第39話 僕の帰るべき場所
長い間留まった勇者御一行は問題の解決を示して王都へ帰還した。本来の仕事を先延ばしにする様だが、僕がいるから大丈夫だと変な信頼を得てしまった。
アレは単純に僕じゃなくても『保菌』するだけでできちゃうのだけど。それこそシェリーさんやレッガーさんも。名前は名目上除菌としたが、名称はどう扱い方次第だものな。
アフラザードの竈へ帰宅後、レッガーさんに色々土産話をする。
ガントさんやサラさんにもしたが、話が突拍子すぎて受け入れてもらいづらかった。
何せ世界の異変に関わる仕事を半分任されてしまったのだから。
偶然の出来事とはいえ、フィンクスさんは事態を重く受け入れていた。
貴族の後ろ盾を得たと同時に膨れ上がった責任。
それに対する返答は……
【エルウィン、あなたはどうやらここに留まるには些か責任を負い過ぎてしまったようね】
えっと? どう言う意味だろう。
アフラザード様の仰ることがよくわからない。
【単純に此奴が駒として扱いづらくなっただけじゃぞ?】
あ、そう言う感じなんですか。
【変な言いがかりをつけないでちょうだいアンジー。ただまあ、うちで扱うには王都側で少し厄介な動きが見えるわ。この子はどうやらもっと大きな世界で活躍する英雄級の星の生まれなのかもね。こんな小さな街で終わる素質ではないことは確かよ】
「エルウィン君は凄いな。僕は眷属になってもアフラザード様からここまでの期待は頂けないもの」
【フィンクスはよくやってるわ。ただ、この子は私の予想の斜め上の成長を見せるのよ。想定を大きく逸脱した駒は禍の元になりかねない。手元に置いておくのは少し心配ね】
【じゃから追い出すと?】
「僕、ここじゃお役に立てないですか? せっかく皆さんと仲良くなれましたのに、残念です」
【少し話を急かしすぎた様ね。別に今すぐ出て行けと言う訳じゃないわ。ツテを与えるから世界を見てきなさいと言ってるのよ。もしアイツらが仕掛けてきた時、情勢が見えないままではもっと悩むと思うのよ】
アフラザード様は何を言いたいんだろう?
水神様の他にも神々が出てきているのかな?
もしかして勇者は水神とは別件だった?
【これ、エルウィンが混乱しておるじゃろう。自分の思考のみで話すでない。フランの悪い癖じゃぞ?】
【あんたも同じ立場なんだから私の考えくらいわかるでしょ? 説明してやんなさいよ】
【生憎と我は眷属の成長を見守るタイプじゃからな。陰謀を企むお主ほど繰り言は得意ではないわ】
【ったく、仕方がないわね。様はあの三柱以外の神も今回の件に絡んできてるのよ。あの勇者、水神とは別の神よ?】
【それにしてはグリフォードの気配がしたが?】
【だからその三柱が別のやつと手を組んだ可能性を示してるんじゃない!】
【ああ、そう言うことな。ようやく理解した。全くお主はいちいち話が回りくどいんじゃ。フィンクスはよくついていけるの】
「僕でも十分推察できる範囲ですからね。初めから僕たちは拠点を大きくしていくためのノルマをこなしています。エルウィン君の様に歴史に名を刻む活躍こそできませんが、いづれ僕たちのクランから輩出できるのなら本望ですよ。僕は裏方で十分だ。他のみんながどう思うかはこの際気にしないでおこう」
フィンクスさんはアフラザード様に見出されただけあって物分かりがよさそうな参謀タイプに思える。そういった意味での相性は良さそうだよね。
そうなってくると僕がどう言う判断基準で眷属に選ばれたかは心底謎だけど。
【それはもちろん清い心の持ち主に他ならぬ。我の力は危険じゃからな。悪いことに使い始めたら、それこそ世界を支配しかねん。じゃから眷属を見出すときは善良な心の持ち主かどうかは見定めてから選ぶことにしておるよ】
【本当かしら? 単純に自分と本質が似てる人間を選ぶわよね? 以前だって……】
【ゲフンゲフン、それ以上余計な詮索はせんで貰えんか? それに我が誰を眷属にしても良いではないか!】
こうやって言い争いをしてるときは神様普通に楽しそうなんだよね。
封印される前までは普通に仲が良かったのかな?
