第63話 返礼品
後日、ポワソンからピザのお返しがしたいと商業ギルドを通して手紙をいただく。表向きはピザのお返しとしているが、間違いなくチーズを手渡したことのお礼だろう。
その日はポーター作業はお休みして、お店も任せ僕は再びレストランに向かった。
「いらっしゃいませエルウィン様。中でシェフがお待ちです。こちらへどうぞ」
「はい」
まだ二回目なのにすでに僕の顔は向こうに知れ渡ってるらしい。というか、それくらいしないと貴族界で生きていけないのだろうね。僕記憶力に自信ないから羨ましいな。
案内された場所は個室。
そこには満面の笑みを浮かべるポワソンさんと、何故かアランドローさんが居た。僕が車で談笑でもしていたのだろう。
テーブルにはティーカップが置かれ、それぞれ量が減っている。
空いてる場所は僕の席だろうか? 会釈しながら挨拶した。
「この度はお招きいただきありがとうございます」
「そういう格式ばった挨拶は省いて良いぞ。今日はプライベートな集まりだからな」
「そうなのですか?」
「今日は定休日なのだ。普通ならどんな理由があろうと来客はお断りしているのだが、それでも君にはお礼がしたかったのでね」
「聞いたぞ、エルウィン。何をどうしたかわからないがチーズを生み出したんだって?」
「生み出したわけではないですよ。オリジナルとは程遠い僕の試作です」
そういう事にしている。
実際に僕の技能で作ってるので嘘ではない。
「それでもこの親父が偉く気に入ってる。チーズはまだ世に出たばかりの商品だが随分とこだわりが強いんだ。それを見ただけで真似できるエルウィンの技術を高く評価してるそうだ。もちろん、俺もな」
ウェイターが茶器を傾けて、置かれたティーカップに注ぐ。
ずっと付き従っているのだろうか?
アランドローさんは結構身振り手振りが大きいのだが、お付きの人がそのオーバーリアクションにぶつかることはなかった。
「過大評価いただきありがとうございます。しかしまだ試作品。表に出すのはご遠慮いただきますよう」
「無論、私もそのつもりだ。しかし私も受け取るばかりで何の返礼もしないのは職人のプライドに関わるのだ。こんなささやかな礼では私の気持ちは晴れぬが、是非君に私の技術を味わっていただきたいのだ」
「俺は先にいただいたぜ。流石ポワソンと言ったところだ」
「紅茶が進む味なのですか?」
「ああ、実に貴族向けの繊細な味わいだった。これを庶民が口にすることは滅多にないことだ。それくらいの事をエルウィンはしたのだぞ?」
「はぁ、恐縮です」
この人はいちいち僕へのヨイショが激しいな。
世話になってる手前、あまり無碍には扱えない。
僕は愛想笑いを浮かべながら流す事にする。
スラムから変わらぬ処世術だ。
そして目の前に出された固形物……にしては随分と柔らかいものにフォークを差し込む。
すんなりと皿まで当たり、ふわふわの綿のような軽さの生地を一口食べると口の中で消えてなくなった。
「ふぁ……すごいですね、これ。チーズの仄かな風味が口の中で広がり続けています。噛まなくても解けるように溶けていく生地も不思議です」
「はっはっは、驚いてる驚いてる。まぁ俺も最初食べた時は心底驚いたよ」
「本当に、食べても食べてもあとひくお味で」
「気に入っていただけたようで何より。それはチーズスフレと呼ばれる菓子でな。大量にチーズを使うので本当に一握りのお客様にしかお出しできないのだ」
「あ、だからあの時コストの問題で手を引いたのですね?」
「ああ。私の趣味で作るのならいくらでも金をかけられるが、お客様にお出しするのはコストが定められている。君にならその意味はわかるよね?」
「ええ。僕も勇者様のお供の一人、アヤネ様のご希望の品を作り上げるために散財しましたが、あれを通常販売するなら一般の方にお出しするのは難しくなります」
「例の霊薬の材料か。あれで一体何が出来上がるというのだ?」
「アヤネ様の遠い故郷で親しまれてるトッピングで、梅干しと呼ばれるものです」
僕は懐に忍ばせていた殺菌済みの梅干しを取り出した。
袋に封入されたそれを前に出し、受け取ったポワソンさんは袋越しに感触を確かめていた。
「封を解いてもよろしいですか?」
「ええ、そちらは差し上げます。召し上がっていただいてもよろしいですが、味の方は随分強いのでソースのように扱っていただくのがベストかと」
「うん、この強い酸味。ビネガーが使われているのかね?」
ビネガー?
