第65話 タケノコの来訪
表通りとの和解後、僕たちはのんびりとした日常的を送っていた。ポーター業も順調で、薄く伸ばした梅ペーストもポワソンさんに買い取ってもらえていた。
しかしこうも平和だと何かイベントでも起きないかと望んでしまう。そんな時、船から降りてきた一行が降りるなり何かを宣伝するように声を張り上げていた。
暇を持て余していた僕はその声に耳を傾ける。
「我々は三女神教の代行者である! 今日はまだ信仰せずにいるもの達に神々のありがたいお言葉を授けに参った。心して聞くように」
このギフト時代に何をの賜ってるのだろうか?
道ゆく人々も特に興味なさそうに素通りしている。
しかし一方で僕同様、暇を持て余した子供達が見慣れない大人達を囲んで興味を示した。
それに気を良くした三女神教の代行者はありがたいお話の後、お菓子を配っていた。
僕も何をもらったのか気になったのでそれをもらうと、神様が表情を引き攣らせているではないか。
そのお菓子は手のひらに乗るサイズで、表面を真っ黒い何かで包み込まれている。中央は山のように円錐で尖っており、下に行くにつれて広がっている。
表面には精巧な模様が刻まれている。
ちょっとおしゃれな、貴族が食べるようなお菓子にも似ていた。
【それは……タケノコの山!! まだ残っていたとは……】
「これがタケノコなんですか?」
手の上に乗ったお菓子をマジマジと見る。
神様が言うには、この造形こそがタケノコなのらしい。
僕はそれをひょいと口に運び、もぐもぐと味を確かめる。
「美味しいですね。サクサクとした食感に、ほんのりと甘く、それでいてほろ苦い。貴族が好きそうな味わいですね」
【ぬぅ、エルウィンこそはキノコ派派と思っていたかったが、そちらに傾くじゃー】
「いえ、なんでこれを食べただけで派閥に入る前提なんです? 確かに美味しいですけど、僕としては断然キノコの方も気になりましたね」
【そうであろ? そうであろ? そう言うてくれると思っておった。是非再現を楽しみにしておるぞ!】
きのこに興味があると言っただけで、この機嫌の治りよう。
前の眷属にもちょろいとか思われてなければ良いけど。
ただ僕は他にもお菓子を食べたことがあるからすぐには靡かなかったが、普段からお菓子などを口に入れる機会のない庶民の子供は違う。
そのお菓子欲しさに親御さんを連れてきてねと言われてすんなり頷いてしまったのだ。
【拙いぞ、このままではセリーべの街がタケノコ派に乗っ取られてしまう。せっかく我らの手中に収めたと言うのに……】
いや、確かに食事は評価されてるけどベルッセンほどファンガス教を推してませんよ?
ポワソンさんやアランドローさん、そしてキジムーさんと獣人一族には教えたけど、従業員の皆さんや麺工場の皆さんには話してないのだ。
「それって乗っ取られるとどうなるんです?」
【皆がタケノコ信者になってしまうではないか!】
「ええと……タケノコが好きになるだけで、この流れだと三女神教にはまるで興味持たれませんよね?」
【むう? そうなのか。タケノコといえば三女神教ではないか】
「だからそレとイコールにならないと僕はならないと思ってるんですよ。だってそれ、神様が封印される前の記憶ですよね? そして今はいつでしょう?」
【10,000年後じゃな。そうか、我らの常識はとっくに滅び去っている?】
「そもそも女神に対しての知識も持ってないと思いませんか?」
【そうじゃったな。ではあやつらのやってる事はまるで無駄と?】
「そうですね。どうにかして数を集めて僕たちもキノコの里を作りましょう。
【奴らのお株を奪うのじゃな? すっかりと悪いことを考えるようになりおって。将来が心配じゃ】
「味の研究は料理人の嗜みですよ?」
【お主の本職はポーターじゃなかったかのう?】
それはさておき、子供の意識はすっかりタダでもらえるお菓子に釘つけだ。僕もまだ子供側。
なんとかして紛れてお菓子をねだらないと。
そのためにも大人役を付き従える必要があった。
「それを俺に言うのか?」
「良いじゃないですか。普段から僕のおかげで美味い飯食ってるでしょ?」
「はぁー、たく。すっかりひねくれた坊やになっちまって」
「そのお言葉、アーシャ様に言いつけておきますね?」
「やめろ! 社交会での俺のイメージが崩れる!」
「時間の問題では?」
「うがー」
呼びつけたのはアランドロー子爵。キジムーさんだと年が離れすぎてるし、ポワソンさんも同様。僕の親くらいの役割を果たせそうな人材はこの人ぐらいしかいなかったのだ。
ケヴィンさんとかは呼びつけるのも色々問題あるし。
そんなこんなで再び広場で合流。
お菓子欲しさに子供に宥められた親が怪しい宗教団体の前で人垣を作っていた。
「しっかし、こいつらは一体誰に許可を取ってこんな事を?」
アランドローさんはこの街を納める領主の御子息も兼ねている。
僕から要請を受けた直後は乗り気じゃなかったが、すぐに興味を持ってくれたようだ。
「アランドロー様は三女神教をご存知で?」
「ずいぶん昔に廃れちまった信仰だろ? 今じゃギフトの恩恵のみが神々からのプレゼントとされている。いまさら侵攻せよと言われても何をもたらしてくれるのかね? 神の御技の殆どはギフトで模倣できちまうわけだろ?」
「ええ、彼らがこの町で何をするのか気になりませんか?」
「確かにな。最初聞いた時は何事かと思ったが、一応俺のためでもあったんだな」
それはついでですと言ったら、この人は怒るだろうか?
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