第66話 キノコを作りたい

 話を要約すると、彼らの言い分はアフラザードの竈と同じく現状の打破そのものに焦点を当てている。

 しかしながらお菓子で釣り上げるという姑息極まりない方法を取り、その上で訴えかけるのが是非この街にも三女神教の教会を建てるべきというお布施だった。

 要は人を集めてお金をくれと言ってきたのだ。


 お菓子を作る代金があるのならそっちに回せば良いのにね。

 それともお菓子さえ渡せばみんな言うこと聞くと思ったのだろうか?

 考えの浅さに僕は頭を捻った。追い詰められてるからと、僕でもこんな胡散臭そうな連中に従わないだろう。


 しかしこれには流石にアランドローさんも一言いいたいのか挙手をしてから口を開いた。


「あー、私はこの街を預かるものだが、君たちの話は些か突拍子が過ぎる」


「アランドロー様よ!」


「領主様!」


「領主様もお菓子で釣られてきたのかな?」


「これ、滅多なこと言わないの」


 一人鋭い指摘をする言葉を吐く子供がいた。

 すぐにそんなことあるわけないじゃないとその両親にたしなめられていたが、アランドローさんが子供に見えない位置から親に向けて親指を立てているのを僕は見逃さなかった。

 格好をつけていてもこう言う動作で台無しになるのがこの人らしいといえばらしいけど。


「おお、この街のトップが来てくれるとは話が早い。どうだろうか? このギフト優劣社会に不満にくれる民衆を助けると思い、我らの活動を支持して頂けぬか?」


「それが早計だというのだ。そもそもなんだね? 人の街に来るなり、さもこの街にそんな歴史があったと言わんばかりに捲し立て民衆の不安を煽るばかりか金品を巻き上げるなど。蛮族と同じではないか!」


「我ら崇高なる三女神教の信徒が蛮族と同じだと!? 不敬であるぞ! 我らが教団には王国のお偉方もいるのだぞ!」


「そうか、ならここにいる子供は王族すら魅了する料理を庶民向けに改良して振る舞っているぞ? 私から見ればこの子の方がずいぶんと優秀に見える。何せ賃金の要求をしない。非常にスマートだ」


「なんでここに僕に振るんですか……」


「お前がこの領内で一番頑張ってさらには慕われてるからだよ。生まれは庶民、けれど貴族も唸らせるほどの料理を格安で庶民に売り、貴族と庶民の溝を埋めた功績があるじゃないか」


「いつの話ですか、それ」


 確かにここに来た時は険悪な雰囲気ではあったけど、それもいまは昔。アフラザードの竈を開いてからは庶民の団結はより強固に。貴族達も僕たちの流行に興味を示すようになった。


 それというのもアーシャさんが寄った時に放った言葉。

「カレエが絶品」という言葉にある。

 王家である彼女がそう言うのだ。それ以下が倣うのは仕方ない。


「それは本当か、少年。庶民でありながらこの時代。虐げられることなく、女神の信仰なくいがみ合う貴族と庶民を結びつけたと言うのか?」


 女神の信仰は既にある。女神なくというのは否定させてもらったよ。


「はい、僕のお店アフラザードの竈ではギフトの有無でお客さんを選びません。来てくれたらどんな素性の方でもお客さんです。それがお忍び中の勇者様でも特別扱いはせず、皆様と同じように扱っております」


「アフラザード……もしや、君は女神アフラザードの信徒であったか! つまりここは既にアフラザード信仰によって抑えられてるから我らの教義は必要ないと?」


 僕は店の名前を言っただけだ。

 だと言うのに向こうは勝手に信仰する神様を勘違いした。


「どうでしょう? 僕はただ神様から誰でも分け隔てなく手を差し伸べよと言われています。たとえ違う女神を崇拝していても、僕のお店に来てくれたらお客さんです。三女神教だからダメだなんて言いませんよ。ただ、来るなり遠慮なくお布施してくれと言われたら困ってしまいますけどね」


「ぐっ……確かに我らの言い分は都合が良すぎるな。だが我らは女神より神命を賜っている」


「それは今すぐにしなければならないことなのですか?」


「いや。だが、私が生きているうちに教会を建てるのが目標だ。旗印さえ立てば皆それについてきてくれると、そう考えている」


「それはあなたの都合ですよね? 神命という大義名分で人々を動かすための方便だ」


「ぐっ……ぬぅ……そうだ。私は信徒になりさえすれば人々を都合よく扱えると思い上がっていた。だが君のような本物に出会えて痛感したよ。人々は言葉だけを伝えても動かない。自分から行動してようやくついてきてくれるということが」


「そんな大それた事はしてませんよ? 僕は僕のできることしかしてません。アフラザード様は、何もできないポーターだった僕にパンを作るための加護を与えてくださいました」


「加護まで頂いているのか!?」


「ちょっとパンを作るときに醗酵が良くなったり、熱が保つ程度のものですよ?」


「それでも何もないよりはマシだ。私はまだ地位が低いのでそこまではもらえぬ。功を焦りすぎたのだろうな」


 三女神教の信徒を名乗る男の人は僕の説得でがっくりと崩れ落ちた。お集まりいただいた皆さんには例の『タケノコの山』を配って解散となった。 


 その帰り道、僕は手に入れた『タケノコ』を口に頬張りつつ、味の研究をする。

 サクサクしてる本体の方は卵と麦で作るスティックパンと似ている。

 しかしこっちの黒いのは正体が全く掴めない。

 身近にある黒いやつといえば醤油か海苔くらいしかない。


【その黒いのがチョコレートじゃな。カカオじゃ】


「これがチョコレートなんですね。これ、僕の技能で作れませんかね?」


【またあれを使うのか? エルウィンの体は一つしかないんじゃぞ? あまりアレを使うでない】


「でも……」


【でももカカシもなーーい!】


 神様は僕があの技能を使うことを快く思ってないようだ。

 どうにかしてチョコレートを手に入れたいな。

 でもその前に、中央にあるサクサクの方は手持ちに材料で何とかなるかもしれないので工夫を重ねていく。


「これにそっくりなお菓子なんですよね? キノコって」


【うむ、傘の部分はチョコレートでできておってな、芯の方がクッキーと呼ばれておる】


「クッキーですか?」


【うむ、ポワソンなら知っているかもしれぬな】


「じゃあ、今度聞きに行こうかな?」


【その方が良いじゃろ】


 神様とさんな談笑をしていると、工場の裏口からノックが鳴らされる。ドアを開けると、


「夜分遅くにすまない。少し時間をいただけないだろうか?」


 そこには、タケノコを配り歩いてる三女神教のリーダーが困ったような顔を浮かべて僕を訪ねてきていた。

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