【酢のことじゃな。梅干しを作る時の汁を梅酢と呼ばれることもあるらしいぞ?】
成る程。
「いいえ、ビネガーは使ってません。それを作る過程でビネガーに似たものが出来上がるのです。あいにくと手持ちにはございませんが……」
「ああ、いや。聞いてみただけだよ。味は……うん。思った以上に塩辛いね。が、逆にこれくらい強い味の方が素材の味を生かしやすい」
ポワソンさんは小さく千切った破片を口に入れて味わっている。
僕は一つを口いっぱいに含んで後悔したっけ。
やはりプロの料理人は着眼点が違うな。
どんな素材でも貪欲に自分の料理に組み立てようとするのだ。
この貪欲さは見習いたい。
パンには不向きと僕は早々に諦めたが、取り扱う素材が多いポワソンさんは向き不向きを選択しながら思案してる。
それを横目に見ていたアランドローさんが興味を示して残りを一口で食べてしまった。
「あっ」
「貴重な素材が……」
「うげぇえええ、すっペーーー!!」
案の定、何とも言えない顔をして吐き出してしまう。
きっと今頃口の中の唾液が湧き上がってしまっている頃だろう。
この人が本当に貴族なのか疑わしくなるけど、シェリーさん曰くこの人もケヴィンさん同様擬態の上手い人だったらしい。
「今日はすまなかったな、貴重な素材を無駄にしてしまって。あれ、実際に買うと一ついくらぐらいするのかね?」
「ああ、今回は僕の説明不足が招いた結果ですから弁償していただかなくても……」
「いや、個人的に興味があるのだ」
「そうですね、壺単位で一壺ジャッハ銭2枚です」
「は!?」
大金貨二枚。シギル銭なら2000枚。シルク銭なら20万枚に及ぶ。アランドローさんが恐れ慄くのも無理はない。ただの食材に普通そこまで
「やはりか。して、一壺あたりいくつほど仕込まれておるのかね?」
「50個位ですか」
「なら粒単価シギル銭40枚か。迂闊には手が出せんな」
「チーズの比じゃないな。あの酸っぱいだけのトッピングがなぜそんなに高価なんだ?」
「材料に霊薬エリキシルの素材、赤のシキリスを大量に消費しますので」
「ああ、あのバカ高い素材か。入手するのも大変だったろう? よく集めたな」
最初は通ってたけど、最終的に入手の見通しが立たなくなったので完全再現で数を集めたのだ。菌の消費量が膨大で僕の頭はおかしくなりそうだったが、日本食再現は神様の願い。
眷属としてそれこそ命を削ってでも成功させたよ。おかげで時間はすごいかかったけど。
しかしそれを口に出すわけもいかず、それとなく濁す。
「例の場所に入り浸りましたから。おかげですっかり顔パスですよ」
「これはヘタをすると我々よりお金を使ってるかもしれませんぞ?」
「そのようだ。庶民、庶民と馬鹿にすると痛い目を見そうだ」
「そう言いつつも、彼の働きで随分と経済の周りが助かってるのではないですかな?」
「ああ、助けられっぱなしだよ。おかげさまで俺の面目丸潰れさ」
「だからと当たり散らしていては貴殿の器が知れると言うもの」
「ポワソンさん、もっと言ってやってください。この人ひどいんですよ。次々新作作れって」
「あー、お前それは誰にも言うなって言ったろ!?」
「あれ? 今日はプライベートな集まりではなかったでしたっけ?」
「ぐぬぬ……」
「これは一本取られましたな、殿下?」
「くそぅ、味方がいない」
「冗談ですよ、アランドローさんにはいつもお世話になってます。プライベートの場でたまに本音が漏れてしまうのは勘弁してください」
「だ、そうですよ?」
「わかった許す。だからこれ以上おっさんの前で恥をかかさせないでくれ〜」
どうやらアランドローさんはポワソンさんの前では下手な発言をしたくないようだ。そう言えばどう言う関係か聞いてないや。
レストランのシェフ以上の素性がありそうだけど、自分から明かさないのを聞いて気を悪くされても困るし、その場は流して僕は帰宅した。
たまにレストランに食べに来よう。
そのためにはチーズの量産分も菌を溜めておく必要があるか。
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