第53話 縁を結ぶ架け橋

 商業ギルドを出てすぐに、僕は冒険者ギルドに向かった。

 既に人気のパン屋としての実績が出たのか、売り子候補の確保ができたのかエリンさんが受付の席で声かけをしている。

 顔見知りでもあるので僕が顔を出すと、にこりと笑って声かけしてくれる。


「いらっしゃいエルウィン君。今日はどうしたの? 残念だけどポーターのお仕事はまだきてないのよ。お父ちゃんはずいぶん助かってるみたいだけどね。助っ人も仕込みの時だけ来てくれれば良くなったし、朝~お昼はエルウィン君の好きな事をしててもいいのよ?」


「あ、今日は別件です。今度近くにお店を作ることにしたので人員募集をしたいと思いまして」


「え、うちのお店辞めちゃうの?」


「そうではないですよ。実は新しい商売を思いつきまして、キジムーさんにも協力していただけたらなと」


「そういう事……実はお父ちゃんまだまだパンが焼き足りないって息巻いてるのよ。確かにあたしの身を案じればすごく助かるペース配分なのだけど、エルウィン君がいてくれた初日のアレを思い出しちゃうそうなの」


「あはは、その節は大変失礼しました。それでどうでしょう、ここでは人でも提供してもらえると伺ったのですが。一応商業ギルドさんへは赴いて出店場所と営業許可証はいただいてきました」


「なら問題ないわね。あたしの方でも案内出しておくわ。場所はどこ?」


「旧表通りで、キジムーさんのお店と市場とのちょうど中間になります」


「あら、ご近所さんじゃない。でもそこって結構お高い物件じゃない?」


「少し奮発しました。それを回収するためにも成功させたくて。お願いできませんか?」


「それくらいならお安い御用よ。でもどんなお店なのか気になるわ」


「それでしたら今朝作った試供品があるので置いていきますね。お昼にでも食べてください」


「まぁ、今日はお弁当持ってこなかったから助かるわ。とてもいい匂いね。お昼ご飯が楽しみよ」


「それじゃあ、人員の方、お願いしますね。僕はもう一件寄るところがありますので」


「はいはーい、またねエルウィン君。次の方どうぞー」


 エリンさんは元気よく受付業を再開した。

 パン屋のお店版と受付業と二足の草鞋を履いてるけど、どっちも苦にならなそうで何よりだ。

 僕は冒険者ギルドから出ると市場へと赴いた。


「こんにちは! ムーリエさん」


「お、坊主。今日も買い出しか?」


「そんなところです。昨日買い付けたお魚がとても美味しかったのでまた買いに来ちゃいました」


「嬉しいこと言ってくれるね! どれも水揚げされたばかりだ。料理に合わせて提供するぜ!」


「あ、じゃあフライにしたいんですけど、どれがいいとか有りますか?」


「フライ? カツの様に衣に包んであげるのか? ならこのヒールアイなんかいいぜ。煮付ければとろみが強く、それでいてあっさりしている。身崩れはしやすいが、サイズを合わせて衣で覆えばサクットロッの二つの味が楽しめる。主婦の強い味方よ」


