申出明日香 4


「武器が二つとかずるいじゃねーか」

「二刀流ですよ。宮本武蔵みやもとむさしの侍気分、悪いしないですね」


 バタフライナイフと鎌。刃の形状もリーチも違う変則的な二刀流だ。

 対する守は金属バットのみ。振り回した際の威力は大きいものの、あちらは単なるスポーツ用品。刀剣類と比べたら殺傷能力は一段劣るはず。春明の方が有利と言えるだろう。一気に勝負を決めることさえ出来そうだ。

 しかし、彼は中々攻めようとしない。じりじりと睨み合うばかりでじれったい。せっかく武器を与えたのだからさっさと倒してほしい、早く安心させてほしい、と明日香はやきもきしてしまう。報酬は弾むのだから相応の働きをしてもらわないと困るのだ。


「調子に乗ンなや、この外人が!」


 そうこうしているうちに、守の方が先手を仕掛けてくる。

 ぶん、と大ぶりのスイングに、春明は軽快なバックステップを踏んで回避する。


「きゃあっ!?」


 明日香は身を縮めてそそくさと戦場から抜け出そうとする。

 近くにいたら命がいくつあっても足りないだろう。自分の安全が第一。男達の争いに巻き込まれたくない。

 しかし、縦横無尽に振られる金属バットが恐ろしい。足を挫いているので素早く動けない。春明から離れる方がよほど危険かもしれない。


「ダンスのエスコートします。ワタシに任せる良いですよ」

「そ、そうだよね」


 これまた気取った言い方をするが、「後ろに隠れていろ」と男気溢れる頼もしい姿を見せてくれる。その通りだろう。下手に離脱するのはやめておこう。

 先程まであれこれ理由をつけて逃げ回るばかりだったのに。

  広い肩幅が、隆起が顕著な筋肉が、たくましさに溢れるその肉体が、明日香には眩しく映る。

 男とはかくあるべき。やはり彼をボディガードに選んで正解だった、自分の目に狂いはなかったのだ、と自画自賛してしまう。


「はっ。女を庇ってどこまで戦えるってンだ!」


 頭頂を砕こうと襲いかかる金属バットを前に、春明は鎌の切っ先で受け止める――のではなく、力をいなして受け流す。

 刃は切り裂くためにある。金属の塊を相手に真っ向勝負をすれば刃こぼれ、最悪へし折れてしまうだろう。スマートな春明がそんなミスなどするはずないだろう。

 金属バットの上を滑って火花を散らし、鎌の刃が守の左腕を捉えた。


「――ってぇっ!?」


 作業服の袖が一文字に破れ、その下の肌にも同型の赤い線が描かれる。鎌の一閃が届いたのだ。

 傷口からぷくっと血の玉が浮き、赤いしずくこぼれ落ちては作業服に染み込んでいく。


「よくもオレの腕を……!」

「あなた、ワタシ達殺しに来るした。なのにやられる返される覚悟ないだったか?」

「うるせぇ、日本語下手くそで何言ってンだかわかンねーんだよっ!」


 頭に血が上り過ぎたらしい守は、馬鹿の一つ覚えで金属バットを滅茶苦茶に振り回してくる。勢いだけの単純な攻撃だ、春明は余裕のステップでひょいひょいとかわしていく。

 鮮やかな身のこなし。本人が「ダンスの時間」と言った通り、まるで踊っているかのようだ。力尽くの守とは比べものにならない精彩を放っている。実は春明は少女漫画のイケメンでした、と言われても信じてしまいそうだ。丸坊主と囚人服を除けばの話だが。

 などと体さばきに惚れてしまう明日香だったが、自身も一緒に下がるのも忘れていない。常に春明の背に身を隠し、血を吸う金属バットの猛攻をやり過ごしている。


「ぐっ、この、ちょこまかと、うざってーなクソがっ!」

「ワタシ止める出来ないか? それ、あなたが弱いだけ違うないか?」


 汗を垂らし必死に攻撃を続ける守に対し、涼しげな上に片言言葉で煽る余裕もある春明。年齢が近く肉体労働を日常とする者同士だが、その力量差は火を見るより明らかだ。かたや中年太り、かたや筋骨隆々。鍛え方が違う。

 否、それだけではない。


「ワタシの国では生きる殺す、毎日お茶とご飯食べると変わらないです。あなたと似るしている人、たくさんいますですから」

「だから何だってンだ!?」

「安全ない国はいつも争いする命も軽い。ワタシとても慣れるしました」


 二人の生きてきた環境自体が大違いなのだ。

 日本で平和に暮らしてきた守、外国で生死の綱渡りをしてきた春明。その差は一朝一夕いっちょういっせきでは埋められないだろう。命のやり取りに対する感覚、そればかりはどうしようもない。


「舐めンじゃねーぞっ!」

「弱い日本人がワタシに勝つ出来る道理ないです。天国と地獄ひっくり返るしたとしてもね」


 ひらりと優雅なステップで回避しながらも、春明は的確に刃を振るい守の体に切れ込みを刻みつけていく。鎌、ナイフ、また鎌。目映い銀色と鈍い鉄色くろがねいろが交互に閃き、作業服を血の赤黒さに染め上げる。

 決定打にはならないも、じわじわと確実に体力を削ぎ落としていく。このままならいずれ守は力尽きるだろう。

 が、ここで流れが一気に変わる。


「きゃっ」


 明日香の背中がどん、と衝撃を受ける。壁だ。

 守の攻撃を捌きながら後ろへ後ろへと逃げていたせいで、いつの間にか衣料品店の隅、ランジェリーコーナーの一角に追い詰められていたのだ。

 もうこれ以上後ろに下がれない、逃げられない。


「ははっ。どうやら勝てる道理ってやつが回ってきたみてーだぜ?」


 舞い込んできた勝機を前に、守は口角をにやりと釣り上げる。すばしっこい相手を追い詰めた。まさに袋のねずみ。やっと殺せる、と楽しみで仕方ないのだろう。

 ふざけるな、守なんかに殺されてたまるか。

 春明はどうするつもりなのだろう。自慢のステップも角に追い立てられてしまえば無用の長物。真の力を発揮出来ない。今度は力押しで対抗するのだろうか。

 どんな手を使ってでもいい、自分を守ってほしい。

 明日香は祈りを込めて、ごくりと固唾を呑む。


「オラッ、逃げてみやがれっ!」


 高く掲げられた金属バットが力一杯振り下ろされる。

 ナイフと鎌のか細い刃では到底受け止められない。

 春明はどうやって明日香を守ろうとするのか。


「えっ」


 太い手が肩に回されたかと思うとぐいっと前へと引っ張られる。視界に拡がる景色が、春明の背から眼前に迫る金属バットになっていた。

 気付けば自分と春明の立ち位置が入れ替わっている。何故か明日香がボディガードを庇うように立っているのだ。

 どうして前に出ているのだろう。

 春明の後ろにいないといけないはずなのに。

 まるで自分が身代わりにさせられたみたいではないか。

 ――ゴヅッ。

 その答えを知るよりも早く、金属バットが明日香のひたいを打ち据えた。

 頭蓋骨ずがいこつを伝って響く激突音と同時に視界いっぱい星が飛び交い、明日香の意識は新月の夜のようにブラックアウトした。

 

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