第69話 楽して稼げる道はない②

「あーアーキア君だったか?」


「ああ」


「解体するのは構わないが、そのズタボロの肉塊から何を剥ぎ取るつもりだ?」


「は? それをどうにかして稼げるようにするのがあんたの仕事だろ?」


「なるほど。これは冒険者業を干されるわけだ」


「なんだと!?」


 僕の正論にキレるアーキア。

 この手の人物は沸点が低いのがお決まりなのだろうか?


「そうカリカリするな。解体素材ならさっき僕が仕留めたホーンブルがいる。それでもいいだろうか?」


「そんな大物、得物もないあんたに倒せるわけがあるか!」


「そうやって決めつけてかかるのが君のやり方かな? アーキア君」


「落ち着けアーキア。確かに行きがけにそんな巨体は持ってきてねぇ。もし仕留めてたんだとしたらそれがこの人の実力だって!」


「でもよ! 戦えないからポーターをやってるんだって噂だろ?」


「そうやって誰かの憶測に踊られ続けた結果が今の君というわけだ。哀れだね。アーキア君」


「舐めやがって!」


 怒り心頭で掴みかかるアーキアに、やっぱりこうなったかと僕は軽めに瞬間熟成を施す。


「ぐっ、なんだ!? 体が急に動か……全身金縛りになったようだ!」


「あまりお痛がすぎるようならここでモンスター諸共仕留めてしまってもいいんだよ?」


「よくもアーキアを!」


「ジャスタ君、君も親友の仇を取りに僕に襲いかかってくるかい?」


 武器を構えるバガンに、ジャスタはその場に硬直する。

 普段の口調は彼らに合わせていたのだろう。

 喧嘩っ早いリーダーとそのお供。

 自らもそうなることで自らが犠牲になるリスクを減らした。

 それは賢い選択だ。処世術とも言える。


 しかし命の危機に瀕した今、それが剥がれ落ちようとしている。

 暴力によって抑圧された精神が、今ジャスタの中で渦巻いていた。


 参戦するか、命乞いするか。

 その選択で自分たちの命運が分かれるのだと実感していることだろう。


 僕はどう取られてもいいようにファイティングポーズを取る。

 それに応じてバガンが躍り出た。

 手斧を僕の肩口から袈裟斬りに振り下ろすが、瞬間熟成の前に成す術もなく崩れ去る。

 アーキア同様全身金縛りの刑に処した。

 本気で熟成したら貝料理のように息の根を止めてしまいかねない。それじゃあ講師失格だ。


「さて、僕はやられない限りやり返しはしないよ? 君はどうするつもりだい?」


「降参……します」


 ヘナヘナとその場に崩れ落ち、僕はジャスタと一緒にアーキアとバガンをロープでぐるぐる巻にした。

 体が動けばまた暴れ出すのは目に見えているからだ。


「この、裏切り者ー!」


「アーキアは黙ってて! 僕が降参しなければ死んでたのは君だよ!?」


「ぐっ!?」


「この人相当の手練れだぞ? 噂に踊らされてたのは俺たちだったってこった。この人の言う通りな」


「くそっ、くそ! こんなはずじゃあ、こんなはずじゃあなかったのに! どうして最後にはこうなっちまうんだよっ!」


 彼らにも言い分はあるのだろう。

 だがそれを言ったところで仕事は仕事。

 仕事をこなせないんじゃお話にならないのはどの業界でも当たり前に見る光景だ。ギフトがあるだけいいじゃないか。

 僕からすればそんな恨言すら出てくる。


「ごめんなさい! 僕が謝りますから。だからアーキアとバガンを見逃して貰えませんか?」


「君たちの言い分を聞いて、僕に何か得があるの? 僕はギルドから君たちの教育を頼まれている。だと言うのに君たちは僕に何をした? その意味を本当にわかっているのかな?」


 少し厳しい意見を述べる。

 ここで許せばすぐに甘えてくるのは目に見えているからだ。

 そうすれば謝れば許してもらえると心の何処かで油断が生まれ、彼らは一生懸命物事にあたると言う機会が奪われる。


 カッとなってすぐに暴力を振るう人間というのはそれで物事をこなしてきた人たちだ。そして自分たちより弱い人間を見つけるなり、彼らはすぐ暴力的になる。

 僕の後輩のポーターが、そう育ってしまうのは遠慮願いたいものだ。


 ポーターとは何か?

 これを機に彼らを教え導かねばならないのだ。

 僕の平穏のためにもね。


「その、俺らが言えた義理じゃねぇのは分かってる。でも、ジャスタはあんたに何もしてねぇ! 俺らは憲兵に突き出してもいいが、こいつだけは許してやってくれねぇか? こいつはいいやつなんだ。俺たちなんかに付き合って口調を変にしちまってるが、生き物を殺すのも苦手なやつで、えっと!」


「馬鹿野郎アーキア! そんなんじゃ全然伝わんねーぞ、もっと誠意込めろオラ!」


「うるせーバガン、じゃあお前が弁明しろよ!」


「はいはい、喧嘩するならこのまま置いていくぞ」


「……」


「……」


 恨めしそうな顔を浮かべながら両名が黙り込む。

 この中で一番手際が良さそうなのはジャスタ一人か。

 仕方ない。飯炊きと解体はこの子に覚えてもらうとして、他の二人は運搬に特化させるか。


 薬指と親指を擦って音を鳴らすと、二名にかけられていた瞬間熟成が解ける。

 絶命させない限り、ON/OFFは僕の気持ち一つなのだ。


「あ、体が動くぞ」


「でも縛られてるから身動きできねーぜ?」


「君たちはそこで見学。どうせ動いたって邪魔しかしないだろ?」


「ひでーぜ、暴力反対!」


「僕を殺すつもりで武器を振るったのはどこの誰だったかな?」


「諦めろアーキア。命まで取られなかっただけありがたく思った方がいいぜ?」


「くそっ」


 あまりに騒がしいので木に吊るすことにした。

 自重で枝がミシミシ言ってるので、暴れたらどうなるか想像しやすいようにしたのだ。

 僕に比べて体格の大きい少年を二人、片手でひょいひょい枝に吊るしていく僕をジャスタはどんな顔で見ていたのか、少し興味あるな。


「その、エルウィンさんて見た目からは分からないほどパワフルなんですね?」


「そう? ポーターやるんなら人の一人や二人片手で持てないとお話にならないよ。多い時は100匹くらいモンスターを担いで帰るんだから」


「ひぇ……ちょっと想像できないです」


「その手の仕事は木にぶら下がってる体力の有り余ってる奴らに任せれば大丈夫だ。君は炊き出しと解体。覚えることは多いよ?」


「はい……」


 すっかりイキリ口調がとれたジャスタは、萎縮しながら僕の解体作業に注視した。

 見られながらの解体は少しこそばゆかったが、僕はいつも通りにやればいいだけだ。


 解体作業を終える頃には騒がしいメンツはすっかり静かになっていた。

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