第37話 恋する乙女セレン

「クエストをいただいてきたわ、行きましょう」


「手荷物をお持ちしますわ」


「ありがとう、セレン……エルウィンさんも」


 アーシャさんの荷物を受け取っておきながら、ワンクッション挟んで僕にその荷物が手渡される。僕はポーターとしてきてるので何ら問題はないのだけど、アーシャさんに極力近づくなよと言う牽制の視線が痛い。目は口ほどに物を言うとはアヤネさん談。

 日本の諺は為になるなと感心した。


 道中で数体モンスターを駆除していく。


「菌獣の気配が強いわ。ここら辺は魔王の気配が随分と近いわね。ようやく尻尾を掴んだわよ」


「その菌獣というのはなんです?」


「そこからなのね、魔王は細菌を操ると託宣にあるの。だからその手下は菌に犯されていて、まともな思考判断力を持たずに周囲に災いを齎すそうよ」


「では、アレが菌獣だったんですね」


「そう言えばエルウィンさんは実際に見たことがあったのね」


 菌獣と言うから獣の特徴を持つ者だと思っていた。

 が、その形は特に定まってないらしい。身体中にカビの生えた生物をまとめてそう呼ぶそうだ。


「僕が対峙したのはポイズンジェリーというものでした。倒したのは僕ではなく神様のお力だったのですが、実際にそれに近しい物はこの辺では見たことないですね」


「ファンガス様自らが出向く相手でしたの? わたくしに対処できるかしら?」


「アーシャさんはまだ見たことがないので?」


「そうね。それらしい物は幾つか倒してきたけど、それでも体表の一部がカビてた程度よ。肉体の原型を止めてないのはお相手したこともないわ」


「そうなんですね」


 アーシャさんから菌獣についての知識を聞き齧り、すぐ後ろで背中に冷たい視線を感じた。

 そんな目で見ないで欲しいな。僕はただ知りたいことを聞いただけなのにね。


「はぁっ!」


「お見事です、アーシャ様!」


「姫にはまだ敵いませんな」


「何言ってるんですか。アヤネにはいつも助けられていますよ。セレンの補助魔法も見事でした」


「もったいないお言葉にございます」


 女性三人組を遠巻きに見守りながら、食事の支度をしている。

 その近寄り難い空気は、アフラザードの竈ではそうそう見られたものではない。

 白黒姉妹の黒い方も似た様な気配を持っているが、あそこまで顕著でもないしね。


 僕は黙して食事の準備をするくらいだ。

 お肉は使ってもいいとのことなので、細菌活性で熟成し、凝縮した旨みを引き出してから各種スパイスをまぶして鉄板で焼き上げる。鉄板はアフラザード様の祝福が授けられているので、想った通りの温度を火を使わずに再現可能な魔道具と化している。

 すごく便利で愛用させてもらってる。


 これのおかげで火加減もバッチリ。余計な煙も出さずにクリーンな環境で食事がいただけるわけだ。

 しかしセレンさんはそれでは納得がいかずに、自力で小屋を作り上げてしまう。


 植物の根を癒しの力で無理やり成長させ、虫の寄らない簡易拠点を作り上げたのだ。

 僕は外で食事をいただき、セレンさん達はその拠点で頂いた。

 拠点の内側から舌鼓を打つ声が上がる。どうやら味の方は及第点を頂けたようだ。


「なんだかなぁ」


【それだけ向こうも必死なのじゃろう】


「僕は別にいいんですけど、これだとアーシャさんは一生ポーターを入れられないのではと思っています」


【相手がおなごであれば良いのではないか?】


「でも僕、女性のポーターって見たことないんですよね」


【お主クラスの役割をこなすとなると確かに見んな】


「えっ、でも僕程度のことなら誰でもできるのでは?」


【お主はそうやってすぐ自分を卑下する。悪い癖じゃぞ?】


「はい」


 少しして、十分リラックスした女性陣が拠点を破棄して出てくる。自分たちの作り上げた空間を他者に使わせたくないのだろう、破棄というより焼却処分に近い。

 どれだけ自分たちの空間を大事にしてるかそのことからも良くわかる。


「エルウィン君、次にアーシャ様にお出しするときはもう少し油分を抑えめに頼みますね? 確かによく動くアーシャ様にはアレぐらいの量はぺろりといただけてしまうでしょう。けれど女性は常に肌をケアしなければいけません。お分かりいただけますでしょう?」


