第36話 更なる厄介事

 結局勇者事アーシャさんは託宣に振り回されて一週間ほど僕たちの拠点に世話になった。

 その最中、実際にポーターとして一緒に行動したいという願望が投げかけられ、無碍に扱わないならということで了承する。


 アーシャさんやアヤネさんはすっかり胃袋を掴めたけど。

 三人組のうちの一人、セレンさんだけが僕に必要以上に近づこうとしなかった。

 アーシャさんの手前ではそれこそ暴言は吐いてこないが、アーシャさんが近くにいないと舌打ちをするくらいには嫌われている。

 心当たりはないんだけどなぁ。


【アレはきっとエルウィンの性別に困惑しておるのじゃな】


「僕が男だからダメなんですか?」


【そうとも言えるし、それだけではないじゃろう】


「よくわかりません」


【貴族というのはよくわからん奴が多くての。特にアーシャの様な堅物の周りに配置されるよう教育される側は色々と拗らせておる】


「具体的にどういう事でしょう?」


【どうせ嫁がせてもらえぬのなら、女同士で仲睦まじくなろうと仲良くなりすぎてその結果極度の男嫌いに走る傾向がある】


「それは僕にはどうしようもないのでは?」


【じゃからあまり気にせんでええぞ。其奴は別にエルウィンを傷つけるつもりはない。ただアーシャを取られて悔しいだけじゃ】


「別に取ったつもりはないんですけど」


【お主はそうでも向こうがそう思い込んでしまっている様じゃ。どうにもならん】


「なる様になる、ですかね?」


【そうじゃの。いつも通りのエルウィンで良い】


 神様からのありがたい言葉を聞き、僕はポーターの支度をする。

 お店の方は米をたくさん炊いて、パンの仕込みは済ませてきた。

 そして後で知ったことだけど、レッガーさんとシェリーさんも僕と同じ様に神様の眷属になったらしい。


 僕が世話になったからというのもあるけど、それ以上に僕に頼り切っている部分が見受けられたので、それの対処という事だった。


 レッガーさんはパンの件だろうけど、シェリーさんは?


【彼奴はエルウィンを囲い込もうとしておるでな。領内の統一宗教宣言も策のうちよ】


「良い事なのでは?」


【我は束縛されるのは嫌いじゃ。じゃから権能も限定的に与えた。お主と同じ様に保菌からじゃな。特に貴族というものはよく命を狙われるそうじゃ。武力で強くとも、寝入った際に毒を混入されてはどうしようもないじゃろ?】


「それはそうですね」


【じゃが、保菌できる様になれば体の中で毒は分解できる。どうせアレも元を正せば菌の一種じゃ。人の体によくないものが悪さをするだけよ。であるなら菌の一つとして保菌すれば問題ないし恩も売れると考えた】


「眷属にする事で後ろ盾をより強化する試みがあったのですね? ありがとうございます。それとレッガーさんもいつも僕の手を羨ましそうに見ていましたから。あ、でも保菌だけでは物足りないのではないでしょうか?」


【そういうと思って彼奴には特別に細菌活性(弱)も持たせてある】


 弱? 僕の権能にその様な強弱を示すものはなかった様に思うけど……


【エルウィンは加減が出来るが、彼奴はできん。実際に戦う姿も蛮族のそれだ。それに彼奴は戦うより作る方が似合っとる。じゃから醗酵限定で与えといた】


「そこまでしてくれてたんですね。あ、でも……レッガーさんはアフラザードの竈の使徒だったのでは?」


【権能は我らが気に入れば誰にでも授けることができるよ。ただな、一度選べばその者が死ぬまで取り外せんし、数に限りがあるので誰にでもというわけではない】


「だからアフラザード様は躊躇なさっていたんですね?」


【彼奴に取ってこの拠点は踏み台じゃったのであろう。態度を見ればよくわかるわ。彼奴はすぐ顔に出るからの】


 くくく、と笑う姿はいつもの神様だ。

 支度を済ませてアーシャさんと落ち合うと、すぐ近くにアヤネさんがきて、一歩離れてセレンさんが羨ましそうについてくる。

 神様は害はないと言ってたけど、その俯いた表情を僕は窺い知ることはできなかった。


「どうしてエルウィン君は女の子じゃないの……」


 誰かのこぼした言葉は、風に巻かれて空気に溶けた。

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