第60話 最高のトッピング

「そう言えばエルウィン殿、マヨネーズはないのであるか?」


「マヨネーズ?」


「ああ、これは某の好みではあるが、オム焼きそばにはソースとマヨネーズがかかっている方が好みでな」


「そのマヨネーズはどうやって作るんですか?」


「確か卵と酢、塩、油でできたと思う」


「それをソースと合わせる?」


「うむ、素材の割に出来上がるのは真っ白と見た目が変化するのも面白いのだが……ああ、卵は黄身のみ使うのだ。白身と分けて欲しい」


「えっ」


 アヤネさんの突然の告白に僕は戸惑う。

 ボールの中には卵が一つ。

 白身と黄身が一体化している。

 手を入れて白身を外そうとするがどうにもいかず、黄身が破けてしまう。


「あっ」


「ごめんなさい。うまくできなくて」


「某の時代には便利なアイテムがあったでござるが……こんな問題があるとは……」


【その場合は卵を半分に割り、片方に黄身を入れながら白身をこそぎ落とせば良い】


「なるほど! さすが神様です」


「ファンガス様の知恵には脱帽であるな。某、実際にやったことがない故」


【我もやったことはないがの。じゃがエルウィンならできるであろう】


「ファンガス様程のお方でも苦手分野があるのでござるなー」


 うんうんと頷くアヤネさんと神様。

 そんな二人に見つめながら、僕はうまいこと白身と黄身を分ける事に成功していた。

 次に塩、酢、油を注いで混ぜていく。

 最初こそ油と黄身が分かれてうまく混ざらなかったのだが、泡立てるように回すと次第にまとまってくる。


「うわ、なんか急に白くなりました!」


「これを乳化と呼ぶのでござるよ」


「乳化!」


【じゃが出来の方はどうじゃろうな?】


「ドキドキ」


 アヤネさんが用意したやきそばを巻いたティノを解いてマヨネーズをスプーンで掬って乗せた。


「うーむ、ちょっとイメージと違うでござるが、味は変わらぬ。ではいただくとしよう」


 パクりと一口。そして目を瞑り咀嚼を続ける。

 しばらく頭を捻っていたが、何かを思い付いたのか塩を追加で振りかけて食べていた。

 どうも塩分が足りなかったようだ。それともティノが単純に薄味だからか。ティノ部分は屋台によって味が違う。それこそ当たり外れがあった。

 焼きそばの方は麺とソースを合わせて販売してるので、どの店でも再現が可能なのだ。けどそれ以外のレシピは秘匿。


 貴族の人たちは融資するからそのレシピを教えてもらおうって腹づもりだろう。


「うむ、これだこれだ。あとは紅生姜があれば最高でござるな」


「紅生姜とはなんでしょう?」


「ふむ、そこもまだ発見されておらぬか」


「はい。梅はあれど紫蘇はなく。梅干しも作れずじまいです」


「おぉ! 梅干しであるか。それは是非とも再現してもらいたいものだ。梅干しは良いぞぉ。保存も効くし、握り飯の具としても優れている」


 やはり食いついた。しかし肝心の紫蘇の出どころがわからないと来た。


「しかし紫蘇がないか。某の方でも探してみよう。しかしその前にこの町でも出来そうなものを再現して見ぬか?」


「えっと?」


 僕はアヤネさんの目論見を察することができず、頭を捻った。

 市場を歩き、あれだあれだと指をさしたのは……海藻だった。


「これが必要なんですか? お味噌汁の具、と神様に聞きましたが」


「うむ、厳密にはこれを含むあおさと呼ばれる海藻類を煮て刻んで天日に干したものを海苔と呼ぶのだ」


「海苔!」


【うむ、聞いたことがあるぞ。握り飯に巻いたりするのであろう?】


「さすが女神様。その博識には頭が下がるばかりです」


【えっへん。どうじゃエルウィンよ。我の知識はすごいであろう?】


「流石です」


 ぱちぱちと拍手を送る。

 だが肝心の作り方はピンとこないようだ。


「取り敢えず、海苔? 作って見ますね。煮て刻んで干すでよかったですよね?」


「うむ、それ以上は某にもわからん」


【我も黒くて薄っぺらいということしかわからんの】


 むしろそういう情報を欲していた。

 さすが神様と絶賛して数日が経過する。

 アヤネさん達はチケットを入手するまでの数日間はここで遊んで過ごすようだし、僕はそれまでに海苔を作ってみせると意気込んだ。


 そしてついに、それっぽいのが出来上がる。

 翌天日に干したのでパリパリだ。

 それを千切ってティノで巻いた焼きそばの上にふりかけた。

 マヨネーズも添えて食べてみる。


 もちもちとした焼きそばにソースの強めの味が口の中で暴れる。

 そこでマヨネーズの独特の味わいがソースの味をまろやかにした。ほんのり油っぽいが、それでもソースほどじゃない。

 最後に香る海苔の香味。

 アヤネさんが求めてる味がわかったような気がした。


「実はソースもマヨネーズも、こう、ピューっと一本線で絞り出すような容器があると最高なのだが、それをこの世界に求めるのは些か厳しいか?」


「可能な限り作って見たいです。まず設計からでも、教えてもらえますか? ツテを使って作り上げてみせます」


「うむ、日本料理の再建にはエルウィン殿の頑張りがかかっておるぞ。某からも知恵を授けねばな」


「ありがとうございます!」


「そして海苔だが、千切るのではなく刻む。これくらい細かい方が某は好みだな」


「勉強になります!」


 アヤネさんの指導を受け、僕の日本料理再現計画はまた一歩進んだ。


「本当にこれがファンガスの姿なの? リージュ様はアレの何を恐れていたのやら……」


 眷属には女神の姿がよく見える。

 リンシアさんは僕と一緒に日本食再現を目指す神様を見てそのような言葉を溢した。

 まだ勘違いをしてるのかな?


 確かに封印される前は悪いことをしていたのかもしれない。

 きっと何か誤解があるはずだ。

 その誤解を、僕の行動でうまく解ければ良いんだけど。

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