そんなことも僕は知らない。
【ともかく、時が来るまで頭の片隅にでも置いておきなさい。そして帰ってきたくなったらいつでも帰ってきなさい。私はあんたを家族と認めてるんだから】
「ッ──はい!」
胸がいっぱいになってうまく返事ができなかった。
出て行けと言われたときは、帰る家を失うのかと思ってた。
でもそうじゃないと知れて、僕はここに帰ってきてもいいんだと知れて、漸く踏ん切りがついた。
アフラザード様の思惑は僕程度には計り知れない。
けれど僕ができる範囲のことはしようと思う。
「今までお世話になりました。そしてこれからもご迷惑をおかけすると思いますが、神様ともどもよろしくお願いします」
【ええ、アンジーとは腐れ縁だけど、その分助けてもらった回数も多いわ。あなたとはどれくらいの縁になるかはわからないけど、期待はしといてあげる】
それは神様からいただける最上の褒め言葉ではなかろうか。
フィンクスさんより先にいただいてしまって、逆に心苦しく思うけど、神様は良かったのうと僕を気遣ってくれていた。
「さて、俺たちも元のクランに戻るわ。もういい加減こっちにちょっかいかけてくるやつはいねーと思うが、いつでもうちのクランを頼ってくれていいからな?」
僕たちの後ろ盾を買ってくれたシェリーさん、ケヴィンさんがその日アフラザードの竈から引き上げることになった。
すっかり日常に溶け込んでいたので忘れていたが、いろいろ便宜を図ってくれていたのだろう。
フィンクスさんは感謝の言葉を掲げて見送っていた。
そして、僕は別れの言葉を添えにレッガーさんのもとへやってくる。工房の奥でいつもと変わらぬ作業のレッガーさん。
すっかりパン屋としていたについてきている。
「おう、坊主。ちょっと待ってろ、今第二醗酵を見てるところだからな」
「僕はいつでも大丈夫ですよ。手伝いましょうか?」
「ばっかやろう、せっかく神様が与えてくださった権能。ものにして見せなきゃ男じゃねぇ!」
「そうでした。僕が横入りしたらダメなやつでしたね」
「おう」
まだ眷属になって日が浅いレッガーさん。それでもそれを手に入れたからとすぐに僕くらい扱えるわけではない。
僕は違う作業の兼ね合いでその練度を上げていったけど、この人はぶっつけ本番でやっているのだ。その情熱は見ているだけで伝わってきた。
【力みすぎじゃのう、レッガーよ。エルウィンはすぐには旅立たん。心にゆとりを持つが良い】
「でもよお神様、俺がいつまでも物にできなきゃ坊主は前に進めないんだろ? 兄貴分として、そこは譲れねえよ」
「レッガーさん……」
「チッ、少し醗酵させすぎたか。中がスカスカだ。身が詰まった白パンにならねぇ。一から作り直しだな!」
その日は邪魔をしちゃいけないと僕は別れの言葉を言う機会を失った。神様は僕に優しいからレッガーさんを兄弟として眷属に迎えてくれたのだろう。
シェリーさんとは違う、同じスラムの生まれ。
苦い思いも、嫌なことも全部乗り越えてきた人生の先輩像として。
そして翌日、工房に足を運ぶと大量のパンに囲まれたレッガーさんがその中心で大いびきをかいていた。
そして一番近くにあったパンは、僕が醗酵を手がけた白パンと遜色なく、ふんわりもっちりで麦の香ばしい香りが噛み締めるたびにする一級品。
凄い、もしかしたら一晩で僕を越えたんじゃなかろうか?
【追い越すべき背中が見つかった様じゃの?】
「はい、旅先でもレッガーさんと競走できる様になりたいですね」
「それは良いの。是非エルウィンのパンを振る舞ってやれ。きっと思いもかけぬ出会いが待ち受けているだろうよ」
「ええ!」
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