第52話 商業ギルド
翌朝、カブの毛布を剥がし、カビまみれの背負い袋からパッパとカビを払う。
どうせ今日も朝食待機だろう。
そう思って用意してると、唐突に扉が開いた。
宿屋の主人だ。
「坊や、悪いけど今日限りでここを出ていってくれないか?」
「はい?」
「困るんだよね、こう毎日毎日行列を作られちゃ。商売をするならね、商業ギルドを通してもらわないと」
「商業ギルドですか?」
「そうだ。知らないのかい?」
「ではそこで許可をもらえればここで商売しても大丈夫だと?」
「ダメだ。ここからは退去してもらう」
「前払いした分の代金は返してもらえるのですよね? まだ2日目。僕も贅沢をできる身分でもないもので」
「それはもうない。いいからそれを食べたら直ぐに出ていってもらおうか!」
【なんじゃ此奴! 昨日までは何も言わなかっ癖に!】
もしかしなくても昨日の件でですかね?
憤慨する神様を宥めつつ、朝食を頂く。
そのまま荷物を持って宿を引き払った。
【もう二度と客として来んからなー!】
「はい、こんな扱い前まではありませんでしたからすっかり油断してましたよ。しかし困りましたね。泊まる宿がなくなりました。大通りは一泊の価格がおかしいし、これはキジムーさんのところに泊まり込みさせてもらうほかないような?」
【遅かれ早かれという奴じゃな!】
「それよりも先に営業許可証をもらいに行きましょうか」
【そうじゃの】
そう思って商業ギルドへ赴くも、パン屋をしたいという願いは通らなかった。対応してくれた受付のおじさんも心底困ったようにいう。
「困るんだよねー、うちの街も観光施設としてそれなりに外からの客に向けてアピールしていかなくちゃいけないんだ。それもパン屋だって? 表通りの『ラ・ソワール』さんを知らずに言っているのか? あの店と比べてお坊ちゃんのパンが如何に粗末な物か売り出してから後悔するが良い!」
「あ、じゃあパン屋じゃなければ良いんですか?」
「急に話を変えるな。パン屋ではないとは言えそれなりの基準が必要なのだ」
「じゃあここで作って見せますね。味見をお願いします」
「ちょちょちょ、本当に話を聞かない坊やだな。もう勝手にしなさい」
勝手にしろというので勝手にさせてもらおう。
僕は魔道具を使ってカレエを作る。
流石に建物内で仕込むのはこれが初めてだ。
しかも誰に食べさせるわけでもなく調理を続けていく。
「なんか良い匂いするな。坊や、これは何を作っているんだ?」
「実は今日、ここに営業許可所をいただきにきたんですよね」
「そうか。でもなんでここで料理を?」
「パン屋はダメだということで、他の料理ならどうですかって言ったら厳しい審査基準があるの一点張りで」
「誰だ、そんなデタラメ言う奴は」
「あの人です。ほら、あの奥に座ってるおじさんです」
「あー、あいつか。悪いな坊主。あとでその料理食わせてもらえないか?」
「あいにくとこれは審査員さん用に作ってるので。通りすがりの人に渡すわけには……」
「要は俺が審査員足りえればいいんだな?」
意気揚々とおじさんにお話ししに行くお兄さん。
あの人誰だったんだろう?
「ギ、ギルドマスター!? 何故ここに」
「よぉ、ハッサン。俺が王都に出かけてる間に随分おかしなことになってるじゃねーか。ええ?」
「こ、こここ、これには深いわけが!」
「深いわけかどうかは俺が判断する。ここでは俺がルールだ。それで、あの坊やはここに営業許可証をもらいにきてるんだろ? それを何故か審査する形でしか判断しないと言ったらしいな? いつからルール変更になった? そこんとこ詳しく頼むわ」
「そ、それは。全く相違ありません……」
「よし、じゃあ俺が許可出せばあの坊やは今日から店出しても問題ないな?」
「はい〜……」
どうやらさっきのお兄さんはここのギルドマスターさんのようだ。ほぼ脅しに近いトークで担当さんを締め上げ、自分ルールで審査員の座を勝ち取ってしまった。
「よーし、と言うわけで食わせてくれ」
「あ、はい。お米は大丈夫な方ですか?」
「米? 牛の餌か?」
「実はそのお米、炊き上げるとふかふかの食べ応えであと引くんですよ」
「へぇ、坊やが見つけたのかい?」
「いえ、僕は教えてもらったんですよ。それで、そのお米にこのソースをかけまして」
「それをスプーンで掬って食べるのか?」
「僕はここで食べても良いのですが、まだここからが本番です」
「まだ何かあるのか? もう十分にうまそうだが」
「これをここへ……」
「それはオーク肉のカツか。ヤバさが底上げされやがった。もう食べて良いのか?」
「カツの方はフォークの方が食べやすいと思います」
「ああ、確かにな。ではいただくとしよう」
お兄さんがもぐもぐと口に運び、直ぐに辛さが込み上げてきたのか顔を汗だくにする。そのままカツを放り込み、ジュワッと口の中に広がる油で辛味を抑え、カレエの辛さがほどよくなったところで調和する。
そこへカレエをもう一口。
カツだけでは拭えない辛さは、お米を噛み締めると辛さが抑えられていく。
息着く暇もなく、食べ終え、お兄さんは満足そうに笑顔を浮かべる。
「美味かった。これはなんと言う料理だ?」
「僕はカレエと呼んでいます。ここから離れたベルッセンという街で今ブームの食事です。領主様もお忍びで食べに来るほどの味と評判です」
「ベルッセンの……カジール伯爵の領か。久しく赴いてない間に面白い名物ができていたのだな」
「お知り合いで?」
「ああ、シェリー殿とは学園で同期だったんだ」
成る程、そう言った縁か。
「あ、じゃあケヴィンさんて知ってます?」
「はぁ、坊やは王子様ともお知り合いなのか?」
「王子様? いえ、僕が言ってるのはシェリーさんと一緒に冒険者をやってる方の……あれ? でも確か貴族だと言っていたはずです。王子様だったんですか?」
「くは……あの方は妹君に王位を任せて自由奔放に暮らしてるという噂は真実だったか」
「そうとは知らず無礼を働いてしまったようです」
「いや、あの方が好きでそうさせてるのなら謝る必要はない。そうか、あの方がな。シェリー殿はご苦労されてるようだ」
「あの、それで」
「ん、ああ? 許可証か。それならくれてやる。この味なら住民も喜ぶだろう。それより店を出す場所は決まってるのか?」
「それもご相談しようと思いまして」
「分かった。それもこちらで手配しよう。おーい、ハッサン仕事だぞ。資料を揃えてくれ」
「はい、ただいま!」
こうして僕は土地の候補地と営業許可所を手に入れることになった。場所は敢えてキジムーさんのお店から程近い場所に構える予定だ。
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