第38話 世界の敵、菌獣。
クエストの目的地に着くと、空気が一気に冷え込んだ。
「このカビ臭さ、間違いありません。エルウィンさんは後方で待機を。ここから先はわたくし達が参りますわ」
先程までの緊張感の欠片もないやりとりが嘘の様に氷の表情を覗かせるアーシャさん。
抜き身の剣を喉に突きつけられてる時の様な、口の中が乾く感じが、周囲から僕達に向けて放たれていた。
「これは……姫、囲まれていますね」
「アーシャ様、防御結界をお張り致します」
「ええ、お願いね」
周囲の木々が風によってざわめく。
空気に湿度が混ざり、泥と土の混ざった匂いが支配する。
──ギシギシ……
何かが軋む音が近隣からして、僕の肌に何かが付着した。
上?
真上から落ちてきたそれを見て真上を見ると、そこに居たのは……
「フシュシュシュシュシュルルルゥウウウ!!」
「うわぁ!」
思わず尻餅をつき、荷の重さで身動き取れなくなってるところで真上から植物の蔓が迫り、アーシャさんの剣がそれらを切り裂いた。
「エルウィンさん!」
「助かりました!」
「全く、世話の焼ける!」
「セレン殿、エルウィン殿に非はない。それよりも今はこの痴れ者どもを斬り伏せるのが先決であろう?」
「仕方ありません。アーシャ様、少しお時間稼ぎをお願いします」
「抜血いたしますのね、お安い誤用ですわ」
セレンさんとアーシャさんが何かのアイコンタクトを交わしたのち、攻防が入れ替わる。
遊撃隊のアヤネさんが蔓の攻撃を交わしながら刀で斬り伏せる。
その華麗な体捌きは舞踏の様に流麗で、しかし翻す剣閃は鬼気迫るものがあった。
セレンさんの抜血がどんなものかはわからないが、僕がここで腰を抜かしっぱなしになってるわけにもいかないだろう。
せめて足を引っ張らない様にしないと。
そう思って荷物を背負い直す。そこで十分に時間は稼げたとアーシャさんとアヤネさんの両者がセレンさんの後ろに下がり、極光が森の深淵を灼いた。
溢れ出す光は神性属性なのだろう。
不浄なる闇の眷属たる菌獣は怯み、こちらに差し出していた蔓を引っ込めて、威嚇する様に雄叫びを上げた。
「ギキエエエエエエエァアアッッッ!!」
「全く嫌われたものだ」
「好かれたくもありません。相いれぬ以上、斬り伏せるのみ」
「滅しきれませんでしたか。やはり菌獣は勇者の『浄化』を持って滅するしかない様です」
アレほどの術を持ってしても倒しきれない手合い。
確かにこれは手強いと思った。
つんつん。
何かが僕の袖を突く。
それを片手で払うと、しつこく叩かれる。
もう、さっきから何? 邪魔しないでって言ってるでしょ!
痺れを切らして振り向くと、そこには全身が苔に塗れた猿がニヤけた面を浮かべていた!
「うわっ」
今度は驚いて尻餅をつくなんて失態は見せない。
ただ、目の前にある菌を全て吸い取ってしまった。
それが決定打になったかはわからないが、その猿は白目を剥いて泡を吹いて倒れてしまった。なんなの?
「あれ?」
「こいつが、この森の主でしたの?」
「このカビの多さ、こいつが首謀者で間違いないのでしょう……しかし」
セレンさんの貫く様な視線が僕に集まる。
「エルウィン君、何をしたの?」
「えっと、驚きのあまり除菌を。結構強めに」
「事切れておるな」
猿の頭を爪先で蹴飛ばし、アヤネさんが神妙な面持ちで呟く。
えっ、たったアレだけで死んだの。嘘でしょ?
だって全然コントロールしてな……えぇ~~!!?
「アーシャ様のご活躍がの機会が……」
セレンさんが僕を強く睨む。これは上手い言い訳を考えなければ。
「いや、これは手下とかじゃないですか? もっと奥にすごく強い本体がいますって。だってこれで終わりだとしたら弱すぎじゃないですか?」
「そ、そうよね。今までもセレンの抜血が効かない相手がいたことはなかったからつい取り乱してしまったわ。そうよね、これでおしまいなんてあっさりしすぎだと思った」
「さりとて肌を刺すような殺気は今ので消え失せたでござるが」
チャキン、と刀を鞘に収めたアヤネさんが周囲の気配を探りながら呟く。そこ、水を差さない。
「では奥にいるであろうボスを探しにいきましょうか!」
「そうしましょう」
活躍の機会を逃した二人を宥め、僕達のクエストは本格的に迷宮入りした。
散々探して回ったけどあの場所ほどカビ臭い場所もなければやっぱりアレがボスだったのではと結論が出る。
「やはりファンガス様の除菌はわたくしの『浄化』に次ぐ能力の様ですわ」
「アーシャ様、お気を確かに」
「失礼よ、セレン。それにわたくしそれほど悲観はしていませんの。最初は勇者としての使命を全うするのにそれこそ命をかけていましたわ。ですがわたくしだけと言う問題が浮上するたびに誰かに代わっていただきたい気分が優っていきました」
「アーシャ様……」
「そこでエルウィンさんです。あなたの持つ除菌の力があれば、わたくしは無理をして勇者になる必要はなくなるのです。こんなふうに思うわたくしはきっと勇者失格なのでしょうけど、同時にエルウィンさんの存在がある事によってわたくしの気持ちは救われたのですわ」
「確かに先程の能力が有れば某達の旅路は格段に楽になる」
「アーシャ様の御心のままに」
「ま、まぁ? あまり僕に期待されても困るんですが、可能な限り僕も何かお手伝いできればなって思います」
結局その日は僕ができるだけポーターの仕事をしつつ、菌獣を処理する方行で話が決着した。
確かに世界中の全てを対処するとなったら三人の女性のみでなんとかなるものではない。
だからといって僕にその役目を投げ渡されても困るし、それとなく頷いておく。
それにしても菌獣とは一体なんだろうか?
神様が復活したから世に現れたみたいに言われてるけど、どこまでが本当かわからない。
もしかして神様も関与してない目論見が水面下で蠢いてるのかもしれない。
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