第59話 最悪の魔王って誰のこと?

 セリーべに拠点を構えて一ヶ月が経過した。

 最初こそポーターの合間にパン屋業が出来たらいいなって思ってギルドで案内を受けたけど……そこからが激動で。


 でも、悔いはない。

 僕はやっぱり物作りが好きで、それを応援してもらうとやってよかったって思うんだ。


 最初こそそっけなかった相手からも、食べ物を通じてならすぐに打ち解けられる。

 そんな空気が好きで、次も、次もとそれが繋がっていつしか僕がオーナーさんみたいになって。


 僕としては作ってるだけでいいのに、入ってくるお金の多さに目が回って、それを得意な人に回したらもっともっと事が大きくなって……そして僕のお店、アフラザードの竈・セリーべ支店はセリーべの街に置いて常に新作を生み出す中心地になっていた。


 そして噂が大きく慣ればなるほど、貴族からの囲い込みが始まる。

 商業ギルドのマスターさん。アランドロさんはこの街の領主さんの御子息で、何かあるたびに僕にパーティーに出ないかとお誘いしてくる。


 このパターンはシェリーさんで懲りている。

 出れば矢面に立たされ、そして友好関係である事を強要されるのだ。別にそれはいい。

 問題はそのあとだ。それが相手から相手へと延々に続くのだ。


 紹介して終わりではなく、紹介する事で自分を売り込むのだ。

 僕自身を売り物として見ている。それが少し嫌だった。


 貴族は僕の事を見ていない。

 見ているのは僕が作り出す商品や生み出すお金だけ。

 作り手の気持ちまでは考えてない。

 だから僕は物作りを趣味と言い続ける。

 そして、この街もそろそろ潮時かもしれないとおもった。


 そんな時だ。いつにも増して冒険者ギルドが騒がしくなったのは。購買に配達前、多くの人垣を分けて入り。

 その先で見知った顔を確認する。


「あら、エルウィンさん?」


「あ、お久しぶりです。アーシャさん。こちらへは何をしに?」


「少し外の大陸に出向く用が出来ましたの。ここへは船のチケットを予約しに来たのよ。けれどセレンが口を滑らせてわたくしが勇者であると知られてしまったのですわ」


 心底うんざりだと言わんばかりに頭を横に振る。

 セレンさんはペコペコと頭を下げていた。

 アヤネさんが僕の首から下げてる籠に目を奪われる。


「エルウィン殿、ここでもパン屋さんに勤めているでござるか?」


「ええ、まあ。アヤネさんもおひとついかがですか? おすすめはこの焼きそばパンで……」


「焼きそばパンでござるか!?」


 すごい食いつきだった。やはり日本人と言ったところか。

 神様の思惑通り、焼きそばには目がないようだ。


「むぅ、しかし惜しいでござるな。ここまで作っておいて青のりも紅生姜もないとは。しかし十分にうまい。さすがエルウィン殿よな」


 もぐもぐと褒めているのか物足りないのかよくわからない褒め言葉をいただく。


「君は……確か乗合馬車でご一緒した子よね? 勇者様とお知り合いだったの?」


「ああ、ええと女神様の眷属の?」


「それは他人の前で言っていい事ではないわよ? どこに敵の耳があるかわかったもんじゃないの」


「あ、はい。ごめんなさい」


 そこにいたのは乗合馬車で出会ったエルフの姉妹の姉の方だ。

 妹はどうしたのだろう?


「およ、リンシア殿のお知り合いであったか?」


「本当に一瞬、寄り合い馬車でご一緒になったのよ。妹と一緒にね」


 もぐもぐと焼きそばパンを食べつつエルフ姉妹の姉事リンシアさんに語りかける。食べながら喋るのはマナー違反ではないのだろうか?

 セレンさんのセーフゾーンがいまいちわからない。


「そう、彼は除菌の女神様の眷属で、実際に菌獣ともやり合って勝っているのよ?」


「除菌の? 聞いた事ないわね。女神の名は?」


「確かファンガス……?」


 そこまで言った時、リンシアさんの眉根がピクリと動く。

 後ろ手に何かを握り、殺気が僕に向けて放たれる。


「リンシアさんは僕の女神様と何か因縁が?」


「いや、あたし達の神様が魔王と示した神と似た名前をしていたのでね。少し興奮してしまったわ」


 すぐに殺気は霧散した。それはまるでこちらがどんな反応を示すか様子を見るようなものだったのかもしれない。怖いなぁ、僕は戦闘はからっきしだから。


「ドリーシュ様がファンガス様を魔王と仰ったの?」


「正確にはそうだとは、ただ細菌を操り、病魔を撒き散らし人々を苦しめる事に喜びを覚える邪悪な存在であると」


「じゃあ違うわね」


「違うでござるな。エルウィン殿はどちらかといえばパンを通じて街の発展を遂げる方でござる。菌獣もむしろやっつける方でござったし? 女神違いではないか?」


「そういえばこの前来た時よりも随分と賑わっていますね。今日は何かイベント事でもあるのですか?」


「もしかしなくともエルウィン殿が関わっていそうではあるな?」


「あはは……まぁそうとも言えますけどね」


 アーシャさんとはそこで別れ、僕はエリンさんへ今日の分の配達を持っていく。購買の前では冒険者が出待ちしていた。

 焼きそばパンは予約だけで無くなってしまう。

 先ほどアヤネさんが買ってしまった分があれば間に合ったのに、目の前の虚空を見つめる冒険者に涙拭けよと仲間が肩に手をかける。


 タイミングが悪い人もいるもんだ。

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