


 でも、そんなことをしてまで守りたかったものがある。


「……料理って。立ち仕事じゃねえか」

「え? なあに?」

「なにも言ってねえ!」


 例え何があっても。

 立ち仕事に繋がる道だけには進まねえ。


 それがまさに。

 俺の信念だ。



 ……極めて真面目に。

 でも、騒がしく。


 進路についての情報が飛び交う教室内。


 クラスメイトが、意外な情報を持っていたり。

 進路に向けて、すでに動き出していたりと。


 衝撃を受ける者は少なくない。


 だが俺の近辺には。

 どうしようもない連中ばかりが集まっているせいで。


「あっは! そんなに美味しかったんだ!」

「保坂ちゃん! どんな料理作ったのよ?」

「これを料理と呼ぶなどおこがましい。百二十円で5+1袋入りだぞ」

「でも立哉君、この料理に関しても熱くこだわりを語ってた……」

「語ってねえ!」


 どこにこだわったらいいんだ。

 ホカホカご飯に袋の中身ぶちまけて。

 お茶を注いだらおしまいだろうが。


「というかだな。どうしても食べたいって、熱く何度もお茶漬けの魅力を語り続けたのはお前だろうが」

「そうなの。あのね? テレビで見る度、ずっと憧れてたの」

「ああしまった!」


 どうしてきっかけを与えちまったんだ。

 頭を抱える俺を、みんなが指を差して笑い出す。


 今日一日で何度聞かされるのでしょうね。

 君の、お茶漬けエピソード。


「美味しそうで、家族みんながおかわりーって」

「子供には魅力的に見えるよね、お茶漬けのCMって」


 秋乃のセリフも俺の相づちも。

 一言一句変わらぬ再放送。


 これほど何度も熱く語られたら。

 食わしてやりたくなるのが親心。


 でもまさか。

 食わせた後も続くとは思いもしなかった。


「でもね? お父様に頼んだら、二度と口に出すことを許さんって叱られて」

「言いそうだね」

「お母様に頼んだら、社交界から追い出されるからやめてくれって泣かれて」

「言いそうだね」

「春姫に頼んだら、栄養価が低いのでダメですって却下されて」

「言いそうだね」

「そして諦めていたところへ、立哉君が、だったら俺がお前の夢をかなえてやるって」


 うん。

 そこなんだが。


「何度も同じところで話の腰を折って悪いんだけどさ」

「うん」

「俺、そんなこと言った覚えないんだけど」

「言った」


 ここまでが一連のテンプレート。

 でも、言った言わないは。

 不毛な時間へのプロローグだから。


 俺は、勝ちを拾うまで戦い続けるような真似をせず。


 都度、とっとと話題を変えてうやむやにしていた。


「まあ、そんなことより」

「うん」

「結果、大喜びだったみたいでよかった」

「あたしも嬉しい。だって、あのね? テレビで見る度、ずっと憧れてたの」

「気を抜くと振り出しに戻されるね。小学生が作ったすごろくかな?」

「でも、お父様に頼んだら……」

「リピート放送を二話目で打ち切るのも忍びないんだが。地獄の釜からかけ湯してることに気付けよそろそろ」


 遠目に見える閻魔様。

 ぎょろりと剥いた目が俺を見据える。


 いつも思うんだけどさ。

 にらむ相手はひとマス隣だからな?


「……保坂」

「隣のホールのカップだぞ、お前がホールインワンしたの。ちゃんとこいつを狙え」

「なぜ才能や適性を生かした進路を、あるいは自分が興味のある仕事を学校が勧めるか分かるか?」

「ふむ。…………いや、適性はともかく興味の方は即答できんな」


 長続きするから。

 仕事が楽しいから。


 パッと思い付くのはその辺だけど。

 いまいちピンとこない。


「興味がある仕事に向かう者は熱量が違うからだ」

「……ふむ?」

「社会に出て結果を残せる者は、総じて仕事に愛情を持っているという事だ」


 ほう。

 なるほど、それは合点がいく。


 例えば、ただリンゴを作る人より。

 リンゴが大好きで、もっといいリンゴを作りたいって人の方が。


 成功しやすいって訳だな?


「なるほど。これはいいことを教わった」

「うむ。ならば、お前がなりたい職業は何だ?」

「料理人!」

「なぜお前が答える!?」


 まあ、返事できなかったから助かったけどさ。

 感謝したものか呆れたものか。


「……否定はせんが、舞浜には理数の研究が向いていると思うのだが?」

「あ、あたしじゃなくて立哉君です!」

「なるほど。ならばいいか」

「こら貴様!」

「何を怒っておる」

「これを怒らでいられようか!」


 本人不在で勝手に話進めるな!

 それに今、お前が何か書き込んでたの。


 俺が出した白紙の進路希望書だろ!


「……他の者やお前自身どう思っているか知れないが、俺はお前に料理の才能があると思っておるぞ?」

「う。……だがな」

「そして独創性や繊細さ、ひたむきさなど適性も高い」

「そ、そこまで言われると……」

「しかも、立ち仕事に興味があると常々言っていたろう」



 ――言った言わないは。

 不毛な時間へのプロローグ。



 だから。



「言うわけねえだろこの野郎!」

「貴様、教師に向かってこの野郎とはなんだ! 自分が口にしたことを忘れたか!」

「ぜってえ言ってねえわボケ教師!」

「なんだと貴様!」


 その後、三時間ほど。

 不毛な時間を過ごすことになったのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る