第40話 旅立ちの朝

「行くのかい、エルウィン君」


「フィンクスさん。ええ、レッガーさんにはよろしくいっておいてください。また顔を見たらここに残りたい気持ちが蘇ってしまいますから」


「だろうね、あの人は見た目のわりに面倒見がいいから。見た目で損をしてるんだ」


「あはは、ご本人に言ったら怒られますよ?」


「うん、でもみんな思ってるよ。大切な仲間だ。もちろん君もね?」


「ありがとうございます」


 フィンクスさんとはその場で別れた。

 割り当てられた自室には僕の着てきた服と、それ以上にここで生活してきた服がある。

 僕はここに来てから買った服に袖を通し、ここに来る前に来てた服を捨てた。


【良いのか?】


「これがある限り、僕は前に進めませんから。それに……」


【お主の考えがあるのならそれで良い。我はお主の行動を引き止めん】


「ありがとうございます。それに、ここで買った服を着て旅立つことでここを故郷として認めることだと思いますので」


【そうか。生まれ故郷はもう良いのか?】


「あの場所はできればあまり思い出したくないですし」


【それもそうじゃの。迫害の歴史はどこかで終止符を打つべきじゃ】


「はい」


 手荷物はボロい布切れと背負い袋くらい。

 それ以外は全てここで買い足したものだ。

 ここに来る前までは、自分に買い物ができる権利が与えられる事があるなんて思いもしなかった。

 それぐらい、貧困に窮していた。

 ここでの暮らしは夢の様だった。

 それでも僕は使命を全うする為に旅立たねばならないんだ。

 神様の眷属として。


「よう、エル。今日はパン屋のバイト日だったはずだと思うが?」


「ガントさん。実は僕……」


「ああ、出ていくんだってな。それがお前の考えなら俺は引き止めないぜ」


「知ってたんですか?」


「俺たちはアフラザード様の使徒だぜ? そのお考えまでは窺い知れずとも、お前に与えられた役目は俺たち以上に重いものだって分かるからな」


「ありがとうございます」


「サラは悲しむだろうが、男が決めた事だ。できれば見送ってやりたい。あいつらには俺から上手いこと言っとくから、エルは自分の使命を全うする事だけ考えればいいさ」


「はい」


「あと、いつでもうちのクランに頼れよ? マスターも言ったと思うが、俺らはみんなお前を家族の一員だと思ってるからな。でもすごくなるのはエルだけじゃねーぜ? 次帰ってくるまでにうちのクランもお前に負けないくらいにでかくなってるからな?」


