第61話 キノコタケノコ戦争

 アヤネさんに聞いたトッピングを早速商品に反映させたところ、すぐにはウケが良くなかったが、一度口にすればあとはもう早かった。

 アフラザードの竈に間違いはない。そんな噂とともに新しいバージョンの焼きそばパンも売れてくれた。


 そんな嬉しい朗報はアヤネさんの口から齎された。


「エルウィン殿、遂に! ついに見つかったぞ」


「えっと?」


「紫蘇だ。我の求めていた赤紫蘇が入手できたのだ」


 大手を振りながらこちらに駆け寄ってくる姿は見た目に反して子供のよう。問題は出てきた場所である。

 そこは一般市民が入場するのが憚られる貴族御用達の市場である。


 一体いくら支払ってそれを入手したのか?

 勇者の御一行だから足元を見られたのではないか?

 そんな気持ちが湧き上がる。


「嬉しくないであるか?」


「いえ、一歩前進ですね」


「おお、わかってくれるか。エルウィン殿は我らの希望だ。もし同じ故郷のものに出会った時振る舞ってやってくれまいか? 某達は明日をも知らぬ身。別大陸に渡るということはそういう事だ」


 アヤネさんなりに僕に託すつもりなのだろう。

 だというのに僕ときたら仕入れ値のことばかり考えて……入手してくれたアヤネさんの気持ちまで考えていなかった。


「はい、きっと必ず梅干しを物にしてみせます!」


「うむ! 良い返事だ。リンシア殿はまだどこかエルウィン殿に疑わしげな視線を送る時があるが、某は信じておるぞ?」


「心強いお言葉です」


「では我らはそろそろ旅立つ。後のことは任せた」


 そう言って、アーシャさん達は別大陸に渡った。

 僕が紫蘇の葉を受け取ってから梅干しを完成させる半年もの間、帰ってくることもなく。


「アーシャさん、大丈夫でしょうか?」


【彼奴らなら大丈夫じゃ。そもそも誰を倒すというんじゃ?】


「誰の遣いにもよるんじゃないですか?」


【ふぅむ、女神が何を目的にして行動しとるかが分かればの】


「そもそもどうして仲が悪いのかも僕は分かりませんが」


【話せば長くなるんじゃが、ずっと黙っておくのも悪いしの。よし、特別に語ってやろう。アレはまだ我が生まれて数十年も経たぬ頃じゃった】


 神様は語り出す。

 当時を思い出すように、少し照れくさいのか恥じらうような仕草を見せつつ、僕に聞かせた。


 今から10000飛んで500年前。

 神様は人類の生活の中で自我を持った。

 菌類の意思として、やがて人々にもてはやされるように位階を上げて神へと至ったまだ若い女神がファンガス様だったらしい。


 その当時世界では女神様が世界を分つ勢力を持っていて、それぞれの眷属が各国への抑止力となる役目を持っていたのだそう。


 しかし新興勢力の神様は国を持たず、眷属に命名する資格もブレブレだった。


【よし、お主気に入ったぞ。我の眷属として召抱えてやろう】


「ありがたき幸せ」


 それが第一の眷属、日本から召喚された勇者。磯貝ハヤトだった。

 ハヤトは異世界の知識をまだ神っぽくないファンガス様に披露したそうだ。

 その中の知識が神様を通して僕へと引き継がれている。


「これは俺の世界で一番うまいって言われてる菓子でさぁ、神様にも食べさせてあげたいなぁ。でもこの世界にカカオあるっけ?」


【カカオというのが何かは分からんが、もしそれを食す機会があるのなら楽しみにしておこう】


「はは、こんなに光栄な事もないよね」


 それは『キノコの里』と呼ばれる菓子で、麦を卵と水で焼き固めた菓子にチョコレートなるものをキノコのような形に模した物だとか。

 それがまた美味で、神様が口にした中で一番美味しかったそうだ。


 しかし国に管理されない女神に危険視をするもの達が現れた。

 それが三女神教。

 例のグリフォード様率いる女神達である。


「我が神があなた方に何をしたというのか!」


「その強すぎる力を国が管理しないということが問題なのだ。潔く軍門に下るが良い!」


「何故、自由を縛りたがる!」


「人は女神の託宣に縋っている。その風紀を乱す存在を我らは駆逐するのみ!」


 同じ人間が、女神の託宣によって争い合う。

 ただ力を有しただけで排除され、数の暴力がファンガス様と勇者を追い詰めた。


「何故、人間同士で無益な戦いを……」


【それ以上喋るでない、ハヤト。我を置いて先に行かんでくれ】


「申し訳ございません、我が神よ。どうやら俺はこれまでのようです」


 勇者ハヤトは天へと旅立ち、その悲しみを埋める為にファンガス様は新たに眷属を募る。

 勇者ハヤトの無念を晴らすために、己の権能を悪いことに使うことすら許可して悪に染まった。


 それがのちに語られる最悪の魔王の誕生だった。


「そんなの、濡れ衣じゃないですか!」


【我が封印される前はそんな言いがかりが横行しておった。位階の高さは権力の高さ。グリフォードはな、自分では動かず周囲を口先ひとつで動かして我への先兵としたのだ】


「それに抗うために悪い方へ悪い方へ流れて行ったのですか?」


【それもあった。じゃが、詳しく話を聞けば、奴もまた人間に絆されておったのだ】


「人間に?」


【ああ、其奴も異世界からの召喚者での。タケノコの山という菓子が最高とほざいておるそうだ。キノコの里とは長い間争いあっておったらしい。その因縁なのか、キノコの里を好く我らを疎ましく思っとるようでの】


「えっ? たったそれだけの理由で人類を巻き込む戦争を?」


【以前も言ったであろう? 当時の我は若かったのだ。そして女神という奴らは総じて自分勝手であると】


「でも今は相手にしてないんですよね?」


【良い加減懲りたしの。確かにキノコの里は美味い。タケノコの山も上手いのじゃろう。しかし我はキノコの里が好きだったのではなく、キノコの里を好いておった眷属が好きだったのだと封印中に気付いてな】


「今はもうその事について決着は出ていると?」


【うむ。我とてあんな争い事はもうごめんじゃ。我らのわがままに眷属達を巻き込む事もの】


「ならよかったです。僕もキノコ派になれと言われたら考えているところでした」


【なんじゃ、キノコは嫌いか?】


「大好きですけど、タケノコを食べたことがないのでどっちが好きかは今は決められないですね」


【それで良い。あの時の悲しみを背負わせるような子でなくて我は嬉しいぞ】


 そう微笑む神様は普段通りの神様だった。

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