第70話 楽して稼げる道はない③
その日一日は解体作業に集中した。
もう暴れないからと約束した二人を木から下ろし、代わりに解体用の肉を吊り下げる。
僕の瞬間熟成だと血管が凝固して血に濡れることはないが、三人組が仕留めれば普通に血が出る。
これからポーターをするなら血には慣れておきたいからね。
本当は逐一街に帰って午前中と午後で済ます予定だったが、こうなった以上つきっきりで教え込む。
皮の剥ぎ取り方、枝肉の分け方。なんだったらどうすれば査定額を上げられるかの仕留め方まで覚えるまで何度も教えた。
ちょっとやりすぎだと思ったけど、僕の名前を吹聴しかねないのだ。なら万全は期しておきたい。
「ほら、今の時期のフォレストディアは魔石にうっすら雷が迸るんだ。貴族のコレクターはこれに目がなくてね。この状態でおろせばシギル銭、サイズによってはジャッハ銭にも手が届くかもしれない。かと言って大量に持っていけばいいといいわけでもない。量が増えれば値が下がる。高騰してから卸した方が取り分は大きい。どのタイミングで取りに行くかはジャスタ次第だな」
「勉強になります」
「この手の情報を教えてくれる冒険者は少ない。お金に余裕ができたら商業ギルドにも顔を出しておいた方がいいぞ。あそこは貴族が顔を出す特別な市場への窓口になっている。今すぐにその道は開かれないけど、稼ぐように慣ればすぐさ」
「エルウィンさんはもうそのツテを持ってるんですか?」
「僕はお店を開くときに手に入れたよ。とある素材が欲しくてね。それを手に入れたはいいが、食事にして出す道は断たれている。単価でシギル銭50枚だ。誰が払える?」
「うわ、それは……貴族でも手が出ないんじゃないですか?」
「そうぽんぽん払える額じゃないのは確かだよ。でも、そういう商品を求める際に、社交界での情報なんかも手に入るのさ」
「だから顔を覚えてもらって損はない?」
「お金に余裕があればと付け足しておく。せめてジャッハ銭が手元に転がり込んでくるようになれば、だけど」
「そんなお金見たこともないですよ」
「まぁここから先はジャスタ次第だよ。僕は基本を教えただけ。多少の贔屓はするけど、そこから先は君がどれだけ頑張れるかだ」
「俺、エルウィンさんの名前に傷つけないようにするっす」
たった一日教えただけでこの自信の付きっぷり。
将来有望というか無謀というか。
そんなに世の中甘いもんじゃないからな?
しかしギルドでの査定は以前までとは比べものにならないと大喜びだ。
以前までどれくらいの稼ぎか聞くと、フォレストディアを5体狩ってシルク銭5枚と聞いたときは頭痛を訴えるほどだった。
そんな出会いを経て数日後、ジャスタとはよく市場で顔を合わせるようになった。
「やぁジャスタ。買い出しかい?」
「あ、エルウィンさん。お疲れ様です」
早朝から買い出しお疲れ様という意味だろうか?
あいにくと僕はムーリエさんと魚トークをしてただけなので全然お疲れではないのだが。
「はいお疲れ様。少しはポーター業も慣れたかい?」
「それが直ぐには申請が来なくてですね。今はアーキアとバガンと三人で冒険者として活動してます」
「まぁ直ぐにはお声はかからんだろ。僕も直ぐには声かけられなかったし。パン屋やってからかな? 信用を得たのは」
「なんの話だ?」
「ああ、この子とそのお友達がポーターをやりたいらしくて僕に弟子入りしたんだよ。つきっきりで教えたのは一日きりなんだけど、いまだにお声がかからないらしくてさ」
「まぁ一度この坊主で美味い思いしてる奴らは他の奴らなんて目もくれんだろ」
「やっぱそっすよねー」
「そうだなぁ、いっそ君ら三人で屋台かなんか開けば?」
「屋台ですか?」
「そうそう。僕がアランドローさんに一言口添えしてあげるからそこで稼ぎつつ、冒険者の顧客も得れば一石二鳥。実際に料理の腕を見せつけるのが一番早いと思うよ?」
「そんな……領主様とお知り合いなんですか?」
「お知り合いっていうか、僕のお店の経理やってくれてるけど?」
「むしろ雇い主!?」
「この坊主は見てくれで判断すると一番厄介な手合いだからな」
「ムーリエさんにだけは言われたくないですけど?」
「ハッハッハ。そうやって俺を持ち上げるのはやめてくれ。俺なんてただの雇われだよ」
とかなんとか言っちゃって。僕は知ってるよ、普段は市場の魚の窓口にいるけど、実質市場の総監督を務めてることを。
魚が好きすぎて本業そっちのけでお客さんとマンツーマンで会話するのが好きなんだこの人は。
僕も人のことを言えないけど、なんか築く人脈に大物が多すぎて感覚が麻痺してきているよ。
数日後、アランドローさんの許可を得て早速裏通りで屋台を始めていた。出しているのは海鮮を使った出汁に市場で買い入れた安価なスープ。冒険稼業で入手した肉なんかも浮いている。
僕のお店に出入りしている舌の肥えた客は見向きもしないが、僕はそのスープに光るものを感じていた。
「美味しいじゃん。このスープ。誰考案?」
「俺っす」
「ウチらで一番料理が得意なのはジャスタだけなんで」
「逆に君らの得意分野戦闘と荷物持ち以外で何かあるの?」
「食うのなら得意だぞ?」
「ああ、任せてくれ!」
「すみません、この人たちいつもこうなんで」
わかる、わかるよ。僕の周りもこういう人たちばっかりだ。
そこで僕はそこに通いつつ、以前仕上げたラーメンの構想を語っていく。
僕のラーメンに比べたらそのスープは濃すぎるけど、だからこそ麺と添える肉が光ると思った。
スープを煮出す前に野菜も加えれば味に深みも生まれる。
僕がそんな提案をすると、ジャスタは縋り付くようにその案を飲んでくれた。
それから二週間後。
ジャスタ屋台は行列が並ぶほど混み合うようになった。
魚介出汁の濃厚スープに、ちぢれ麺がよく絡む。
仕入れ値の安いホークアウルの肉はタンパクでありながらのスープによく合い、何故か海苔まで乗っていた。
焼きそばパン以外で海苔を使う機会を見失っていたけど、スープに溶いて食べれば磯の香りがより広がって面白い。
この発想は僕にはないものだ。
このラーメンを機に、ジャスタ達のポーター業も日の目を見るようになった。
技術があっても、実際にそれを目にするまで人はなかなか信用してくれない。
彼らはこの経験を機に成長してくれるだろう。
そんなことを思いながら僕もポーター業を請け負う。
新たなライバルの登場に、少しだけワクワクする僕がいる。
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