第47話 経営方針
「それでですね、僕からお二人にお願いしたいのは、このお店の経営の仕方なんです」
買い出しから帰ってきた僕は、このまま続けていくのはとてもじゃないけど不可能だときっぱり伝えた。
と、いうのもそもそも僕はここにずっといるつもりはない。
アフラザードの竈の時とは状況が違うのだ。
あくまでポーターの仕事が入るまでの臨時、場繋ぎ的な稼ぎを求めてここにいる。
ずっと僕頼りでやっていくだなんて目論見は論外である。
「昨日みたいにあるだけ売るのじゃダメなのか?」
「それをやった結果どうなりました? 僕は体力があるからついていけます。でもお二人は午前中殆どダウンしていたのではありませんか?」
「うぐ……そこを突かれると痛いな」
「ごめんなさい。パン粥、とてもおいしかったです」
「いえいえ、残り物のパンを再利用しただけですから。でも本気で考えないと今後お二人とも休む暇もありませんよ? お姉さんはギルドの受付と兼業出来ませんよね?」
「そうね、ギルド職員としてようやく受付に立てたんだもの。どっちを優先させるかと言ったらギルドになってしまうわ!」
「なんだと! 俺っちがこんな困ってるというのに、お前は俺を捨ててギルドを取るっていうのか!」
「そういうお父ちゃんこそ、あたしの何を知ってるというの? パンが売れていた時は自慢の父だったけどね、お店が傾いてからのお父ちゃんは話題に出すのも恥ずかしいくらいだったのよ? ギルドだって信用商売。毎日毎日冒険者さんに話しかけてようやく今の地位を築いたの。それを自分の都合で簡単にやめろって? そっちこそ冗談言わないでよ!」
「なにぃ!? お前がそんな薄情もんだなんて思わなかった! 出てけ! みんな出ていっちまえ!」
「言われなくったって出ていってやるわよ! こんなお店!」
売り言葉に買い言葉。
この親子はとにかく喧嘩っ早くていけないな。
アフラザードの竈の面々も言葉よりも手が出る面々ではあったが、ここまで取っ組み合いの喧嘩に発展することはなかった。
それもこれも元を辿れば酵母菌が醗酵しないことにある。
この親子も本来はとても仲の良い親子だったそうな。
パンの酵母菌が膨らまない故に起こった悲劇。
僕がいたら、この人達は僕に頼りきってしまうだろうし、何かいい案はないだろうか?
それよりも喧嘩の仲裁が先だな。このままじゃ一家離散が見えている。僕が関わったせいでそうなったら夢見が悪いからね。
「ハイストップ。協力すべきお二人が喧嘩してどうするんですか」
「だってこいつがよぉ」
「お父ちゃんが……」
「取り敢えず、お二人は話をせかしすぎです。お姉さんはギルドを通じてこの店の売り子を募集するなどしてみてください」
「こんなボロいお店に来てくれるかしら?」
「昨日と同じパンを焼けばきっと来てくれますよ。僕はパン生地を作るのは得意でも、焼き上げはそこまで得意じゃありません。そして僕の焼いたパンより、キジムーさんの焼き上げたパンは理想の焼き上がりでした」
「そうなの?」
「おうよ、この道30年のベテランだぜ?」
「お店が傾いて8年経つけどね!」
「うるっせぇ! お前は余計なことペラペラペラペラうるせぇんでぃ!」
「だから、ちょっとしたことですぐ喧嘩しないでくださいって。昨日のパンは絶賛でした。きっと酵母がこの街の風土にあっているのでしょう。麦や水はその土地の風土に合わせた方が味わい深くなると聞き及んでいます。きっとこのパンはこの店ならではの味わい。他所からやってきた他の店では真似できない味だと思います」
「お前さん、わかってるじゃねぇか。そうなのよ、酵母菌の配合一つ取ったって俺のこだわりが詰まってる。しかしそれが突然膨らまなくなっちまってさ」
「それが潮風の影響だと?」
「ああ、それまでは潮風なんかに負けずに膨らんでたんだぜ? だがある日を境にパッタリだ」
「今まで膨らんでいたものが急に膨らまなくなった? 僕はそんな現象知りません」
「だから俺も困ってよ。そういえばエリン、ちょうど領地開拓とかで個々の通りの他に表通りができた頃だったよな? 膨らまなくなったのは」
「そうね、覚えてるわ。農地を潰して領主様の専用通用路を作るって話だったのに、出来上がってみれば新しい観光地なんかが出来上がってたわ。こっちの通路はすっかり寂れて、表通りだったことも人々の記憶から抜け落ちてるわね」
「えっと、ここは表通りだったんですか?」
「そうだぜ? まあ30年も前の話だが、ここに港までまっすぐ続く道があってよ。市場も騒がしかったんだよ」
「けど向こうに新しい道ができたらみんなそっち側に行っちゃってね。お父ちゃんもそっちに行こうって持ち出したんだけど、土地が売り切れてたのよね?」
「ああ、商業ギルドから売り切れだの一点張りでな。仕方なく裏通りになっちまったそこで商売を続けてたんだがよ、人が来なくなっちまってさ」
「その頃表通りにパン屋さんはあったんですか?」
「無かったよな?」
「そうね、聞いたことないわ。ご近所さんはうちで買ってくれるけど、観光客なんかは表通りのおしゃれなお店で買っていくわ。わざわざこんな裏通りまで足を運ばないし」
「それは何年前のお話ですか?」
「10年くらい前か? まだ酵母菌が生きてた頃だよ」
「その2年後よね、表通りに王家御用達とかいうパン屋が来たのは」
「そうだそうだ。覚えてるぜ? わざわざこんな裏通りまで足を運んでくれてさ。うちのパンを大量に買ってくれてその上で褒めちぎってくれたんだ。あん時は同じパン職人としても痺れたね。やはりみる目が違うってーの? 俺もあんなふうに歳を重ねたいと思ったもんさ」
「あっちのシェフさんはパンの腕だけじゃなく、レストランのオーナーまで勤めてる凄腕だもの。お父ちゃんが逆立ちしたって敵わないわ」
「なんだとてめー!?」
「何よー、お腹だってこんなに出っ張っちゃってー!」
すぐ喧嘩を始める二人。
しかしこうも状況証拠が揃っていて、何故表通りのパン屋は疑われない?
【何やらきな臭くなってきたの】
神様の呟きに、僕は頷く。
この店の経営方針をどうしたものかと思案した。
今のままじゃ潰れるのも時間の問題だ。
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