第41話 乗合馬車
「へえ、今時は旅先でこんな暖かい料理が出るんだねぇ。時代の移り変わりは早いものだ」
火の番をしてると、御者のおじさんが横にやってきて隣に座る。
僕の手腕を目にしながら何か思うところがある様だ。
「君は若いのになんでポーターだなんて仕事を? 誰もが好き好んでやるものじゃないでしょ」
それはちょっとした疑問だったのだろう。
いい歳をしたおじさんが御者としての生き方に疑問を持ってるかの様な問いかけに思った。
「そうですね、最初は生きる為に仕方なくでした」
「でも今は違うと?」
「ええ、やり甲斐を感じてるんです。味見、してみますか?」
沸騰した鍋の上では、熟成肉から出た出汁がいい具合にスープに染み込んでいる。それの上澄みを椀に掬い、御者のおじさんに差し出した。
「いいのかい。それじゃあいただくよ」
おじさんがこれを飲んだからと僕のことを理解してもらえるとは思っていない。けれど、飲んだ直後は少し迷いの晴れた顔をしていた。
「これが君のやり甲斐か。私とは違う、重みを感じるよ。私もね、最初はこの道で骨を埋めるのが嫌で仕方がなかった」
御者のおじさんが、足元の石を拾って前方に投げた。
どこに狙いをつけたというわけでもないが、ただ無性に投げたくなったのだろう。僕もそういう時がある。
「でも守るべきものができた、ですか?」
「ああ。自分にとって嫌で嫌で仕方ない場所でも、気付かぬうちに慕ってくれる妻を得て、子供もできた。ギフトによって縛られちまってる世界だが、案外この生き方が私にはあってたのかもしれないなと、だがそう思えば思うほど、夢の中で違う私が顔を覗かせる。〝お前はこのままでいいのか〟って、問いかけてくるんだ」
「わかります。僕も当時は一杯一杯で、違う自分に夢を預けてましたよ」
「君程ポーターにやり甲斐を感じていてもそう思うのかい?」
「誰だってそうじゃないですか? 僕も、あなたも。みんな違う自分を夢見てる。僕はですね、その場所に今の自分のまま行きたいなと思うんです」
「それは可能なのかい?」
「夢を見るのは誰にでも許された特権です。ギフトにはギフトの良し悪しもあるかと思います。でもそれって実は自分で思い込んでるだけだったりしませんか?」
「あ……うん、そうだね。私はこれしかさずからなかったから、これ以外ができないと思ってしまっている。もっと早く気がつきたかったよ」
「年齢は関係ありませんよ。思い立ったら吉日とは僕の知り合いの諺ですけどね、僕は好きでよく使わせてもらうんです」
そう言いながらレッガーさんの作った白パンを渡す。
それを手に取り、ちぎろうとしてその余りの柔らかさに驚愕している。
てっきり黒パンだと思ったのだろう、そのまま口の中に入れて味を噛み締めていた。
「美味い! なんだこれは! こんな美味いパン食べたこともないよ! 高いものじゃないのかね!?」
「これは僕がお世話になっていた場所の名物なんですよ。毎日いただくには値が張るんですが、これのためなら毎日頑張ろうって思えませんか?」
「そうだね、こんな世界もあるのか。私も考え方を変えなきゃいけないな」
「僕もこのパンには随分救われてます。ベルッセンという街のアフラザードの竈というお店です。近くに寄ったら尋ねてみてください」
「勿論、寄らせてもらうよ」
「それは良かったです」
「おっ、いい匂い!」
「くぅー腹が減ってたから助かるぜ!」
「肉の匂い! 肉まであるのか!」
スープの他にも串に刺した肉を焼いている。
焚き火にその油が落ちてジュワジュワと煙が燻った。
それが臭いとなって周囲に待っているようだ。
哨戒に出ていたブレイバーズの皆さんが揃うのを待って、商人さんが近くの街の応援に賊を引き渡したら食事をいただく。
「うひょぉ、なんだこの肉! なんの肉だ!?」
「ファーラビットのお肉を熟成させたものです。僕の住んでた街、ベルッセンでは割とポピュラーなお肉ですよ」
「ファーラビットってあのファーラビット!?」
「あのもこのもねーだろ。しっかしあの肉がこうも化けるか」
「でもこの肉の香ばしさはなんだ?」
「これは僕の信仰する神様によりお教えいただいた技法を用いた秘伝のタレなんです。かつてこの世界には異なる世界からの来訪者が居たと聞きます。その人達から教わった失伝された技法、醤油を少量垂らし、蜜に浸して炙ったものですね。お口に合いましたでしょうか?」
「美味い! 美味い! これなら何本もいけるよ」
「しかし驚くべきはこのパンだ。王都でもこれほどのものはなかなかお目にかかれないぞ」
ブレイバーズの皆さんはお肉に夢中だったが、さすが商人さんはそこに食いつくか。
「私も驚きました。この子の世話になっていたベルッセンのアフラザードの竈というお店で取り扱われてるようですよ」
「ほほお、カジール伯爵様の料理ですな。聞いたことはありますが、パンが有名とは聞きませんな」
「それはほとんど外に出ずウチで食べ尽くしてしまうからでしょう。パンは特に日持ちしませんし」
「そうなのか? むしろパンこそ日持ち専門だと思うが」
「白パンはカビやすいのです。黒パンほど日が持ちませんからね。その代わりそのまま口に入れて食べられるほどにおいしく仕上がっています」
「そうか、それは残念だ。是非職人を我が街に招待したいが」
「それは難しいでしょう。かの勇者様の息がかかっておりますゆえ」
「むぅ、それは手出しできんか。しかしこれは味わえば味わうほどに魅了されるな。いや、良い話を聞いた。従業員にいい土産話ができたよ。君はこれからどこの街へゆくのかね? ワシの街に来たのなら便宜を図ろう」
「ありがとうございます。とりあえず行き先は決めてないのですが、とりあえず場所のゆくままに寄り添っていこうと思います」
「この子は自分のやるべきことを見据えて行動しているようですよ。私も久しぶりに若い気持ちが蘇りましたよ」
「そうかそうか、君もこの道が長いものな」
「こんな美味い飯食えるんなら俺たちと一緒に行動しないか?」
「バカお前、話聞いてたのかよ。目的があるって言ったろ?」
「痛え! 殴ることねーだろ」
このどんちゃん騒ぎは日が落ちるまで続いた。
幸先の悪いスタートかと思ったけど、案外いいスタートだったかもしれないな。
美味しいものを食べてやる気を出したブレイバーズの面々によるやりすぎなまでの護衛で次の街に無事到着。
商人さんが降りて、違う面々が変わるように乗り込んだ。
親子だろうか? それくらい歳の離れた見た目の女性がこちらを伺うように尋ねてきた。
「こんにちわ、親子ですか?」
「そう見えるかしら。これでも姉妹なのよ」
「あっ、これは失礼なことを」
「いいわ、言われ慣れてるもの。ちなみに姉はあたし」
「姉さん、そうやって我先にマウントを取りたがるから子供扱いされるのよ」
「何よー悪いのー?」
子供だと思った方が名乗りあげる。
親だと思った方が妹とは、人は見た目では判別できないものだ。
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