第46話 世間は狭い
パン屋ですっかり時間を過ごしてしまったおかげで、僕の体にパンの匂いが染み付いてしまった。
そのせいで通り過ぎる人たちに振り返られること数回。
僕は宿泊していた宿に帰って過ごした。
朝になると、昨日の恩恵を授かろうとハイエナの如く部屋の前に住民が集まってくる。
どこで噂を聞いたのか、この宿に泊まっている人以外の顔もあった。お金をとっている以上、相手は誰でもいいが、素材は有限だ。
朝食を終えたら。パン屋に直行、とはせずに卵や腸詰肉を売ってるお店を教えてもらったのでそこに赴く。
卵は熱して食べるのが基本なのは細菌が増えすぎるためだ。
腸詰肉は干し肉と似たような形で乾燥保存してるためカビは生えにくい。にくいというだけで生えないわけじゃない。
濃いめの味付けは干し肉と同様で、その塩気が目玉焼きとよくあった。
朝食用の仕入れが終わればパン屋に戻る。
わかってたことだけど昨日の疲れが出たようでお姉さんも店主さんもくたびれていた。
「おはよーエルウィン君。今日はお店お休みすることにしたから~」
「悪いな坊主。一週間分の売り上げと、材料が底を尽きて次の仕入れまで入ってこねぇんだ。せっかくうちを立て直してくれたのによ、面目ねえ限りだ」
「あー、僕もやり過ぎた気がしてましたのでそれで大丈夫です。それでしたら皆さんお疲れですし、疲れの抜ける雑炊など作りますよ。パン雑炊ですが食べていってください」
「ありがとーエルウィン君、助かるわ~」
お姉さんが机につっ伏した状態で手を上げた。
もはやその場所から一歩も動けない様子だ。
働かせすぎてしまったのだろうか?
いや、ギルドの受付業も結構な重労働だと聞くし、これくらいでへばる事なんてないだろう。
ただ昨日はその業務量を大きく越えた。
そう思っておこう。
「ではここに置いときますので食べておいてくださいね。よかったら僕が粉類とか買い足しておきますよ? 重い荷物ならモンスターの亡骸とかよく持ち運んでましたので」
「そうしてくれると助かるわ~」
「悪いな坊主」
死屍累々の現場を離れ、僕は市場を人伝に聞いてたどり着く。
市場では港町として珍しい商品も置いていた。
あれはなんだろう?
【エルウィンは魚を見るのは初めてかの? あれらは海に生息しておる生き物じゃよ】
海の中? 海の中にも生物がいるのですね。
【空を鳥が飛ぶように、海の中にも泳いで生き延びる生物がいてもおかしくあるまい?】
泳ぐというのが何かはわかりませんが、神様が言うことなんだからそうなのでしょう。
【魚は生で食うのが通の食い方じゃぞ? アヤネならこのロマンに頷いてくれよう】
あー、じゃあ日本的な食べ方なんですね。
【そうよのう、醤油とも合うぞ】
じゃあ米とも合う感じですか?
【そうよのう、刺身。もしくは寿司などのように変えて食うのも醍醐味じゃ】
よくわからなかったのでそれらを買い付ける。
体表はヌルヌルとしていてスライムじみている。
これを口に入れるのは少し躊躇してしまうな。
【皮目をそのまま生で食うのは猛者じゃな。食らうのはあくまでも肉、切り身の方よ】
良かった。僕の中で野蛮な女神様は居なかったんだ。
細菌の反応が凄まじいので軽く保菌しておく。
「やっぱり魚って悪くなりやすいんですか?」
「そうさなぁ、その日のうちに食べてしまうのがここらじゃ当たり前のルールだな」
「僕、この辺初めてで」
「そうかい、じゃあ切り分けてやろうか?」
「お願いします。その様子を見ていてもよろしいですか?」
「お、解体に興味があるのかい? 珍しいね」
「僕こう見えてモンスターの解体の方はそれなりに腕に覚えがあるので」
「お、そっちの道のプロかい? ライバルに遅れを取らないように気を張らなきゃな」
そんな談笑を交えながらの解体は楽しく終了する。
「良い経験を積ませてもらいました。僕、普段はこっちのお店にいますので、よかったらこれを」
「こいつは昨日爆売れしたって噂の白パンじゃねぇか! お前さん、表通りの連中の回し者か?」
ん? さっきまでの表情が一気に不穏なものになったぞ。
表通りと裏通りで仲違いしてるのだろうか?