「実はこの街の定番だったり?」


「分かるか? ガキの頃はお袋の作ってくれたこの料理が大好物でよ。今は作り手が居なくなっちまったが、それを思い出してまた食いたくなっちまうんだよな」


「定番だったらいつでも食べられるのではないですか?」


「うん、まあそうなんだが家庭によって味付けも変わるんだよ。うちのお袋はレストランで働いてたことがあってさ。それで違うのかもと思ってたんだ」


「なるほど。実は僕、今度近くにお店を出す予定でして、そこで今日買ったお魚のフライをパンで挟んだ軽食を出す予定なんです」


「軽食か。パンで挟むのはどうしてだ?」


「フライ単品だと油分が強いじゃないですか。だから少しでも抑えるためにパンに挟もうかと」


「なるほどな。でもキジムーの親父さんとは業種がかぶらねぇか?」


「そこは考えてまして、パンの方をキジムーさんに頼もうかと」


「じゃあ坊やはフライの方を担当するのか」


「挟むのはフライだけじゃなく、他にも色々案があります。でもそんなバックストーリー聞いちゃったらヒールアイのフライは絶対売り出したいですよね」


「お袋のには遠く及ばないと思うが頑張ってくれよ」


「はい。ではキジムーさんに注文を請け負ってくれるか聞いてみますね。これ、お代です」


「毎度」


 市場を出た足でキジムーさんのお店へ。

 徒歩10分も掛からずにたどり着く。人通りが少ないからすいすい歩ける。


「こんにちわー」


「まだ昼前だぞ? こんな朝早くからどうした。仕込みするにはまだ早いぜ?」


「実は折言ってご相談がありまして」


「バイト料の相談か? ちょっと待ってくれ。坊主くらいの仕事に対しての分け前はきっちりしときたい。それと酵母がよ、少し膨らんできてるんだよ! こんなことここ8年くらい無かったことだぜ? 俺ぁ、朝からワクワクが止まんなくてよ!」


「それは良かったですね。でも僕のご相談は少し趣旨が変わります。実は僕、近所に新しいお店を開こうと思いまして、そこでキジムーさんにパンを卸して頂きたいのです」


「なに!? うちを辞めるのか!!」


 どうしてここの家族は揃って同じ言葉を口にするのやら。

 分かってる、それだけ当てにされてるってことだ。


「どのみち酵母が復活したらお払い箱ですよね。それまではいるつもりですが、実は泊まってる宿を追い出されちゃったんです」


「だったらうちに泊まり込みでもいいぞ? 部屋はたくさん余ってるからな」


「それだといざ新しい従業員を入れるスペースがなくなってしまうじゃないですか」


「別に遠慮しなくたっていいのによ」


「実はもうお店を構える場所を決めてしまいまして」


「それなら引き止めらんねえな。どこだ?」


「この旧通りの並びです。市場とちょうど真ん中にある少し広めの場所で、こんなものを販売する予定です」


 僕が背負い袋から取り出したのは今朝作ったカレエを包んだパンにパン粉をまぶしてカラッと揚げたカレエパン。そしていくつか揚げたカツやフライを取り出した。


「なんだかみょうちくりんなもんが出てきたが、これはパンか?」


「前いたパン屋さんではこういうのも提供していたんですよ」


「貰っていいか?」


「どうぞ、そのためにお出ししましたから」


「美味ぇ。なんだこれ、どんな材料を使ってるのか全くわからねぇのに本能が目覚める旨さだ」


「他にもこのカツをキジムーさんのパンに切り込みを入れて、葉野菜と一緒に挟んで、こうドレッシングをかけまして。はい、どうぞ」


「こんなもんがうまいのかねぇ? せっかくのパンが台無しになっちまうんじゃねぇのか?」


 キジムーさんはあくまでパンを主体で売りたいのだろう。

 レッガーさんと全く同じ事を言っている。

 だが、それを一口咀嚼してからすぐに考えを改めた。


「世の中には俺のまだ知らねぇ料理があるんだな。いいぜ、その注文受けてやる。その代わり、仕込みの量は増えるが構わんよな?」


「望むところです!」


 僕はこうして名物料理を生み出すに至った。

 お店の名前は、アフラザードの竈・セリーべ支店とした。

 僕のパン作りの原点はやはりあの場所なのだ。どこで作ろうと僕の気持ちは変わらない。店の名前はそう言う意味合いも込められていた。


 そんな僕の手がけるサンドパンは、裏街を中心にどんどん噂が広がっていく。

 いくら単品で美味しくとも、あくまでパンはパン。

 主食にするには物足りない。僕の目論見はそこにあった。


 最初こそ飛ぶように売れていたキジムーパン店の売り上げも、僕のお店と競合し、やがてこちらの売り上げが勝ることになった。

 向こうで作ったパンが売れずとも僕が買い取るから損失はほぼゼロ。


 だったら店を開く意味はないんじゃないかと僕のお店専用工場となり、店内販売をやめてしまう。

 多少狙いはあったが、そんなあっさり決めてしまうとは思いもしなかった。

 キジムーさんはパンで稼ぎたいと言うより、焼いたパンを美味しく食べてもらえるんなら自分が前に出なくてもいいと割り切ったみたい。


 僕としても願ったり叶ったり。そしてハリッドさんの仕事も一件落着だ。向こうの仕事はキジムーさんがパン屋を畳むことだから。表に出さなければ問題ないのではと僕は思っている。


 けど予測に対し、僕は再びハリッドさんと相対することになった。

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