朝多安路 18
「また、駄目なのか」
だが、既に明日香は息をしていなかった。
歪な椅子に固定されたまま
これで正真正銘、残る参加者は二人だけ。ショッピングモール内で生きている人間は、安路と恵流だけになってしまった。
「くっ。もう、どうすればいいんだ……」
癖で頭を
この部屋で目覚めてすぐの頃、「全員無事ここから抜け出そう」などと意気込んでいた自分が酷く
「安路、体は大丈夫そう?」
手負いの身を案じて恵流がそっと覗き込んでくる。「平気だ」と強がろうとする気も起きず、安路は力なく一つ頷くだけ。
無事ではない、心身共に限界間近だ。それに投薬の時間という明確なタイムリミットが刻一刻と迫っている。毎日欠かさず飲まなくてはいけないのに、かれこれこの場で六時間以上、拉致され運ばれる時間も含めたら半日以上だろうか。早く病院に戻らなくては。救助を悠長に待っている余裕はない。
一方の恵流も、安路ほどではなくとも焦るだろう。投薬という時間制限はないものの、何日も空っぽのショッピングモールでは過ごせない。なにせ食料が全くない、飲み水だけの密室なのだ。そのうち
体力が残っているうちに、思いつく限りの脱出方法に挑戦したい。じり貧になって
「このっ、このっ!」
金属バットを
ガィンッ、ガキンッ。金属同士がぶつかり
「はぁ、はぁ」
肩で息する恵流。何度も金属バットで殴るも何一つ成果は得られず。それでも彼女は諦めていない。
「安路はここで待ってて」
一発逆転の秘策でも思いついたのだろうか。
完璧に閉ざされた空間、七人が何度も探索したのに隙間一つ見つからなかった密室。妙に凝った内装以外手掛かりなしで、隠されていたのは武器ばかり。正攻法は六人座らせて最後の一人が脱出。判明しているのはそれだけだ。
手詰まりの現状を打破する方法なんて、主催者すら見逃した
「……遅いな」
恵流は中々帰ってこない。
出ていってから一時間、それとも二時間以上か。時計の類いがないので正確には不明だが、体感でも随分と時間がかかっているのはわかる。
残りの参加者は自分達だけ、つまり道中何者かに襲われるという事態はあり得ない。命を奪うトラップの類いもなかった。となると、参加者以外の人物が接触してきたのだろうか。現状、殺し合うつもりのない穏健派だけになってゲームは停滞。そのため主催者かその関係者が介入してきた。という可能性もあるだろう。
だが、それなら何故ルール説明をまともにしなかったのか、という疑問が湧いてくる。織兵衛が事故死したおかげでスムーズに殺し合いに発展したから良いものの、モニターの文章や武器が見つかった程度で人は理性を失わないはず。
デスゲームのはずなのに、その趣旨が今一つ掴めないのだ。意味深な文章を掲げただけで後は参加者の解釈に丸投げ。それなのに都合が悪くなってから「ちゃんと殺し合って下さい」と言い直す。そんな行き当たりばったり、運営する側として
それに介入という行為の危険性も気になるところである。拉致監禁されたおかげで参加者は全員堪忍袋の緒が切れる寸前。主催者達に
などと安静にしている間あれこれ思考を巡らせていると――「はぁ、はぁ」、荒い息遣いが鼓膜を震わせる。
恵流が戻ってきたらしい。
「無事でよかった……」
ほっと安堵し胸を
出迎えようとしたのだが、血が足りないせいか立ち上がる気力が起きない。体がずっしりと重いのだ。ずぼらなことに出入り口へ首を向けるだけ、光差す四角へ視線を注ぐ。
「はぁはぁ……んっ、ふぅ、くぅっ」
ゆっくりと、ゆっくりと。
少し進んだら立ち止まり、息を整えてからまた前進している。だが、戻ってきた彼女は何故か中腰、しかも後ろ向きだ。ずるずると、何か重そうな物体を引きずっている。どうやらそれを運んでいたせいで帰りが遅くなったらしい。
その物体が脱出の秘策になるのだろうか。
「遅れて悪いわね、安路」
恵流は搬入を続けながらこちらへと振り向く。運ぶのが重労働だったのか、顔には玉のような汗が浮いており、赤い色をしていた。
どうして、赤い汗を垂らしているのだろう。
不思議に感じて彼女の纏う制服へ視線を落とすと、そこにも赤い汗がべっとり。それどころか、通ってきた場所には見事なレッドカーペットが伸びている。
「恵流さん、君は何を……」
視界に拡がる赤の正体に、ぞっと身の毛がよだつ。
汗なんかじゃない。あれは全て血、恵流が浴びた返り血だ。その証拠に彼女が運んできたのは死体。撃ち抜かれて頭部が崩れた春明の
「だって、こうするしか、道はないでしょっ」
ずるずると空席へ、織兵衛の向かいに位置する椅子の前に死体を置くと、息を切らせて恵流は言った。
道、方法、死体を運んできた理由。
散々惨劇を
だとしても。
普通の女の子が大男の体を――恐らく手斧で何度も何度も斬りつけて――バラバラにして運んだなんて思いたくない。彼女の冷血な本性を知った今でも、眼前の恐ろしい光景を信じたくなかった。
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