第51話 決別

 凄い力で押さえ込まれる。

 しかし対抗できないというほどではない。

 毎日食べてる神様特製のキノコのおかげだろうか?

 簡単に振り払い、距離を置く。


「やめてくださいよ、僕はあなたと敵対したくないです!」


「!? お前、どうして俺の拘束を振り切れる。満月の夜ではないとはいえ、人間が獣人の膂力を上回るなんてどんな冗談だ!」


「うるせぇぞ! クソガキども! 今日は仕事終いだ! さっさと帰んな!」


 ただの言い争いだと思ったのか、僕とハリッドさんはキジムーさんに揃って店から叩き出された。

 相変わらず沸点の低い人だ。これじゃあ僕が抗ったのも無駄である。なんていうか、そういう大雑把なところが利用されやすいんだなと思った。


 店の裏門から叩き出されて、宿に帰る道で会話を続ける。

 今更さっきのやり取りの続きをする気にもなれず、なんか普通に並んで歩いている。

 なんだ、この微妙な空気。僕はどうしたらいいんだ。


 しかしハリッドさんが表通りの刺客であるならば色々と辻褄が合う。この人が出入りする場所は主に店と工房、そして酵母菌の冷暗所にまで至る。

 要は妨害工作をする為に向こう側が送り込んだスパイなのだ。


 だというのに随分とキジムーさんに好かれている。

 働いてる時のハリッドさんも熱心にパン作りに打ち込んでいるようにも思えた。案外天職なのかもね?


 レッガーさん然り、ハリッドさんもケンカ以外にこういうものづくりが向いてるのかもしれない。


「さっきの事、キジムーさんには隠し通すつもりなんですか?」


「言えるわけないだろ、手伝いと称して仕事の邪魔をしていたなんて」


「言うのが怖いんですか?」


「は? そんなわけないだろ。いうことを聞かなかったら暴力を振るってでもいうことを聞かせてやる。俺は本気だぜ?」


「出来るんですか?」


「…………やってやるさ」


 答えを出すまでに少しの間があった。

 やはりこの人はキジムーさんを心の何処かで慕っている。

 一緒に働いたらわかるよ、そう言うのは。

 だからその言葉を聞き出す。


「嘘ですね、ハリッドさんにキジムーさんは殴れませんよ」


「なにぃ? 貴様俺を愚弄する気か? 獣人のオスは一度交わした約束は死んでも守る。契約なら尚更だ!」


「それでも無理ですよ。だって僕が守りますから。僕の権能がある限り、どんな妨害にも屈しません!」


「くっ、厄介な奴が来たもんだ。あと少しで契約も完了だって時に……」


 本当に契約を最優先した言葉かどうかはその目を見ればわかる。

 もし実力行使に出ているのなら、もっと早い段階でキジムーさんは救急院の世話になっている。

 しかしそれがないと言う時点でハリッドさんが温情を感じているのは見て取れる。


「俺たちの組織を相手に戦争でも仕掛けるか?」


「それもいいですね。ですがもっといい手がありますよ?」


「恐れ知らずかよ、坊主」


「もっと怖い目に遭ってきましたからね。それに、不思議とハリッドさんには負ける気がしません」


「やってみるか?」


「やめましょう。怪我をしたら任務にも支障をきたすでしょ? 僕も明日の仕事に差し支えます。それに……」


「ああ、うちのボスは仲間を傷つけられたら群れで報復をしに来る。懸命な判断だ」


「違います。人間の、それに子供に負けたら獣人の名折れだ。報復どころか僕を殺そうと必死になってくると思います。それこそ何人死んでも止まらないでしょう。それは僕も望んでません」


「ガキが……我ら一族を舐めすぎだ!」


 ヴゥルルルルル……獣のような威嚇の後、ハリッドさんの姿がその場からかき消える。

 脇腹を何かが通り抜けた。

 すぐに痛みがその場所から溢れ出す。

 僕の血に濡れた腕を舐めながら、ハリッドさんが呟いた。


「俺はお前をいつでも殺せるぞ。舐めた口は聞かないことだ」


「全く、喧嘩っ早いのは人も獣人も違いありませんね」


 僕は手のひらに細菌活性を込め、怪我をした患部を治す。

 無理やり脇腹の細胞を繋ぎ、止血。のちに切れた血管を繋ぎ止める。その光景にハリッドさんは目を細めた。

 構え、動き出す。

 背後を取るつもりか、眼前から消えてみせる。

 同じ手ばかり食うものか。


「意外とやるな、人間の癖に!」


「凄い方に鍛えてもらいましたので!」


 振り下ろされた手刀をクロスした腕で挟み込み、掴む。

 そのまま腕を背負って投げ飛ばした。

 アヤネさん直伝、背負い投げという技だ。

 武器を使わずとも無手でも強い。

 僕にとっての護身術の一つ。


「うおっ! くっ、面妖な技を!」


「僕の師匠は勇者に旅についていける人です!」


「なんの冗談だ、それは!」


 拳の応酬。

 最初こそ目で追うのは厳しかったが、目が慣れれば交わすのは簡単だ。そもそも当たっても痛くない。

 厄介なのは爪での攻撃。

 けど傷は権能で治せる。


 決定打が決まらないまま、僕たちは対峙しながら隙を窺う。


 五分、十分。

 やがてハリッドさんは構えを解いた。


「辞めだ辞めだ。お前を殺すのには手間がかかりすぎる。今の手持ちじゃ殺し切れん」


「今日は諦めますか?」


「そうしておこう。が、次会う時は戦争だぞ?」


「その時は僕も準備をしておきますよ。何もさせずに無力化してみましょう、今日のところは痛み分けですね?」


「抜かせ」


 それだけ言い、ハリッドさんは闇に溶けるように消えた。

 僕はその姿を追わず、帰路に着く。


【逃して良かったのかの?】


 ええ、あの人は口でこそキジムーさんを殺すだのなんだの言ってますが、できませんよ。やれるのなら既にやってます。


【そうよのう。しかしエルウィンが間に入ることによって向こうも引くに引けなくなったのではないか?】


 そうかもしれません。しかし表通りのパン屋がハリッドさんの組織をわざわざ雇うでしょうか?


【何故そう思う? 一番怪しいのは其奴だろう?】


 そうなんですけど、もっと複雑な事情が絡んでそうなんですよね。キジムーさんが相手のオーナーをベタ褒めしていたのが引っかかるんです。

 そして領主が無理やり通した観光地計画。

 裏通りと表通りでのいがみ合い。


 もしも僕がこの街の生まれだったらどちらにつくだろう?

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