第57話 酒粕酵母パン
醗酵には次の段階がある。それが醸造だ。
それは偶然の産物で出来上がった。
ついうっかり米を煮炊いた鍋に『細菌活性』を施してしまった。
本当はその隣にある鍋に施すべき処置。
すぐ近くに置いていたがために、まとめて処置されてしまったのだ。
すぐに元に戻そうと『保菌』を試みるも時すでに遅し。
気がついたのは蓋を開けた時、部屋に放たれる匂いからだった。
「うわ、酸っぱい」
それは浅漬けを作るときに放たれる匂い。
パンの酵母菌からも同じような匂いがするが、米を炊いたものからはより米を濃縮した甘味が香る。
そこへ神様が寄って行って、翼を失った鳥類の如く落っこちた。
慌てて駆けつけるも無事だと言う。
そしてその次に述べた言葉にようやく僕は新しい能力を授ったことに気がついたのだ。
【すっかり醸造されておるの。これは酒じゃ。じゃがあと一歩と言うところじゃな。これではどぶろくじゃ。我の眷属が作って飲ませてくれたのを思い出すわい】
「お酒ですか? それは街で呑まれてるエールのような?」
【そうじゃ。お主は米から偶然それの類似品を作り上げたのじゃ。生半可な『細菌活性』では出来ぬことじゃぞ? 彼奴も位階を五に上げてようやくたどり着いたのじゃからな。そう言えばエルウィンよ、お主のステータスの方はどうなっておる?】
「ステータスってなんですか?」
【そこからじゃったか。まあ知らなくとも困らんがな】
「はい。僕は神様からいただくお知恵で毎日が楽しいですから」
【じゃがこれからは知っておくと良い。我の眷属たるエルウィンよ。目の前を水平に凝視し、ステータスオープンと念じるのじゃ】
「念じるだけで口に出す必要はないんですか?」
【口で言わずとも良い。一度開けばあとは意識の片隅に残り続けるもの。それがこの世界を統べる創造神アルテミアが残したステータスじゃからな。ギフト持ちなんかもそこら辺を流用しておるようじゃぞ】
「へぇ」
言われた通り念じてみる。
言語はこの大陸で使われている統一言語。
何故か僕には読むことができるので困らない。
だが書くことは何故かできないのでギルドでは代筆してもらってる。
◯────────────────────◯
名称 エルウィン=イクス・ウィル・クロスロード
性別 男
年齢 13
血筋 貴族(廃嫡)
恩恵 zナ%n♯ァk
信仰 ファンガス、アフラザード
位階 五
権能 保菌、細菌活性、細菌振動、細菌撲滅、上位進化
技能 除菌_Ⅹ、醗酵_Ⅹ、熟成Ⅴ、回復_Ⅳ
⁇?_Ⅲ、浄化_Ⅱ、着火_Ⅱ、醸造_Ⅰ
称号 アルテミアの化身
ファンガスからの寵愛
アフラザードの興味
◯────────────────────◯
「あ、位階は五になって上位進化が増えてます。あと技能? 今まで権能を応用で使ってたのが技能として並んでますね。その中に使った覚えのないものが増えてます。もしかしてこれが原因でお酒が?」
【やはりか。しかし恐るべき成長速度じゃの】
「何で僕はこんなにも早く位階が上がるのでしょう? お話を聞く限りでは長い道のりなのですよね?」
【普段であればな。じゃが思い返せばエルウィンは日常から権能に頼り切った生活を送っておるからの。そのおかげかもしれんわ】
「ごめんなさい……」
【責めておるのではないぞ? 我が眷属は変わり者が多い故な。権能以外の知識も豊富。じゃからあまり頼られなんだ】
「こんなに便利なのに……」
【もっと便利な世界からやってきているんじゃよ。じゃからエルウィンが気にする事ではない】
「はい、ありがとうございます。僕はこれからも神様の権能に頼らせてもらいますね?」
【うむ、しかしこれをどうする? エルウィンは酒を飲まんじゃろ?】
「このお酒、酵母菌としては仕えませんか?」
【使えなくもないが、それで良いのか? うまく仕上げればエールよりも上等な日本酒が出来上がるぞ?】
「それでも僕には有り難みが分かりませんから。だったらパンに役立てたいです」
【すっかりパン職人の顔つきじゃな。好きに使うと良い。どのみち権能は努力なしで使えるものではないからの。それが使えるのもお主の努力があったからじゃしの】
「はい!」
僕は早速その新しい酵母菌を持ってキジムーさんのパン工房へと赴く。キジムーさんもその独特な香りの酵母菌のすっかり興味を示し、それに合わせたパンも仕込んでくれるようになった。
「試作1号だ、味見してくんな」
「わ、いいんですか?」
「うちの連中には絶賛だったぜ? 俺も食べてみたがうちの酵母とは一癖も二癖も違う。その実力は未知数だが、案外何にでも合いそうだな。ところでこれ、材料は何を使ってるんだ?」
「お米です」
「家畜の餌の?」
「ベルッセンでは麦と同じように炊いて食べる場所もあるんですよ」
「ふぅん、想像もつかねーわ。が、坊主が言うんだ。それはきっと美味いんだろうな」
「ええ、カレエなんかともよく合うんですよ」
「あのカレエならなんでも合うだろ?」
「そうなんですけど……キジムーさんもカレエがお気に入りで?」
「今でも俺ん中で鮮烈な記憶を残し続けてるぜ。世の中にはあんな刺激的な食い物があるのかと、時折口にしたくなるんだ。ま、俺に限らずだがな?」
工場の片隅で働く従業員の一人が視線が気になるのかこっちを向いた。あの背格好は……ハリッドさんに違いない。
相変わらず僕の事を避けてるけど、大丈夫。
僕は僕の、彼には彼の道があるのだ。
しかしカレエが好みとは。案外仲良くなれるかもしれないね。
けどそれはそれ、今はキジムーさんとのお話中。あまりそっちに意識を傾けすぎてもいけない。
「あはは。あいにくとカレエの製法は社外秘で」
「それでいいと思うぜ、こういうのは独占しながら他の店に睨みを効かせるのも商売のやり方ってもんだ。なんせうちの酵母菌も娘にだって内緒だぜ? このまま墓場に持ってくつもりだからな」
「ええ、お互いに一番の秘密を大切にしていきましょう」
「おう」
こうしてできた酵母菌は、表通りの麦パンとも違う新たなパンの一種として裏町で密かに流行し続けた。
むしろそれ単独で食べても美味しいとあって、小さく切り分けて袋に詰めて売るようになったそうだ。
間食に最適らしい。
当初は具材を挟む方向で考えていたが、その繊細な味わいを殺してしまうとして、今主流の焼きそばを挟むのは諦めることになった。残念。
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