「分かりました。そしてその肌のケアにはシェリーさんが適任だと推奨します」


「その心は?」


「本来は僕が行っていた肌のケアですが、セレンさん的には僕がアーシャさんに触れるのは好ましくないでしょう?」


「確かに結婚前の女性へ殿方がみだりに肌に触れるのは好ましく思いません」


「でしたら新しく僕の神様の眷属になったらしいシェリーさんのお力が最適化と思います」


「理由をお聞かせください」


「僕は神様から菌を滅する能力の『除菌』を頂いています。それはありとあらゆる場所にある菌をその身の内に吸い出し、滅する効果を持ちます。一時的に体に集めるとは言え、それは自らの肉体には影響を及ばせません。僕がしてもいいのですが、これは新たに眷属となったシェリーさんにしていただくのが良いと思いました」


 本当はそんな効果ないけど、滅菌の女神様と謳ってしまった以上それっぽく言い訳しておいた。

 ただでさえ菌に敏感な勇者一行。身内に菌の使い手がいるなんてバレたら粛清されかねない。


「教訓とこちらへの配慮、確かに受け賜りました。これからはケアの問題はシェリー様に頼むこととします」


 セレンさんは「だったら先に言ってちょうだい」と言わんげに会話を打ち切った。

 こっちが怒られ損だったのではと思うけど、変わってセレンさんは上機嫌になった。


「エルウィンさん、その情報は本当ですの?」


 アーシャさんが僕に真偽を確かめようと近づくと、途端に不機嫌になったけど。


「僕がどう言ったところで信じてもらえないと思います。ですが僕に手解きを受けたアフラザードの竈の女性陣に聞けばその辺のことは詳しいと思いますよ。僕は感知できた菌を取り除いただけですし」


「良い情報を頂きました。そしてお姉さまに会いにいく条件もできましたわ。早速父上にお手紙を書きましょう。セレン、準備をお願いできる?」


「すぐにご用意位いたします」


 そそくさと新しい拠点をつくりあげるセレンさん。

 中に入る間際、こちらに向けて親指を立てた。アレはなんのサインだろう?


【どうやら多少は認めてもらえた様だの】


「あの方のお考えは僕には難解すぎます」


「某もよくわからぬゆえ、あまり気にしなくていいのではないか?」


「うわ、アヤネさん! いつの間に!」


「その反応は少し失礼ではないか? エルウィン殿が独り言を言ってるので耳を傾けていたのだ」


「ああ、それはごめんなさい。僕は神様とお話ししてました。使徒になれば見えるんですが、アヤネさんは見えませんもんね」


「今から入信しても良いだろうか? 神様に直々に感謝の言葉を授けたいのであるが」


「どうします?」


【良い。どうせ我の姿は菌とは結び付かん愛らしい姿をしているからの】


 自分で言うんだ。


「神様は特別に許可を出していただける様です。今日から僕たちは同じ信仰ですね」


「これはかたじけのうござる。しかし女神様とは聞いておったが、そのお姿はまるで可愛らしい妖精の如く!」


【不敬であるぞ、あんな下等存在と我を同一視するなど。じゃが許そう。我の姿は未だ本来の1/100にも満たぬ。信仰が絶たれたこの世界では日本人のお主の力が必要じゃ。醗酵の知恵、存分に味わうが良い】


「ではこの世界には醗酵料理が存在しないと言うのですか?」


【我が生まれ出てから少しづつ世に出ておったが、ギフトに支配され、女神信仰が途絶えてから我らは力を失った。信仰が高まればその内思い出すじゃろうが……今のままでは誰もがその身に受け付けぬ。協力してもらえぬか?】


「我が命に変えましても必ずや、その使命達成して見せましょう!」


 凄い勢いで丸め込まれた!

 しかも命に変えてとまで言い出したし。

 何が日本人をそこまでさせるのだろう。

 凄いと言うよりその執念に怖いものを感じた。

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