第50話 本当の仕事

 一緒に仕事をすると、その人の性格がわかるという。

 パンに一心不乱に打ち込むハリッドさんは真剣そのものだ。

 腕力にものを言わせた生地練りはなっちゃいないとキジムーさんに怒られていたが、それでも腐らずやれる範囲のことをきちっとやっていた。


「しっかしお前、小器用だな。それと権能の使い方が巧みだ。こりゃ親父さんが気にいるのもわかる気がするわ」


 僕の手のひらの中で増幅していくパン生地を見ながらハリッドさんがぼやく。


「ハリッドさんは権能をうまく扱えないので?」


「俺は眷属じゃねーからな。せいぜい使徒止まりだ。といっても俺の種族はルナーリア様からの恩恵が強すぎて制御が効かなくなるんだよ。ギアーナの奴は俺たちの足場を支えていた奴だ。それをどういう事か俺たちを見限っちまったのさ。それからだ。人間から余所者を見るような目を向けられるようになっちまったのは。中には親父さんみたいに俺の種族を知っても雇ってくれる奴もいるが、他は見るなり嫌な顔をする」


【それは酷い話じゃ。彼奴ら、やっとる事は我をどうこう言えんじゃないか】


「お前の神様は封印されてたそうだな。いったい何をやったんだよ」


「なんかやたらと敵対視されてるっぽいんですよねー。こんなにパン作りに特化してるというのに。はい、三次発酵まで終わりました。キジムーさんのところへ持っていってください」


【本当によくわからんのよ。グリフォードの奴と能力が微妙にに取るからかもしれんが、それだけとも思えんしの】


「世の中わかんねぇモンだよ。こんな無力そうな神様もそうだが、そいつに執着する上位神の連中も。俺ら地上の民を巻き込んで好き勝手しやがる」


【そこは本当にすまないと思っておる。我々にとっての諍いは世界に影響を与えるからのう。だから世界から女神が消えて、ギフト至上主義の世界になりつつあるのじゃろうな】


「それでも人間の本質は変わっちゃいねぇぜ? 根暗でヒソヒソと影口ばっかり叩きやがる」


 ハリッドさんは神様と気が合うのか、それともただ愚痴を漏らしてるだけなのかよく神様からお告げをもらっては溜飲を下げていた。

 根は真面目なんだけど、それ以上に過酷な目に遭いすぎて人間嫌いが加速しているんだろうな。

 全ての人間が嫌いというわけではないんだろうけど、僕たちがどうこういったところでこの人は止まらないと思う。


「よーし、今日はこれくらいでいいだろう。ハリッドがいてくれて助かったぞ。いい緩衝材になった。坊主が本気出すとこの三倍は早く仕上げてくるからな」


「なに!? もっと早くなるのか! 末恐ろしいな」


「そう言えばずっと気になってたんですけど」


「なんだ?」


「ハリッドさんから様々な菌が検知されてます。少し採取してもよろしいですか?」


「なんだそれは? 確かに最近肌が痒いと思ってたが、お前はそんなこともできるのか?」


「基本技能ですよ。カビ安い食材から菌を取り払う事で保存状態を良くしたりもできます」


「凄いんだな、お前の神様は。しょぼいとかいって悪かった」


「いえ、正直僕もそれがなんの役に立つのかって最初思いましたもん」


「おい、眷属に言われてるぞ?」


【すっかりお主に懐いてしまったようだの。我のエルウィンが遠くに行ってしまったようじゃ。およよ……】


 嘘泣きをしながら同情を誘う神さま。

 うん、こうやって権能を他人に語るなんて滅多にないから僕も随分と口が軽くなっている気がする。

 確かに最初はしょぼいと思ってたけど、今はそれ以上に素晴らしいものだと思ってますので機嫌を直してくださいよ。

 ほら、新しい菌あげますから。


 ハリッドさんの体から反応のあった菌を保菌する。

 ついでに最近撲滅で抹消。

 なんだか嫌な予感がしたので念入りに分解した。


「終わりました」


「もうか? いや、確かに体の奥から痺れるような痒みが消えたが、本当に一瞬なんだな、驚いた」


「僕の権能はただでさえ人の目に見えない菌を媒介にするので。一見して何もしてないように見えるのが悲しいところですね」


「逆に言えば相手に悟られない暗殺向きとも捉えられるけどな」


「僕にそんな度胸ありませんから」


【我の昔の眷属はそっちに流れていく奴が多かったからの】


「だから封印されたんじゃないのか?」


【何も言い返せん】


「こいつが眷属で良かったな。もし復讐に飢えてるような俺だったら、世界はもっと生きづらかっただろう」


【一万年も封印されたんじゃぞ? いい加減懲りるわい。じゃからエルウィンのように清い心を持つものにしか我の眷属にはせん】


「それは良かった。俺も仕事がしやすくなる」


「仕事?」


 先程まで気さくな態度で語り合っていたのに、急に僕に対して剣呑な気配を纏うハリッドさん。


【ほう、お主……表通りのパン屋と繋がっておるな?】


「流石に神には見抜かれるか。うまいこと騙せると思ったんだが。悪く思うなよ? これが俺の本当の仕事なんだ。これは忠告だ、坊主。お前このパン屋から手を引け。分かるだろう? お前は突っ込んじゃいけない件に首を突っ込んだんだ」


 ハリッドさんは先程とは別人の顔で僕を脅した。


「僕は……」


「お前がパンを焼けば焼くほど、この店への制裁は重くなる。分かってくれるとは言わない。ただ黙って手を引け。元々他人なんだ。元に戻るだけだ。いいな?」

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