旅の日
~ 五月十六日(月) 旅の日 ~
※
晩春の、寂しげな風景
そうだ、思い出した。
ちょうど二年生になった時だ。
誰からも咎められる必要はない。
自分のなりたいキャラになると良い。
俺のアドバイスが枷をぶっ壊したせいで。
連日、おかしなキャラ付けをし始めたこいつは。
それ以来、へんてこな言動が増えて。
俺を呆れさせ続けてきたような気がするが。
事の発端は間違いない。
俺がこいつの胸に溜まっていた無限の夢を開放してしまったせいだ。
「旅人」
「どこから給料が出るんだよ!」
五月に入ってからというもの。
無限の源泉から、日にいくつもの職業を提示されている俺だが。
いちいちツッコミを入れつつも。
その発想力に舌を巻いていたりもする。
……夏の足音が近づいて来たことを誰もが感じずにはいられない。
そんな陽気の中を、Yシャツのボタンすら開けて過ごした日の夕べ。
誰もいない学校の屋上で。
朱の中に三つ四つの黒い影が北へ向かう姿を見つめながら。
俺は秋乃に。
大笑いと共に突っ込んだ。
「もちろん感謝はしている。連日いくつもアイデアを提示してくれて、心から嬉しい」
「それは気にしないでいいから、早く決めないと……」
「心底そう思って言い出したのか? 旅人って」
「あ、あれを見てたら思い付いた……」
そう言いながら秋乃が指差すのは。
さっき俺も気付いた鳥の群れ。
「だからって。俺にどうなって欲しいの?」
「そ、それはもちろん、立哉君には……」
鳥のように、自由な空を飛んで欲しい。
お前が思ったの、そんなあたりだろ?
「ゲタ履いててほしい……」
「ファッションからなの?」
予想外過ぎる返事を聞いた俺の身体が。
左側面ごとフェンスにぐったりもたれかかる。
「なぜゆえ鳥からゲタが出て来たん?」
「ぜ、全身、白めのコーディネーションで……」
「似合わんだろうよゲタにさ」
鳥から連想して。
白いスーツ姿の旅人に行きつくとは。
ほんとに大した想像力だこと。
「そ、そんな旅人の右手には……」
他の誰にも思い付くはずもない。
鳥から下駄とか。
下駄から白い服とか。
何の関連もねえものを。
よくもまあポンポンと思いつく。
「そんな俺の右手には、なにが握られてるんだ?」
「羽団扇」
「全部つながって天狗が登場!!!」
さいしょから天狗の妄想してただけなの!?
面白いけどさ!
俺になれってのかい!
「だったら旅人関係ねえじゃねえか!」
「空飛べると、旅も楽ちんだと思って……」
「種族を変更させんな! 行く先々でランドマークより遥かに写真撮られることになるわ!」
「でも、天狗って、空港で離発着しないと叱られる?」
「わざわざ空港行くんだったら飛行機乗らせろい」
指先に水をつけて。
縁をなぞった水彩画。
輪郭がおぼろげになって。
寂しさの中に不思議と落ち着く心。
そんな、せっかくの春景色。
柔らかな、好きな人との大切なひとときに。
ぶちまけられた極彩色の蛍光塗料。
お前といると。
俺はいっつもそんな気持ち。
「おバカはもうちょっと暑くなってからにして欲しいのですよ」
「おバカでしたか……」
「そう。夏ならちょっとは許せるから季節感大事に」
「夏のものでしたか……」
自分では変な会話と思うのに。
こいつは普通に受け答えして来る。
秋乃のおかしなギアに。
俺が慣らされている気がする今日この頃。
そんな秋乃と過ごせる期間は。
ついこの間まで、後一年くらいだと思っていたのに。
夏は、もう目の前。
既に春が過ぎ去ろうとしている。
急がないと。
好きなんだか嫌いなんだかわかりづらくなってきたこのおバカさんと。
早いとこ、恋人にならないと。
でも、進路も決まってないのに浮かれるのはやっぱまずいか。
優先順位的にこっちが先。
いや、でもでも。
でもでもでも。
「……悩み事?」
ここのところ、ずっと俺の心配ばかりしているせいだろう。
秋乃はすぐに俺の葛藤に気付いて。
不安げに顔を覗き込んでくる。
一年コンビの気持ちが分かるな。
これだけ愛されて。
キライになんかなれるはずはない。
「心配すんな。大丈夫だから」
「ほんとに?」
「ああ。…………決めたから」
そう。
決めた。
恋人同士という関係を。
半歩手前で諦めたりしない。
俺は必ず、お前に……。
「き……、決めた、の?」
「ああ。何ならこの場で……」
「天狗になるのね!」
「うはははははははははははは!!! あるかなー、専門学校!」
旅人じゃなくて。
俺はまず、天狗にならなきゃならんらしい。
そして将来、旅に出るとして。
秋乃と恋人になれなかったことを後悔しながら北の海へ。
なーんてことにならないようにしないとな。
「……まあ、いずれにせよ。頑張ります」
「ま、まずは下駄から……」
「何としても俺を天狗にしたいのね、君は」
でも、空に浮かべるなら立たされるのも楽になるかな。
なんてことを、ちょっと考えてみた俺だった。
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