第56話 やきそば

 裏街の特産の一つに、小麦を水と卵で溶いて薄く焼いたものに刻んだ葉野菜と炙った肉や魚を包んで頂くティノと呼ばれる食べ物がある。


 これの良いところはシンプルな生地なので大体何にでも合うことくらいか。肉や魚も簡単に手に入るし、表通りではまずお目にかからないジャンクフードの一つだ。


 僕のところのカツサンドなんかは挟んで食べるのが似ていることもあって受け入れられている。


 しかしどうにも僕には物足りない。

 白パンの様にふっくらしていないので汁物は基本的に合わず、カレエは問題外。合わせるならカツや何か固形のものがベストだ。

 そんな時、僕はまたも神様からの助言を受け入れる形となる。


【では麺類はどうじゃ?】


「麺類ですか? どういったものです?」


【ふむ、この時代にはまだ普及しておらんか。いや、貴族界では普及しておるっぽいな。状態としてはパンに酵母を入れずに薄く伸ばして専用の道具で雨の如く細くした粉物じゃ】


「へぇ」


【よく分かっておらん様じゃの。実際に食べてみた方が早いじゃろ。表通りにゆくぞ】


「はい!」


 いつだか話題になっていた、表通りのレストランへと赴く。

 ここにはドレスコードが必要で、今の僕には敷居が高く感じた。

 周りも貴族ばかりで完全に浮いている。


【何をかしこまっておる。領主との面会時に装ったスーツがあるじゃろ? あれに再び袖を通せば良いだけじゃ】


「あ、そうですね。僕としたことがうっかりしてました」


【ブローチもしておけよ? アレがエルウィンの後ろ盾に誰がいるのか教えてくれるじゃろうて】


「はい。さすが神様」


 僕は早速着替えて胸元にブローチを装着する。

 流石に背負い袋は持ってこなかった。今日は体験がメインだからね。お金はここ最近ポーター業で稼げているので多少足が出ても大丈夫なはずだった。


「いらっしゃいませお客様。席にご案内いたしますね」


「ありがとうございます」


 感謝の言葉を述べたら、失笑された。

 もしかしてお礼を返すのはここでは失礼に当たることなのかな?

 貴族ってよくわからない。


 席に通されて、注文表に目を通すもどれも聞きなれない言葉に彩られていた。


【どれ、我が選んで見せよう。丁度おあつらえ向きに絵が載っておるな。ページをめくってみるが良い。我が示したものを選ぶのじゃぞ?】


 はい、ありがとうございます。

 ここでは独り言も目立つからね。なるべく心の声で対応する事にする。注文をする時はテーブルに置いてあるベルを鳴らしウェイターと呼ばれる人物を呼び出すことがここでの常識だ。

 料理名は敢えて名前は出さずとも「これ」や「あれ」「いつもの」で済ませてしまうのが常連具合を示すバロメーターらしい。


 僕もそれに倣って「これを一つ」「あとこれは食後に」とそれっぽく振る舞った。


【なかなか様になっておったぞ?】


 もう、茶化さないでくださいよ。

 そうこう言ってるうちに料理が到着。

 早い。時間にして五分もたっていないぞ。

 いったいどんな料理なんだろう。


【ほれ、そこのフォークを皿の中心に真っ直ぐに立てて、クルクルと巻き取っていただくのじゃ】


 なかなかに変わった食べ方をするんですね。

 周囲を見やれば確かにそう言う食べ方をしていた。

 真似して口に含めば、麺はもちもち、芯はそれなりに硬く面白い食感。噛んでるうちに麦の香りが広がり、次第に絡んだソースの味わいが口に広がる。


 このソースがまた美味しいのだ。

 麺類そのものは単調な味わい。ソースのバラエティを変えて味や季節を演出するのが貴族の料理なのだと僕はそのレストランで学んだ。


 食後にいただいたのはパイと呼ばれる菓子だった。

 何層にも重ねた生地をバターの蒸発する熱で膨らませる何とも変わったお菓子。


 麦本来の香ばしさとほんのり甘い砂糖の味わい。

 わざわざ葉っぱの形に切り取って、葉脈まで描く手間のかけよう。目で見て驚き、口に入れて感動する。

 まさに高貴な方の食の交流の場と言ったところか。


 最後に麺料理はパスタと呼ばれていた。ソースは何につけても味が濃い。本来そう言うものなのだろう。

 僕ならこれに何を纏わせる? 食事中、そんな考えばかりが脳裏をよぎった。今日は本当にいい勉強になった。


 お金を払い、お店に帰る。

 一瞬どこのお坊ちゃんがやってきたのかと店内は大騒ぎだったが、事情を明かせばなるほどねと頷いてくれた。


 雇い入れた主婦の方々の生活の場は裏町で固定している。

 それと言うのも表通りは物価が異様に高い。

 食事だけでシギル銭を取られるのは庶民では考えられない話だとか。だったらエルト銭で安く買えるティノで十分だと語る。


 食事にそんな大金をかけられるのはそれこそ貴族だけと言う話だった。気持ちはわかるよ。以前組んだ冒険者もシギル銭をみるのは初めてだって聞いたからね。


 僕は早速普段着に着替え、食材の調達から始める。

 だいたいは市場で揃うから本当に助かるよ。魚の水揚げ量が最大規模を誇るだけであって、割と何でも取り扱ってるのが強みだと思う。こう言うお店、ベルッセンにはなかったもんね。


