第44話 地の女神への復讐者
食事をいただいたら、そのまま部屋に手荷物をおかずに外へ。
いくら借りっぱなしとはいえ、おいていくのは怖いからね。
その足で人伝に冒険者ギルドの道を聞いて尋ねた。
多分あそこのでかい看板だな。
神様が言うには港町らしく、海に航路を持つとかで他の国との交通手段が備えられている。馬車が人を乗せて歩くのなら海はどんな生物が人を乗せて走るのだろう?
そんなわけでこの大陸ではあまり見かけない人種も多かった。
人の形をしてるのに、頭の上に尖った耳をつけた者。
その者は決まって真深にフードを被っており、人の目を気にしながら歩いている。
【珍しいな、獣人か。土着信仰の闇がなぜこのような場所に?】
「地神様のお導きでしょうか?」
【地神の名をあやつらの前で出すのは良くない。それと言い忘れてたが、あやつらはすこぶる耳が良い。今の話、聞かれていたら拙いことになるぞ?】
「おい、ガキ。今なんと言った?」
案の定、神様が獣人と名乗った男が僕の前に立ち塞がった。
その独特の匂いはむせ返るほどの悪臭。
そして獣じみた瞳が僕を見抜く。
「今、われらを捨てた悪神の名を語らなかったか?」
襟を掴まれ、持ち上げられた。
その一連の動作の素早さに体が反応できず、周囲からざわめきが上がる。
獣人に喧嘩を売られた人間。
その構図によくない視線が混ざり込む。
「チッ、これだから人間の多いところは嫌だね。俺らを犬畜生と同じ目でみやがる。悪かったな、ガキ。少し熱くなりすぎた」
「いえ、僕の方こそごめんなさい。嫌な名前をお聞かせしてしまって」
「あばよ、もう二度と出会うこともないだろうが」
それだけ言って、獣人の男は立ち去った。
酷い言いがかりをつけられてしまった者だ。
僕へと群がる人々は、獣人を奇異の目で見続けた。
ギフト時代においても、人類にとって獣人とは相容れぬ関係なのかもしれないね。
【獣人はな、月と星の女神ムーリアの使徒なのよ。その図体は獣の如く。人とは一線を画す。そして彼らを一時期見守っていた地神ギアーナは獣人を見限って人類側についた。以降、人類は獣人を隣人としてではなく、家畜と同列に扱うようになった。大地を自由に行き交うことを女神によって見定められていた者が、裏切りによって行き場を失ったのじゃ】
「そんなことがあったなどとは露知らず、僕はあの方に酷い言葉を送ってしまったのですね」
【それもこれもギアーナがグリフォードに唆されたのが原因じゃがな。あやつらが悪いのではない。あやつらは我々神々の移り気の犠牲者なのじゃよ】
「僕、さっきの人ともっとお話がしてみたいです」
【やめておけ。向こうは人間に対して碌な思い入れがない】
「では、どうして人に紛れるように行動を?」
【あやつらも生きていくのに必死なんじゃよ。ムーリアの影響下ではその身を獣の如く変化させるが、それ以外では人と変わらん。生活も仕事もな。ただ獣人はその腕っ節の強さを買われて用心棒なんかをする事が多い。路地裏に消えたのもそう言うことよ】
「その人たちも仕事だから仕方なく命令に従っていると?」
【そうじゃの。あやつらの手は器用に動かん。ものを殺し、奪い取ることに特化しておる。そのように人間は思い込んどるんじゃな。それだけ女神が人に与える影響は大きいんじゃ】
「ええ、僕も神様には助けられっぱなしです」
【じゃが人も神には頼らんこの世界、十分に気を付けておくんじゃぞ?】
「はい」
道中でいろんなハプニングに巻き込まれつつ、僕は冒険者ギルドでにたどり着く。
やはりそこには人類以外の顔が多くあった。
耳が横に尖った者。それはどこかあの樹神様の眷属に似ていて。
【エルフじゃな。あれはもとより人と同じ圏内で生きておる。グリフォードと仲が良かったおかげで迫害されずに済んだようじゃ】
いろんな縁がありますね。でも、人類の味方でも神様にとっては……敵の可能性もある。
眷属じゃなくても使徒なら、連絡される可能性もあるか。
「こんにちわ、この街は初めてなんですけど。何か僕にもできる仕事はないかなと探していまして」
「いらっしゃいボク。今日はお一人? どなたか親御さんはご一緒じゃないの?」
「こう見えて成人していまして。ベルッセンでは解体や荷物持ちなんかもしてました。こちら、前のギルドからの紹介状です」
「これは丁寧にどうも。ってえっ!? 勇者様からのお墨付き!??」
「アーシャさんとはご縁ありまして。その時のお言葉添えいただきましたね」
「それに解体の技術も凄まじいわ。荷物持ちとしての腕も優秀ね……これはちょっとうちのギルドでは荷が勝ちすぎるわ」
「他にもパンを作るのも得意で、ポーターの仕事が来るまではそこでお世話になるのでも構いませんよ」
「そんなに多彩なギフトを持っているのね。どうして冒険者なんかになったのか私には推し測れないけど、パン屋さんにならツテはあるわ。ひとまずそこでいいかしら? と言っても私の実家なのだけど」
ポーターのお仕事の依頼は直ぐにはこなさそうなので、ひとまずそちらでお世話になることになった。
受付のお姉さんの実家だそうで、表通りにある人通りの多いパン屋ではなく、少し寂れた通路にある、それこそ人気のなさそうなパン屋である。
アフラザードの竈と比べるのは少しやめておいた方が良さそうだ。
「お父ちゃーん、仕事! なんでしてないの! せっかく有望な従業員さん連れてきたのに!」
「ばっきゃろぉ! べらんめい! こんな潮の強い日に店なんか開けられっか! 生地が萎んでしょっぺぇ仕上がりになるってあれほど言ってるだろ!」
「それでも表通りのお店は開けてるじゃないのよー」
「あんなインチキ店と比べるない! こっちはこれ一本で30年飯食ってんでい! 素人の出る幕じゃねぇんでい!」
随分と濃い人が出てきたな。
やはり職人というのはこれくらいアクが強い人が多いのだろうか?
この人に比べればレッガーさんは随分と可愛く感じた。
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