瀬部春明


 太鼓たいこ、ダンス、プリクラ、レーシング、シューティング。

 多種多様なゲーム筐体がひしめき合うも遊ぶ者はおらず、デモムービーだけが虚しく繰り返されているだけ。命を賭けた遊戯――デスゲームのさなかでは娯楽ごらくの価値など皆無なのだ。遊びに熱中出来る心の余裕はどこにもない。

 そんな閑古鳥かんこどりが鳴くゲームセンター“シュラ・La・ランド”の中で、春明は一人ゲームに挑戦していた。

 お目当てはもちろんUFOキャッチャー、その景品であるクロスボウだった。

 新たなる武器がほしい。

 織兵衛の死を機に事態は大きく変わろうとしている。謎解き脱出ゲームかと思いきや血で血を洗う殺し合いに発展、その兆候をそこかしこからひしひし感じるのだ。  

 無論、平和ボケした日本人に負けるつもりはない。だが、無傷で勝てるかと問われれば話は別。ナイフ一本では心許ない。リーチのある武器、あるいは飛び道具で武装するべきだ。

 そこでクロスボウを入手しようと躍起になっているのだが、


「うーん。これは無理ですかもね」


 さっぱり取れる気配がない。何度挑戦しても駄目だ。

 アームがひ弱なせいで重さに耐えられず、ぽとり、ぽとり。掴めた、と糠喜びしたそばから落ちていく。

 ケースを破壊して景品だけ奪う手もあるのだが、透明な壁は思いの外硬いようだ。素手では破れそうにない。金属バットのフルスイングを数発食らわせれば割れるだろうか。しかし現状、クロスボウは入手不可能のアイテムでしかない。


「さて。これからどうするしようか、考えるしないと」


 春明の経験上、自らの手を汚し最後の一人になろうとする、狂気に突き動かされる者は必ず現れると推測可能。筆頭候補は守だ。事故とはいえ、既に織兵衛を殺めている。金属バットという強力な武器も手にしている。

 では、こちらも襲撃に対抗しなくては。それとも逆に、殺られる前に殺るの心構えの方が良いか。守を含めた参加者を皆殺しにして、自分だけがこの密室から脱出する。その選択も悪くないかもしれない。

 未だに安路や恵流は平和的解決を望んでいる。全員で生き残ろうと必死に説得していたが、織兵衛の死亡でその希望は潰えたに等しい。もう引き返せないラインを越えたのだ。彼らの案に乗るのは分の悪い賭けと言わざるを得ない。

 だがしかし、と春明は後ろ髪を引かれてしまう――坊主頭だが。

 皆殺しの末に脱出、という選択は簡単だが、本当にそれで良いのだろうか。“罪を悔い改めし者”が六人揃うことを条件としているし、自分達の行動は監視カメラで筒抜けだ。それらを加味すると、いささか早計ではないかと躊躇ためらってしまう。もっとも、自分が生き残るためなら、殺し合いに興じるのもやぶさかではない。いざとなったら皆殺しである。


「血と暴力の臭い。ワタシの祖国と同じ懐かしい臭いするですね」


 生きるか死ぬかの瀬戸際で綱渡り。それはまさに、来日する前の生活と変わらぬひりつく感覚だった。

 春明――本名バルア・セブ・ベルン。彼の出身は発展途上国で、治安はすこぶる悪かった。政治家は反社会的組織と繋がっており汚職は日常茶飯事、対抗馬を潰すための裏工作で暗殺だってよくあること。当然、庶民も危険と隣り合わせの生活を強いられている。犯罪を生業なりわいとする輩が跋扈ばっこする街で生き抜かねばならないのだ。

 先程の騒動で明日香が自身の運のなさを呪っていたが、春明からしてみれば嘲笑の対象。大当たりの国に生まれたことを感謝しろ、というのが正直な感想だった。


「とても恵まれるしている国だと思うだったのですがね」


 世界一平和とうたわれる国、日本。

 きっとこの国なら良い暮らしが出来るはず、と憧れを抱いた春明は出稼ぎで来日した。俗で古い言い方をするなら、異国の地でビッグドリームを掴みたかったのだ。

 しかし、彼を待ち受けていたのは厳しい現実。平和な国だから楽して稼げるだろう、とたかをくくっていたがむしろ真逆。派遣された先は所謂いわゆるブラック企業で、奴隷どれいのようにこき使われるハメになった。平和なのは表面上だけ、むしろ中身は腐敗しきった劣悪そのもの。反抗する者がいないから仮初かりそめの平和が維持されていただけなのだ。

