第64話 梅干しの使い道

 使い方は難しいが、僕の方でもなんとかパンに扱えないかと四苦八苦する。


「まーだやってんのか、坊主。その酸っぱいのは不味くはないが、パンに無理に合わせる必要はあるのか?」


「そうなんですけど、ポワソンさんは使い方を思いついたのに僕だけ思い付かないのはなんか悔しいじゃないですか」


「気持ちはわかるが相手は一流だぜ? そりゃ、俺も腕を競い合おうって言われた時は嬉しい反面心臓が苦しくなったが。でもそんな天上人に腕を認められるって言うのはそれほど光栄なことなんだ」


「キジムーさんは何かいいアイディアありませんか?」


「流石に記事に練り込むのはやめとけよ? そいつの酵素がパンに悪影響な気がする」


「うっ、流石に分かりますか」


 そう、この梅干し。つけ汁が酢になるくらいに酸が強い。

 酵母菌は塩には強いが、酸などには弱くすぐ萎んでしまうのだ。

 いっそ何かに混ぜるかソースにでもして……その手があった。


「何か思いついたみたいだな。何か手伝えることがあるなら言ってくれ」


「ではカツサンド用のパンをいくつか発注外で作ってもらっていいですか?」


「おう、酵母はどうする? 米麹か。それともうちのオリジナルか?」


「できれば両方で」


「わかった。ほら新入り、手を動かせ手を!」


 ハリッドさんが怒鳴られている。僕のことが気になるのか手が止まっていたようだ。


 パンのことはキジムーさんに任せ、僕は店へと戻る。


「店長、焼きそばパン売り切れです! 追加どうします?」


 夕暮れの書き入れ時まであと三時間。今日は週末。

 冒険者も多いが住民の来客も多いだろう。それを瞬時に計算して売り出し分の予備を作る。


「焼きそばを500人前で! 他は200づつ作っておいて!」


「パンは間に合いますか?」


「さっき発注してきたから。間に合わなさそうなら僕がいく。それまでに具材の方よろしくね」


「はい!」


 時間的に店内は忙しそうだ。

 僕は工房の片隅を借りて例の梅干しの加工を始めた。


 メインは梅酢。そこへ刻んだ梅肉を添えて煮詰めた。

 偶然揚がったチキンフライを一ついただき、キジムーさんの工場で一つもらってきたパンに挟む。


 このままではチキンサンド。普段なら酸味の効いたドレッシングをかけてあと引く味にするが、僕はこの酸味を梅のソースで賄えないかと考えていた。


 息を呑んで一口。

 最初来るのは鳥のじゅわッと揚がった肉汁だ。

 次に酸味の効いた梅のソース。


「うん、まだ梅が強いな。梅肉の方は少し減らして……お肉の方は葉野菜も加えてっと……うん、いいんじゃないかな?」


【どうやら答えが出たようじゃの。上手くいきそうか?】


 まだわかんないですけど、これならパンにも合いそうです。


【なんなら麺にも合うのではないか?】


 麺にも? その発想はなかった。さすが神様。

 そうだ、僕には麺もあるんじゃないか!


 すぐに麺工場へと駆け出し、焼きそばよりパスタに近いツルツル麺を発注する。

 スープは何にしよう?

 酸味を効かせるなら塩?

 醤油は塩辛すぎるし、味噌は梅の香りが消えちゃうから……塩がいいかな?


 器に茹でたての麺、梅ソース。その上から塩見の強いスープをかける。沈澱していた梅ソースがスープの中で舞って華が舞うような煌びやかさがある。少し心躍るような、そんな気分だ。


 ポワソンさんのところでいただいたスープパスタのような味わい。しかし梅のソースが強くて中和させる何かが欲しいところだ。そこで先程食べた鶏肉を置く。

 しかし衣のついたチキンカツでは脂がスープに漏れ出してしまう。なら揚げなければいいのか?


 茹でた鶏肉を食べやすいサイズに切り、麺の上に。

 ああ、これはいいな。

 麺を絡め取るたびに梅ソースが絡み、梅の酸味に鶏肉の淡白さとジューシーさが程よい。


【なんだかラーメンのようじゃな?】


 ラーメンですか?


【うむ、以前話した眷属の他にも日本人とは縁があってな。ラーメンと呼ばれる食べ物があるのだ。スープに麺、添えた野菜と肉を薄く切った奴が並べられたものだそうだ。あまりにも美味しそうに啜るので我も御相伴に預かったのよ。しかし我が食すには少し味が複雑すぎてな。美味いと思う前にいろんな情報が入ってきて頭がいっぱいになってしもうた】


 へぇ、スープのお出汁は塩ですか?


【いや、色々あったぞ? 中にはオーク肉の骨を煮込んだ骨髄スープなんかもあったな】


 それ、大丈夫なんですか?


【我も食ったことはないが、随分と食いたそうにしておるのを覚えておる】


 へぇ。いつか僕も食べてみたいですね。


【案外すぐ食べられるんじゃないのか? 詳しくは日本人しかわからんが、我も食べたくなってきたのう】


 僕も楽しみです。アヤネさん、早く帰ってこないかなぁ。


【その前にほれ、一緒に働く従業員がお主の器の中身が気になるようじゃぞ?】


 あ、やっぱり気になっちゃいますかね?

 僕は雇い入れたアルバイトさん達に小休止しませんかと呼びかけた。


 梅のソースは食べ慣れるまでは大変そうにしていたが、食べ終わる頃にはすっかり好みの味になっていたようだ。

 あんまり消費されるのは困ってしまうけど、今度は梅干しの量産も考えなくちゃね。


 ピザの方はチーズが入手次第とした。

 美味しいけどコスパが悪すぎるのだアレは。

 そういう意味では梅干しも大概だ。


 大量生産すると僕が忙しすぎてポーター業をできなくなるからほどほどにしておきたい。


 この試作1号はのちにラーメンとして売り出そう。

 アランドローさんは受け入れてくれるだろうか?

 ポワソンさんの評価も気になるところだよね。

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