第67話 菓子で人は動かない

「あなたは、先程の。どうぞ中に入ってください。外は冷えるでしょう?」


「では失礼するよ」


 先ほど演説していた時とは人が変わったようにおどおど他人の目を気遣っている。人の前に出れる性格ではないのだろうか?

 それにしては自信満々だった気がしたけど、何かあるのかな。


「良い香りがしますな」


 ちょうどさっき釜に入れた生地が焼き上がったようだ。

 ポワソンさん直伝のクッキー生地である。

 チーズのお礼として教えてもらったこの生地で、キノコの芯を作る予定だ。チョコレートの方は如何ともし難いが、その手の素材はすぐに手に入らないからこそより手に入れたいと思うのだ。


「ちょうど焼き上がったところです」


「それは?」


「民衆を魅了して止まない、今話題のお菓子の僕なりのアレンジですよ」


「我らのタケノコを真似ようと言うのか。不敬ではないかね? 同じ神を敬う信徒としてお尋ねした私が馬鹿だった! 失礼させてもらうよ」


「少しお待ちください。あなたは誤解をしています」


「誤解? 貴方は我々の施しを裏切ったのだ」


「そうですね。僕は貴方程教義やタケノコに詳しくありません」


「ならば今すぐにこの愚かな真似をやめるのだな!」


「そうやって、人々の発展を止めるのが貴方がたの教義ですか?」


「なぜそうなる!?」


「簡単ですよ。だって貴方は人々がそれらを真似するのを禁じた。それってつまり、それ以上のものをつくられるのを恐れているようにもとれる」


「そんなわけ……これは神々が我ら人類に与えたもうた叡智の秘宝。その一部である」


「ほら、そう言うところですよ。技術の停滞、進化を望んでないんだ。僕の神様はそこら辺おおらかだ。たしかに神様から授かった料理はこの町でも絶賛されました」


「そうだろう? 本来は我らがその製造過程を真似るなど不届き千万なのだ」


「でもね、真似する人がそれ以上のものを作り上げた」


「……それを貴殿は見過ごしたのか? 自らの神を疑うなど」


「逆ですよ、我が神は喜んでいました。神が食したかつての食事より、こちらの方が上手いと感動していました」


「何を言う? 貴殿のその反応、まるで女神の言葉を直々に受け取れる使徒のようではないか!」


 僕の言動から何かを受け取ったのか、滲み出てきた偉そうな言動が弱まってくる。神様のことになるとムキになるのは仕方ないとして、同じように女神の言葉を出すと、途端に勢いが弱まるのは心に何かを隠してるのだろう。


「ええ、僕は使徒ではなく眷属ですから。アフラザード様のお声はよく耳にしています」


 これは本当。あの方の声は聞いたし、ファンガス様と姉妹のように騒いでいたのを昨日のことに思い出せる。


「そんなお方が……やはり我らの上陸を快く思ってないのではないか?」


【別に気にしとらんよ。フランの奴ならあれこれ策を建てるだろうが、我は気にせん】


「我が神は三女神教の上陸について特に咎めはしませんでしたよ。同じ人類を守護する神として、同胞の上陸を歓迎しているとのことです」


「おお、それは司祭様にも土産話にもなる。実はそのことが未だ気がかりでな。先程の演説もあまり受けが良くなかったであろう? 受け入れてくれているのかを気にかけていた。我らが教団も教義も素晴らしいモノなのだ。しかし貴殿の言う通り、困ってない相手に押し売りしても効果が薄いのも事実である。今回きたのは貴殿から言伝を頼めないかのお願いをしに参ったのだ」


 それでよくあんな上から目線で来れたよね?

 僕は粗熱の取れたキノコの芯を手に取り、口に含む。

 まだ焼きたてというのもありサクサクよりふわふわ感が目立った。


「そうですね。アランドロー様にお目通しするくらいなら僕から一筆書いてもいいですよ?」


「それは誠か?」


「そのかわり、欲しい素材があります。それを定期的に融通してくれるのであれば、そのお話をお引き受けしましょう」


「ぐ、その素材とは何だ? 言っておくが資金はほとんど用意できぬぞ?」


「お金の方はこっちで用意しますから。貴方は物を用意するだけでいいですよ。それぐらいできるでしょ?」


 こうして僕はチョコレートの原料であるカカオと、三女神教は教会設立許可書を手に入れた。

 資金の方は僕が彼らから買い上げるカカオの仕入れ日で稼いでもらう予定だ。


 僕はタケノコの模倣品を作れる代わりに、向こうは胸を張って教会を設立できるのだ。これぞWin-Winの関係だよね?


 ちなみに早速模倣したキノコなる菓子を売り出したら、タケノコより美味しいと客が殺到したのはいうまでもない。

 慌ててタケノコで対抗しても時すでに遅し。


 教会維持費を稼ぐ賃金をカカオの販売費で稼ぐしかなくなった三女神教徒達は一年もしないうちにこの大陸から撤退していった。


 そもそも金もない、チンケな菓子ひとつ持って金を無心しにくる教団に誰が喜んでお金を払うというのか。


【グリフォードの奴、空回っておるのう。タケノコを持ち出された時は随分と焦ったぞ?】


「だから言ったじゃないですか。初めて食べた時は美味しいと思いましたけど、食べ続ければ飽きますって。僕のキノコだってすぐにそれより美味しいものが出てきますよ。正直ポワソンさんのチーズスフレには負けますしね?」


【ぐぬぅ〜我も早く食したいの〜、そのチーズスフレというやつを】


「その為にも信仰を深めませんとね。今回は向こうが勝手に勘違いしてくれて助かりましたが、いい隠れ蓑になりますね、アフラザード様との繋がりは」


【多分今頃フランの奴怒り心頭じゃぞ?】


「えー、宣伝もしてあげてるのにですか?」


【ぶっちゃけ宣伝しても人気が出るのはパン屋の方で、奴の信仰は増えんからの】


「ああ、そういえばそうですね。それは迂闊でした」


【お主、どこまで計算づくかわからんの。知らぬ間に逞しくなりおって。我は寂しいぞ?】


「あはは、僕はいつまでも神様の眷属でいますよ?」


【ならいいのじゃがな】

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