「いえ、僕はキジムーさんのところにお世話になってるものです。表通りのパン屋さんは王都でも有名なところですよね? あいにくと僕はここの世情に疎くて」
「キジムーさんの? あそこまだやってたんだな。親父の代ではそれなりに流行ってたって話だが、今じゃ閉店営業で閉めっぱなしだって聞くぜ。じゃああの噂は表通りのパン屋の事ではなかったと?」
「キジムーさんのお店でパンが売れに売れて、今材料切らしてて僕が買い付けに来たんです」
「じゃあ坊主はパンの材料買いにきて、こっちに目が向いちまったわけか」
「あはは、そうなります」
「じゃあ粉類なんかで潰れちまわないように、こいつは手提げ袋に入れとくぞ」
「ご配慮ありがとうございます」
「キジムーの親父さんにもよろしく言っといてくれ。レビンのとこムーリエが世話になったと」
「そう伝えておきますね」
【世間は狭いの。あやつらは知り合いであったか】
ベルッセンより小さな町ですし、知り合いが多いのかも知りませんよ?
【そういうのもあるのかもの】
「お兄ちゃん、こいつを背負っていけるのかい? しかも四つもいっぺんに」
粉類の買い付け場で、僕がそのまま持ち帰ることを示したら大層驚かれた。
「こう見えて僕力持ちなんですよ。でも道ゆく人々にぶつかってもいけませんし、一つに縛り付けてもらえませんか?」
「それくらいはお安い御用だ」
丁寧に縄をくくりつけてくれる店主さん。
僕は一つに縛られた子な袋を担ぎ、市場を後にする。
みんな僕を『怪力』のギフト持ちだと勘違いしているようだ。
道ゆく人々からも何度も振り返られた。
「ただいま帰りましたー。粉類はここに置いておけばいいですかー?」
「おう、随分とかかったなってなんじゃこりゃ!」
一袋50kgにまとめられた粉袋を四つ。
系200kgにもなる重量を持ち帰った僕に驚愕の瞳を抜けている。
パンの腕前だけでなく、その怪力具合にも驚きを隠せないらしい。
実は無能でポーターになるしかなかったと教えたらどうなってしまうんだろうか?
アフラザード様のご配慮を無碍にしてしまうのでわざわざしないけど。
「どうしたのお父ちゃん?」
「こいつを見てくれエリン、この坊主たった一回の買い付けでこの量の粉を一人で持ち込んでできたんだよ」
「えっ、冗談よね?」
「冗談ではないですよ。一度ロックドラゴンも持ち帰ったことありますし。流石に一体丸ごとではなくその場で解体しましたけど」
「ロックドラゴン……そう言えば勇者様と顔見知りなのよね」
「おい、エリン! この方は一体どんなお方なんだ!?」
「そんないっぺんに聞かないでよお父ちゃん。私だって昨日ギルドで受け付けたばかりの子なのよ? そんな何でもかんでも知ってるわけないじゃないの!」
「もうそれだけで只者じゃねぇって分かるぜ」
「そうね、私もここまでとは思いもしなかったわ」
「あの、良かったらこちらのお魚を皆さんでいただきませんか? 伝言も預かってますし」
「伝言?」
「レビンさんのところのムーリエさんがよろしく言っといてくれと」
「あのクソガキ、誰が世話してやったのか忘れやがったのか? それにその魚は?」
「そのムーリエさんに切っていただきました。包丁の入れ方ひとつとっても勉強になることばかりで」
「そうかい……あいつ、親父の後継いで漁師になったんだな」
「へえ、ムーリエ君。市場に勤めてたのねー、全然知らなかったわ。レビンさんご一家が海難事故に遭ってから一時期うちで引き取ってたけど、成人してからはそれっきりだったのよ。まさか目と鼻の先にいたなんて。灯台下暗しとはこのことだわ」
なんだかんだご近所さんだったのだろう。
その日はお魚を照り焼きにして出したら絶賛された。
うさぎ肉の照り焼きも美味しかったが、煮魚も十分美味しい。
僕は醤油の魅力に一層引き入れられるのだった。
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