第54話 獣人との和解

「こんにちわハリッドさん。そろそろ来る頃だと思っていましたよ」


 店の後片付け後、僕の前に剣呑な気配を匂わせて現れる。もう戦争は免れないのかな?


「この件から手を引けと言ったのに、どうしてお前は見ず知らずの……それも出会って数日の他人にそこまで入れ込むことができるんだ?」


「僕がやりたかったからですかね。表通りの方の思惑は分かりませんが、キジームさん程の腕前の職人をそのまま潰すのは惜しいと思いました。やはり戦争は免れませんか?」


「いや、ボスからの報告は条件達成だそうだ。そしてこれ以上の介入は無理だろうと手切れ金を渡されたそうだ。お前の起点で俺たちの雇い主は失職したそうだぞ?」


「はて? 僕はただお店を出しただけですが?」


「どこまでもシラを切る奴だ。お前は本当に何者だ? ただの子供の様に見えて、やたらと強い。腕っ節の方では負ける気は無いが、その心のあり方が異常だ。普通俺たちの様なならず者に絡まれたら手を引くのが真っ当な人間だ。少なくとも俺の知ってる人間ならそうする」


「そうですね。以前までの僕なら……神様と出会うまでの僕だったらきっと同じ事をしています」


「なら、どうして自分を大事にしない? 下手をすれば海の底で魚の餌だ。そんな事もわからんお前じゃあるまい?」


「はい、ですがハリッドさんは多分そこまではしないと信用してましたよ」


「なぜ、そこまで他人を信用できる? それも俺の様な神から裏切られた種族を。忌み嫌われ、人と同じ括りから外された俺たちを!」


 その感情は全てを奪われ続けてきたものの叫びの様に思えた。

 僕もそうだった。あの頃は誰も信用できず、生き残るには自分以外はみんな敵。相手は出し抜くためにあるんだって、そう思ってた。


 でもそれだけじゃないという事を僕はアフラザードの竈で学んだ。ギフトを持ってない僕なんかに、ポーターしかできない僕なんかに手を差し伸べてくれた。


 人間なのに人間扱いされなかった僕。

 そんな僕から見たら、獣人もハリッドさんだって同じ人間。

 少し毛色が違うだけで、同じ人間だと知っているから。

 だから、手を差し伸べる。僕がそうしてもらった様に、僕が彼らの架け橋となろう。


「なんの真似だ?」


「僕は獣人たちのことをもっとよく知りたい」


「俺たちを救おうって言うか!? 施しは受けん。我らはその身を捨てられど気高き一族。気持ちは嬉しく思う。が、俺たちは相容れんよ。この身が獣に飲み込まれる限り、呪いの足枷がずっとつきまとう。最初こそ気にしていなかったことが、だんだん我慢できなくなる。そうに決まってる!」


【これは病気じゃの。エルウィン、そこまでして此奴らを救う価値はあるのかの?】


「そうだ、お前の神様の方が随分と物分かりがいいじゃないか! あんたからも言ってくれ! この坊やに考え直せと」


【お主には聞いとらん。我らの話よ、口出ししないでもらおうか?】


「チッ」


 ハリッドさんはどうしても僕の気持ちを受け取りたくない様だ。

 また裏切られるからと、そう思っているらしい。


「ハリッドさんの手は、パンを作るのに向いていると思いました」


「あ?」


【ほんに、お主はしょうがないのう。すっかりパン職人の様になりおって。仕方ない、一族丸ごと我が引き受けよう。獣人に我の恩恵を授ける。それで良いか?】


「なにを勝手に決めている!! 俺たちは何者の施しも受けんとあれほど……」


「話は聞かせてもらった。女神よ、今の言葉違いあるまいな?」


「ボス……どうしてここに」


「お前が珍しく熱を入れていたからな。仕事の報酬を受け取ったら次の仕事にすぐ移るお前が、自分のわがままを優先した。それが珍しいと思ったのよ。そうしたら我らに黙って大事な契約を蹴り飛ばそうとしている。お前はいつからそんなに偉くなった? なぁ、ハリッド」


【フン、お主が此奴のまとめ役か。ならばしっかり首輪をはめておけい。我の可愛いエルウィンが傷を負ってしまったぞ? この落とし前はどうつけるつもりじゃ?】


「あいにくと我らは人類種から獣と同類に扱われているのでな。相手に傷を負わせたと言うことは自衛と同義と受け取っている」


【口のへらんやつよ。じゃが、気に入った。それくらい元気な方が扱き使い甲斐があるわい】


「我らに恩恵を授けてくれることには感謝しよう。しかし我らの言葉までは縛れんぞ?」


【それを決めるのは我じゃよ。我が名はファンガス。其方らのお困りごと、見事解決して見せよう。まずは月夜の晩に暴走してしまう悪癖を躾けんとな?】


「は? そんな事……」


 今日はまだ昼だと言うのに月が浮かび、それはまあるく彩られている。ハリッドさんは厚着した服の素手から毛皮に覆われた腕を出している。

 けどそのボスは人の姿のままだ。


「なにをした! 我らの体に一体なにを!」


【なに、少しルアーナからの影響を弱めただけじゃ。お主らは我の恩恵で獣へと任意で変身できるようになった。それと獣時の体につきまとうノミなどの害虫からも強くなった。あとはそうじゃのう、毒物も効かんぞ? どうせそこらへんのものをよく熱さずに口に入れるじゃろ? ちょっとした配慮じゃの】


「そこまでしていただけるのか? 一族を代表して感謝する。我が神ファンガスよ」


【別にこれくらいただの福利厚生じゃ。他の神はどうか知らんが、これから我に仕えてくれるならこれくらいの奮発、痛くも痒くもないわい】


「バカな! そんなバカな事! ボスもこんなちんちくりんに騙されちまってる!」


「ハリッドさん」


「なんだ」


「良かったですね、神様から救われて。これで僕と一緒です」


「なんなんだ、お前は……本当に」


「ハリッド、お前は人から優しくされた事がないからわからんだろうが、この子はお前がどれだけ追い払っても、きっと同じ言葉を吐き続けるぞ? 受け止めてやれ。それだけでいいんだ」


「くそ、調子が狂う。その顔を俺に向けるんじゃねぇよ!」


 それっきり、僕の前にハリッドさんは現れなくなった。

 しかし数日後、キジムーさんの工場によく似た背格好の人物が汗水垂らしてパンの仕込みをしている姿を目撃する。

 そこにいるのはフード脱ぎ捨てたハリッドさんだった。

 やっぱりパン職人に向いてるよ。僕の目に間違いはない。

 その日は声をかけずに注文表だけを置いて店を後にした。


 後のことはキジムーさんがうまくやってくれるだろう。

 僕が出ると機嫌を損ねてしまうかもしれないからね。

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