 当時は日本語に不自由だったせいで、最低賃金は守られず残業代もなし。それどころか給料未払いも度々あり、強制収容所の労働と変わらぬ扱いを受けてきた。それでも仕送りのためにと少ない金を捻出ねんしゅつし、代わりに食費を削ったため空腹にあえぐ日々。結局最後は耐えきれず、民家の食料を盗んで腹を満たした。その後は裁かれ囚人となり、挙げ句こうして拉致されて今に至る。

 治安の悪い街。

 ブラック企業の搾取さくしゅ

 そして、デスゲームに強制参加。

 自分の人生、形は違えど常に死と隣合わせだ。

 他人にずっと生殺与奪せいさつよだつの権利を握られたまま。力がなければ蹂躙じゅうりんされ、立場が低ければ搾取されるだけ。どこの国も上に立つ者が楽してうまい汁を吸うだけの腐った仕組みが構築されているのだ。

 このデスゲームも同様。自分達は極限状態に追い込まれ苦しみ藻掻もがく一方、主催者達は安全圏でワイン片手に高みの見物である。

 はらわたが煮えくりかえりそうだ。全てをぶち壊してやりたい衝動に駆られる。


「やはり武器ないと困るしてしまうですね」


 生き残るためにも、主催者を叩きのめすためにも、より殺傷能力の高い装備がなくては話にならない。

 力なき主張に意味はなく、有象無象のざわめきに過ぎないのだから。

 春明はゲームセンターを後にすると、施設内を反時計回りに歩いていく。次は衣料品店を探索しようと立ち寄るのだが、人影が右往左往しているので身を隠す。細身で地味なスカートを垂らすその容姿は玲美亜だ。どうやら春明と同じように武器になりそうな物を探しているらしい。まるで窃盗犯せっとうはんのようにレジカウンター周りを漁っている。

 下手に鉢合はちあわせて争いになると面倒だ。少しの怪我も命取り、無益な戦いはなるべく避けるべきだろう。

 衣料品店は後回しにし、春明はその隣の書店“書天堂”へと身を潜らせた。

 店内は端から端まで本がみっちり並んでいる。漫画や小説だけでなく専門書の蔵書も豊富だ。安路が持ち出した物に似た書籍も散見される。武器でなくとも生き残るヒントがあっても不思議ではない。

 どこかおかしなところ、主催者が何か仕掛けた形跡はないだろうか。冷凍庫にナイフ、籠の裏に金属バット、UFOキャッチャーにクロスボウ。違和感のある場所を見逃してはならない。

 春明は目を剥いて書店内をうろうろ。本棚、天井、床。どこか不自然な箇所はないだろうか。

 ――あった。

 それは店に入ってすぐの、新刊本が平積みされているコーナーだ。店員オススメの、是非ぜひ買ってもらいたい書籍の陳列棚。色とりどりの表紙が主張している舞台、その一区画だけがぽっかりと何もない。長方形の穴だけがある。元々積まれていた本を撤去したように見えた。

 政府に不都合な記述があり摘発されたのか、と思うも即座にあり得ないと否定する。祖国ではよくあることだがここは日本だ。政治批判から性的な書籍まで、あらゆる表現が可能な言論の自由大国である。たかが本一冊に目くじらを立てる器の小さい人はいたとしても、実際に権力の名の下に弾圧するはずがない。


「違う、そうじゃないです」


 だがそれは、普通の書店の話だ。

 ここはデスゲーム用に建設された特設フィールド。ゲームクリアに役立つ書籍、攻略本の類いがあるかもしれない。

 もしかすると、消えた新刊本の一部にこそ重大なヒントが隠されているのではないか?

 では、本はどこにいったのか。

 平積みコーナーの下、レジカウンター裏のスペース、放置された段ボールの中。春明は怪しい場所を片っ端から覗いて回り、そして見つけた。

 備え付けられたゴミ箱、その中にどっさりと捨てられていた。全て同じ種類の書籍で、サイズは陳列棚の空白にぴったりだ。ご丁寧に店員特製のポップまであった。

 主催者がわざとゴミ箱に隠したのか、それとも参加者の誰かが捨てたのか。経緯や理由は不明だが、ともかく大事な資料だ。表紙に踊る題名も興味を引く。これは是非読ませてもらおう。

 レジカウンター奥のパイプ椅子に腰掛けると、春明は周囲を気にしつつもページを捲り始める。

 全編日本語で振り仮名はないのだが支障なし。囚人生活では読書が日課、二度とだまされて奴隷のように扱われないよう死ぬ気で覚えたのだ。おかげで文章の意味は理解可能、音読もすらすら出来る。苦手なのは自力で日本語を組み立てることくらいである。


「おお、これは」


 読み進める度に息を呑んでしまう。

 春明の期待通り、その本はデスゲームの鍵となる事柄が記述されていたのだ。

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