第71話 女神像

 木片を削って人の形を掘り出していく。

 目標はファンガス様の像を作れないかなと慣れないのみで造形していった。


【我はもう少し、こう……愛らしくないかの?】


「あ、動かないでくださいよ。バランスがおかしくなっちゃいます」


【むぅー、我は置物じゃないのだぞ!】


 プンスコと決めポーズを解いて両腕をバタバタさせる神様。

 もう少し落ち着きをもっと欲しいところだよね。


 僕がわざわざこんな事をしてる理由は、ファンガス信仰をこの街に根付かせるためだった。

 ベルッセンの時のように流行り病いでもない限り、神様へ直接お祈りすることなんてないと思った。


 でもこうやって拝む対象を持つ事でようやくファンガス様がなんの女神で、祈る事でどんな祝福を与えてくれるのかを明確化することができると思ったのだ。


 僕が今これを作ろうと思っているのは、そろそろセリーべを発とうと考えたからだ。


 ベルッセンの時もそうだったけど、この街にも根を下ろして随分と経つ。世界を見てまわろうと旅に出たのに二つ目の街でよもや一年半も過ごすとは思うまい。


 そして仲良くなった人々にこのファンガス像を渡して歩こうと今こうしてそれなりの数を掘っていた。


 気持ちを込めればこもるほど、いのりに似た効果を持ったのか、ファンガス様がとうとう実体化なされた。

 ポワソンさんのところに連れて行けとうるさいので、作業を中断してストックしていたチーズを土産にアポイントメントを取る。


 いくら顔馴染みといえど、いきなりいっても向こうも準備はできまい。チーズスフレを所望する場合、素材持ち込みでも製作に時間がかかるため、翌日向かうのが良かったりするのだ。

 その際に出来上がったファンガス様の像を渡す予定だ。


「この度は僕の為にお時間をいただきありがとうございます」


「なんのなんの。いつも素材を持ち込んでもらって悪いね。向こうの素材市場も見ているのだがなかなか入ってこないのだ。常連さんもチーズスフレをご希望されるのだが、素材不足を伝えてお引き取り願うほどなのだ」


「あ、そうだ。こちらをお渡ししておこうと思っていました」


 ファンガス様の像をお渡しする。


「これは?」


「僕の崇拝する女神様です。お祈りすると菌の繁殖を堰き止める『除菌』の効能があります。足の速い食材をお求めのお客様へお出しする際、お祈りしていただければと思います」


「ほう、それはありがたいね。魚市場から近いからと大量に買い込んでも問題ないのかね?」


「足の速い貝類でも問題なく増えた菌を取り除いてくれますよ。僕もポーター業の傍、肉素材の処置に役立ててます」


「最近ギルド経由でとても状態のいい素材が入るのは君のおかげだったか。そうだね、知り合いにも配りたい。あといくつあるかな?」


「まだ数はそこまで揃ってないのでお待ちください。今日はチーズスフレ、お願いしますね? 神様直々のオーダーなので」


【我がファンガスじゃ。よきにはからえ】


「おお、貴方様が。このポワソン、腕によりをかけてさせて戴きます。早速取り掛かりましょうぞ」


【むふふ、我の威光に平伏しておったぞ?】


「ええ、ポワソンさんは神様を見ても態度を改めないと信じていましたから……」


【なんじゃその言い分は! 我はそこまで信用ないか!】


 そうやって自分から威厳をぶん投げるところがですね……

 それはさておきドリンクでも頼みましょうか?

 ベルを鳴らし、程よく時間を置いて。やってきたウェイターさんにいつものドリンクを通ぶって注文する。


【なんじゃお主すっかり通い慣れたものよのう】


 なんだかんだここに1年以上いますし、ポワソンさんとも切磋琢磨してますからね。

 ドリンクは柑橘系にあえて酢を混ぜてより酸味を効かせたものだ。これがチーズスフレとよく合うのだ。

 ワイングラスを回しながら香りも楽しむ。


 ワインはまだ僕が楽しむには速いらしく出手もらえてない。


「お待たせいたしました。シェフ特性、トリコットチーズのスフレ仕立てにございます。付け合わせのソースをかけてお楽しみください」


「ありがとうございます。これはチップです。シェフにもよろしくと言っておいてください」


「いつもありがとうございます、エルウィン様」


【なんか貴族みたいな振る舞いじゃの?】


 そうですか? 良いサービスを受けたらチップを弾むのがマナーと聞きましたよ。


【それは騙されておるぞ? 庶民はそんなお金に余裕もないと思うがの】


「どこで貴族と出会うかわからないし、マナーは覚えておいて損はないのではないですか?」


【そういうものかのぉ? それよりも先に実食の方じゃな】


「まずはソースなしでいただきましょう。フォークに刺すので神様はそこから直接お食べください」


【世話になるのぉ……もぐもぐ、むぅ! これはなんたる美味か。これは確かにキノコも霞むのぅ】


「ええ、所詮あれらは踏み台でしたね。それはそれで美味しいでしょうけど、最高ではない。もしかしたらこれを超える菓子だって出てくるかもしれませんよ?」


【なんと! 夢が膨らむのう。では次にソースをかけていただくとするか】


「ふふふ、すっかり神様もチーズスフレの虜ですね?」


【そうじゃのう、我の中での序列が変わるほどの衝撃であった。このままランキングをそうとっかえしてゆくぞ】


「お供いたします」


 その日はチーズスフレを満喫し、家に帰るなり女神像づくりを再開した。一度作ったからか、二つ目はすんなり作れた。

 この調子で三つ目、四つ目も作っていく。

 まだいつ出ていくかは決めてないけど、また引き止められるかなぁなんて。そんなことを思いながら眠りについた。

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