 そこで僕は実際に麺を茹でて絡めるソースを選んでいく。

 そして行き着いた先は特濃ソースだった。

 この何ともチープな味わいが良いのだ。少し塩辛い気がするのはパンに挟む前提だから。

 ただ、今まで通りのまんまるい形状じゃ食べづらい。


 そこで僕はキジームさんに商品に見合った形にできないから相談しに行った。


「おう、坊主。今日の注文はさっきうちのモンが持ってかなったか?」


「今日は別件を持ってきました」


「聞くだけ聞こう」


「実はですね……」


 紙とペンを用いて挟む具材に応じて形を変えられないかの交渉をする。【こういうのは実際に形を想定して伝えた方がわかりやすいじゃろ】とは神様談。


「なるほどな、長く伸ばすのか。まぁ整形に関しては有能な新人がいるし、そいつに任せればいいだろう」


「へぇ、新人教育頑張ってますね」


「オメェも知ってる顔だぜ?」


「誰だろう?」


 誰かは知っているけど敢えて濁しておく。

 ハリッドさん、こっちで頑張ってるんだなぁ。

 あの人は恥ずかしがり屋だから、僕に認知されると不機嫌になるからね。敢えて知らないふりをするのが最善な距離の取り方だ。

 向こうから伝えてくるまで僕からは何も言わない事にする。


 僕と同じように、彼は今迄なし得なかった日常を身に刻んでいる最中だ。他人の付け入る余地もないくらいに今迄と決別しようとしているんだ。

 その気持ちが僕には手に取るようにわかるから。


「ではできたら完成品をお持ちしますね」


「楽しみにしてるぜ。坊主の発想は俺らの上を軽く超えてくるからな」


 少し大袈裟では?

 そう思うが、神様からしても着眼点は悪くないという形になった。


 数日間の試作を終え、ついに商品として初お目見えする。

 今回ソースを絡める関係上、麺を茹で戻す際に魚を干して砕いた魚粉と呼ばれるものを使用している。これが野菜だけのスープと違い独特に香味を出してくれた。

 ソースと絡めばまさに芳醇な香り。


 ただある程度を茹で戻してから鉄板で炒める工程を挟む。

 これは特濃ソースの余計な水分を飛ばす工程だ。

 麺のもちもち感に香ばしいソースが絡んで調理中は何が出来上がるのか興味の対象だった。


 そして味見の際、絶賛されたのである。

 普段ソースは揚げ物の付け合わせとして親しまれている分受け入れられやすかったのが幸いしてすぐにこの焼き麺パンはブームになった。


 しかし麺も様々で、仕入れた麺によってはうまくまとまらない時もあった。

 そこで神様が【材料は安いんじゃし、いっそ一から麺を作り上げたらどうじゃ?】と提案。


 お店を作るよりは安く仕上がった麺工場で、僕は焼き麺を作った。


 しかしそうなると今まで買い入れていた業者さんが怒り出す。

 ついには焼き麺専用麺として売りに出す始末。

 これには僕も頭を抱えた。

 焼き麺パンはカツサンドと同じくらい世に広まってしまったのである。どうにかして商品名を変えないとと案を出すが焼き麺の名前が売れすぎていて収拾がつかない。


【いっそ商品名を焼きそばにしたらどうじゃ?】


「そば、ですか?」


【うむ。素材は違うが、封印前に仕えてくれた眷属がこれに似た様なものを焼きそばと呼んでおったのを思い出したのじゃ。本来のそばがどういったものかは我も知らん。きっとアヤネならば我らの欲する答えも知ってはいると思うが、一旦これでつけてはどうじゃろう】


「真似されるんじゃ?」


【遅かれ早かれじゃ。何じゃったら商業ギルドで商標登録をしてしまうのも手かもしれん】


「商標登録ですか?」


【我の時代はそうやって類似品から身を守っておったぞ。今の時代で同じことができるかは知らんが、一応聞くだけ聞いてみよ】


「はい」


 実際商標登録は出来た。

 その代わりそれなりのお金を支払う事にはなったが、一度してしまえば他にこの名前を出す時商業ギルド側で対処してくれるというもにだ。


 他のお店でも焼きそばパンは売られたけど、ウチほど深い味わいのソースは作れなかったようで僕のお店が次第に元祖と呼ばれるようになった。

 売れすぎるのも問題かもしれないね。

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