「あはは、負けない様に頑張ります」


「おう、期待してるぜ。じゃあな!」


 それだけ言ってガントさんが自室に戻る。


【良いクランじゃったな】


「ええ、おかげですっかり居着いてしまいました」


 クランを出る。

 最初はすぐに出ていく予定の場所を振り返る。

 何度もこの場所に足を向けた。

 さまざまな出来事がここを中心に巻き起こった。

 嬉しいことも悲しいこともあった。


 見知った路地裏歩き、ギルドに顔を出す。


「あら、エル君。今日は随分と早いわね。ポーターの日は今日じゃなかったわよね?」


 そんな朝早くから居る受付のお姉さんも大概だと思いますけどね。


「実は僕、この街から出ようと思って、今日はそのご挨拶に」


 そこまで言った時、場の空気が止まった。

 朝早くからクエストを精査していたどこかのクランの下請けはクエスト用紙を落とし、クエストの攻略先についての思い出話に花を咲かせていた面々は声を失う。

 すっかりポーターとしてここでも顔を覚えられていたのだと実感する。

 そしてそれ以上に受付のお姉さんの強ばった表情は鬼気迫るものがあった。


「えっと、何で? 私何かエル君を怒らせる様なことした? 何でいなくなっちゃうの? わかんない、私わかんないよ~」


「そうだぜエル! 俺たちも別にポーターの仕事を強要してるわけじゃないんだ。いつまでここにいてもいいんだぜ?」


「もうスラム上がりだからってバカにする奴はここにはいねぇよ! なぁ、何か気に触ることがあってくれ! 直すから!」


 凄い縋りつかれた。

 驚きである。ポーターである僕なんかを、ここまでよくしてくれる方達と別れなきゃいけないんだ。

 そして望んでその人たちと別れて知らない土地に向かおうと言うのだ。

 以前までの僕だったら考えられない。


 でも、そう決めたから。僕は前に進むよ。


「ギルドに不満はありません。そしてアフラザードの竈も僕の帰るべき家です。けど、僕にはやるべき使命がありますから。ここは優しい気持ちに溢れていますのでついつい長居してしまいました。またここには帰ってくるつもりですが、今は黙って見送っていただけると助かります」


「そう言うことだったのね、事情も知らずに引き止めてごめんなさい。そうよね、男の子だもん。やりたいことの一つや二つあるわよね?」


 なんか凄い勘違いされてる?

 受付のお姉さんは首が千切れるほど頷いて、分かるわ~と感慨深いため息を吐く。

 ギルドの受付として多くの冒険者を見送ってきたのだろう。


「なら私は引き止めないわ、いってらっしゃい! 外の世界へ!」


「俺たちも応援するぜ! 外であったら周知する様にクランの連中に言っとくから! 世界のルールに負けるんじゃねぇぞ!」


 凄い応援されちゃった。

 ここまでの反響をいただけるとは思わなかった。


【良いところじゃったの。そういう意味ではここを抜ける意味を今一度問われそうじゃ】


「いいえ。アフラザード様はここに居るだけじゃ見えてこない未来を見据えて僕を旅立たせたんだと思います。あの方は神様と違って思慮深い方ですので」


【なんじゃそれは! 我は思慮深くないというのか?】


「それは僕の口からはちょっと……」


【それが答えじゃな? それがお主の答えなのじゃな? ぐぬぬぬぬ】


 そんな経緯を経て、寄合馬車に乗る。

 出掛けにフィンクスさんからもらった出生地を示した登録書と、シェリーさんからもらったブローチを胸に掲げ、僕の旅は始まった。


 馬車の中には目的の違う人々が賑わっている。

 これからどこに向かうのか、そこで何をするのかそれぞれが希望を胸に抱いて語り合う。

 しかし同時にそこには待ち受けるハプニングもあったりする。


 馬車に乗って二時間もしたころか。急に馬が何かに怯える様に嘶き、馬車が止まった。


「なんだ? 賊か?」


「俺たちの乗ってる馬車を襲うとはいい度胸だ『ブレイバーズ』の名声、あげてやるか?」


 新進気鋭の冒険者かな?

 皆やる気に満ちた顔立ちだ。僕より少し上くらいだろうか。

 それぞれに見合った武器を手にして意気込んでいる。


「君はポーターかな? ここに隠れているといい。それと何かアイテムが有れば融通してくれると助かる」


「そういう事なら少しはお役に立てると思います」


【ふむ、此奴ら。ポーターに対して悪感情を持っとらんの。どこの生まれじゃ?】


「分かりませんが、シェリーさんの働きかけなら嬉しいですね」


【そうじゃのう、眷属にしてやった甲斐があるわい】


 場はすぐに好転する。

 賊と思われる声はすぐに遠のき、ブレイバーズの面々は多少の怪我をしたくらいだ。


「今回はありがとうございます。お貴族様から預かってる大切な積み荷を失わずに済みました」


 御者と商人風のおじさんが揃って頭を下げる。そしてブレイバーズの面々に貴族様へのお声がけのチャンスをいただくことになった様だ。


 賊を縛り上げ、木に縛りつける。

 何か煙の様なものを打ち上げて、街に向けて合図を出していた。


「今のは?」


「応援を呼んだんだよ。俺たちだけじゃ手に負えないし。それにこれ以上人を乗せるスペースもない。君も野宿は嫌だろ?」


「確かにそうですね」


「でも馬も怯えちまってすぐに出てくれない。だからここで一旦休憩をしようという事で話がついた。ポーターさんには食事番を任せたいんだけど構わないかな?」


「それくらいならお安い御用です。僕のとっておきをご用意しますね」

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